昔は、よくお互いの家に遊びに行っていたものだ。
幼なじみというのは当人達だけではなく親ぐるみでも仲良くなってしまうもので、もはや相手の子供を家に迎えることになんて何の躊躇もない。
だから当然、俺の家に由那が入ったことは何度もある。
しかし────
「お邪魔しま〜す!」
今俺が彼女を招いているのは、あの頃の家じゃない。そもそも家そのものがあの頃のようにお隣さん同士ではないし、何より。
俺達の関係は変わった。当たり前のように、今までのような心づもりではいられない。
「ほほう、ここがゆーしのお部屋かぁ。漫画がいっぱいだね〜!!」
「普段から漫画はよく読むからな。……まあ、くつろいでくれ」
俺は今、彼女を部屋にあげている。
大好きな。世界一大好きな彼女を、普段自分が生活している空間に迎え入れているのだ。
緊張、しないはずがなかった。普段からそれなりに掃除やらなんやらはしているつもりだが、変なところがないかとか。ついつい今日の朝まで自分がいた空間だというのに、目で追って確認してしまう。
「すん……すんすんっ。ぷはぁ」
「お、オイ! 急に何してんだ!?」
「ゆーしの、匂いだぁ……しゅきぃ……」
なんて、そんなことをしている間に。こちらの気も知らない由那はというと、いきなりベッドの上の枕を手に取っては顔を埋めて思いっきり匂いを嗅ぐ。
そして何か危ない薬をキメたのかとすら思えるほどだらしない喜びの感情を浮かべてから、それを胸元に抱きしめた。
「ゆーしの……大好きな人の匂いに囲まれてるお部屋。私、いるだけですっごく幸せだよぉ」
「……っえ!?」
「ね、ゆーしもこっち来て? もっとひっつこ?」
「ひ、ひっつくって」
「? イチャイチャだよ……?」
「さも当たり前かのように言うな」
「えへへぇ。だって私はもうゆーしの彼女さんだもーん」
やれやれ、と小さくため息を吐きつつも。心の中ではどこか高揚感に駆られて隣に腰を落とす。
普段俺が寝ているベッドに、二人。並んで腰掛けるというだけで″そういうこと″が一瞬でもよぎってしまった俺は不純だろうか。
由那は俺の手を握ると、とんっ、と肩に頭を乗せてくる。
それは甘えたいという欲求の現れでありながら、同時に心を許しているという意思表明。イチャイチャ、と本人は言っていたが、多分……というかほぼ間違いなくくっつて甘えたいということだろう。いつもいつも嫌というほど密着を繰り返しているのに、本当によく飽きないな。
まあ、俺は飽きないで欲しいから別にいいんだけれども。
「ふふっ。ゆーしの手、熱いよ? ぽかぽかしててしゅきってなっちゃう……」
「熱いのはそっちもだぞ。いつもいつも体温高くて湯たんぽみたいだ」
「えへへ、由那ちゃん湯たんぽぉ。ゆーしに限りご利用無料だよ?」
「……それは魅力的だな」
握られた手を強く握り返して、身を寄せる。
そして、そっと。目を瞑り待っている由那の唇に、口づけをした。
一度して、離れて。離れると由那からしてきて、また離れて。
そんな馬鹿みたいに甘い時間を過ごして、しばらく。ようやくお互い踏ん切りがつくと、由那はベッドに仰向けで倒れ込んだ。
「いっぱいキス、しちゃった。ゆーしの好き、注入されちゃった……。えへ、えへへっ」
「……って、制服で寝転ぶなよ。シワになるぞ?」
「え〜、ゴロゴロしたいよぉ。今日は門限前までゆーしとぐうたらするって決めてるの〜」
「だから、だよ。寝巻き貸してやるから……って、ちょっと待て。そういえばそもそもここにはシャツのサイズを見に来たんじゃなかったっけ?」
「気にしない気にしなあい。別にゆーしのシャツは後でも……んっ!?」
ピコンっ。頭の上に電球を浮かべて、由那は何か閃いたように目をまん丸にする。
そして背筋をピンとしてから、ニヤニヤと謎の小悪魔的な表情を浮かべると。すぐに立ち上がった。
「いや、やっぱりゆーしのシャツ着る! 持ってきて〜!!」
「お、おう?」
全く、何を思いついたのやら。