メイド喫茶。読んで字の如く、メイドさんがいる喫茶店のことである。
フリフリな可愛いメイド服を着て、客のことを「ご主人様」と呼ぶ。そんな女の子達が接客してくれるお店だ。
「え、えぇっ……さ、流石にメイド喫茶はその、無理な気が……ねえ、先生?」
「んぁ? まー一応候補に入れときゃいいんじゃね。各クラス三つまで候補持ってこいって言われてるからそれが無理でもあと二つあるし」
眠そうな目を擦る先生は、委員長からチョークを奪って黒板に汚く「メイド」と白い文字を記す。
「ちょっと男子、下心見え見えなのよ!! 変態!! 死ね!!!」
「あ゛あ!? うっせえよお前ら!! じゃあ聞くが、お前らは見たくねえってのか!?」
「はぁ? 見るって何を────」
「いるだろ! とびっきりにメイド服が似合いそうな美少女達が、あそこに!!」
ざわざわと騒がしくなり始めるクラスで、一人の男子がそう一蹴すると。教室の右後ろ……たむろしている俺たちに向かって指を刺す。
正確には、五人いるうちの二人。由那、中田さん、それに在原さん。その三人を、だ。
「ふえ? 私たち?」
「確かに女子共、お前らの中にはメイド服なんて着たくないって奴も多いかもしんねえ。でもなぁ……何も女子が全員着るこたぁねえんだよ。もう一度聞くぞ。見たくないのか? 美少女がメイド服に身を包む姿を!!!」
「っ……!?」
いや、「っ……!?」じゃないが。
何を言い出すかと思えばまさかの欲望丸出しでメイドが見たい宣言とは。そして何故すぐに反論しない女子。お前ら今遠回しに「お前らのメイドは興味ないから着なくてもいいけど、賛成だけはしてくれ」ってクソ失礼なこと言われてるんだぞ。
「み、見たくない……とは、言えないけど」
「だろう? ならそれで決まりで────」
「は? 普通に嫌だけど」
「へっ??」
なあなあな雰囲気で、無理やり丸め込もうとしていたその瞬間。冷たく冷徹な言葉が、投げかけられる。
その主は他でもない。ほぼ確定的にメイド服を着せられるのが明らかであろう、中田さんであった。
「なんで私がメイド服なんて着ないといけないのよ。そんなにメイド服が見たいなら自分で着れば?」
「う、あぅ……」
「ちょ、有美ちゃぁん。せっかく意見出してくれたんだよ? それに私はメイド服……ちょっと着てみたい、けど」
「由那ちゃんは黙ってて。コイツら、そうやって由那ちゃんや薫のメイド姿を拝んで自己満足に浸りたいだけだよ。ド変態。本っ当救えない」
しーん、と一度クラスに静寂が訪れる。
中田さんの言っていることは最もだった。当人達の意思も聞かず、無理やり話を押し進めて。怒らない方がおかしいというものだろう。いつもの感じなら寛司が宥めそうなものだが、今回はそれもない。俺含め同意見ということだ。
確かに由那のメイド姿は見てみたい。が、それは同時に見せ物にするということで。
恋人になった身としては。由那を独占したいという身としては……あまり喜ばしくはない状況だ。
「ふぅむ。オイ有美、語気が強いぞお前。みんなシーンとしちゃったじゃん」
「わ、私は思ったこと言っただけだし。とにかく! メイドなんて絶対嫌だからね!!」
「まあそうかっかするなって。反対するならするで、ちゃんと代替案を示さないとな」
スッ、と在原さんが手を挙げる。
「あ、在原さん……何か案ですか?」
「おうよ。私の親友が男子を黙らせちまったからな。私から提案だ」
ぶつぶつと何かを呟きながら不満を抱く中田さんは、そっと寛司によって介抱されて。その代わりに、さもより目立とうとするかのように立ち上がった在原さんが、クラスの中心を取って代わる。
俺も、由那も。クラスの全員が視線を向ける中で。彼女はむんっ、と胸を張ると、言った。
「メイドなんて限定的なものに絞るから不満が出るんだ。なら簡単なことだろ? 男子も女子も。全員が選択肢を取れるようにすりゃいいんだよ。そしてそこから導かれる結論はズバリ!!」
ビシィッ!!
腕を大きく上に掲げて。内気な委員長がビクッと身体を震わせたのを見るとニヤリと笑いながら。声を大にする。
「シンプルイズベストな……ただの喫茶店だぁ!!!」
「「「へ……?」」」
大きく溜めを作って凄んだ割に。
死ぬほど普通な意見を出した彼女の自身ありげな背中を、ぽかんと口を開けて見つめることしかできなかった。