全員で裏庭へ向かい、旅立つアリバスとライエスを見送る。
「皆さん、色々とありがとうございました。それから、エシュニー様には、その……本当に申し訳ありませんでした」
ライエスは使用人トリオ一人一人の手を握りつつ、エシュニーにはへどもどと頭を下げた。
(許さん!と言いたいところだけど、反省してるし、悪い子ではないし。こっちも大人になろう)
そもそも泣きそうな顔で謝られて、すげなくできるほど、エシュニーは鉄面皮でも冷血漢でもない。根本がお人好しなのだ。
「いいえ、こちらこそお怪我をさせてしまい、すみませんでした。また、遊びに来てくださいね」
「ありがとうございます!」
笑顔で返せば、安心しきった表情になった。つくづく、兵器らしくない兄弟だ。
ライエスは次いで、トーリスの手も握り、ぶんぶん振り回した。脱臼しそうである。
「兄上! また遊びに来てもいいですか?」
「事前に知らせろ。急は色々と困る」
相変わらずの淡白さながらも、かすかにうんざり顔だ。今回エシュニーと並んでの被害者でもあるので、そりゃそうだろう。いや、ある意味では一番の被害者か。
しかしめげない弟分は、笑顔のままだ。
「はい! ありがとうございます!」
「あと、手紙の返事もほしい」
「もちろんです!」
熱望する手紙の返事も快諾だったので、トーリスの顔から険も取れる。
エシュニーたちと別れの言葉を交わしていたアリバスも、ライエスの隣に立って、トーリスを見る。
「色々とすまなかったな、トーリス」
そう言いつつ、彼はトーリスの肩をぽんぽん、とねぎらうように叩いた。
一方のトーリスは「全くだ」と言いたげに、彼の顔を見返している。元教え子の仏頂面に、アリバスは微苦笑した。
「詫びの品も、是非考えておいてくれ」
「──修繕費」
ぽつり、とトーリスがつぶやいた。
「む?」
少し首をかしげるアリバスを、トーリスはじっと見る。一歩前へ出ながら。
「神殿の廊下の、修繕費がいい」
「詫びの品に……か?」
「そうだ」
うなずく彼に、アリバスは苦笑する。
「それはもちろん、言われずともこちらで建て替えるつもりだったが……何か個人的に、欲しいものはないのか?」
それは言外に、「もっと私を頼ってくれないのか?」と縋っているようでもあった。
しかしトーリスは首を振る。
「あとは手紙の返事しか、いらない」
「そうか、そうか! 相変わらず欲のない奴だな!」
どこまでもマイペースな彼の主張に、いっそアリバスは豪快に笑った。
「分かった、修繕費の手配と併せて、手紙の返事も早急に書こう。楽しみに待っていてくれ」
「分かった。ありがとう」
そうして二人が乗船すると、降りて来た時同様、飛行船は音もなく浮きあがってそのまま遠くへ消えた。
雲一つない澄んだ空を、同じ髪色を持つトーリスは静かに見上げていた。
その彼の隣に、エシュニーが立つ。
「エシュニー」
気付いた彼が顔を下ろすと同時、だった。
エシュニーが彼に抱き着くのは。
「エシュニーっ?」
トーリスが珍しく、うわずった声を上げる。
しかしそれにもお構いなく、エシュニーは彼を抱きしめ、あまつさえ頬ずりした。
(うおおおお! 修繕費、修繕費、修繕費ー!)
「ありがとう、トーリス! 修繕費の工面に、本当に困っていたのです! ありがとうございます!」
エシュニーの胸にあったのは、修繕費のことを言及してくれた彼への感謝。ただそれだけであった。
彼女がいくら跳ねっ返りとはいえ、爆破したのは自分であったため、アリバスへ言い出せずにいたのだ。
彼女の抱擁と頬ずりにびっくりして、トーリスは無意味に手を上下させながら、キョロキョロと周囲を見る。
その様に、ギャランが笑った。
「心配すんな。ドッキリじゃねぇからよ」
「分かった」
かすかにうなずいたトーリスは、涙ぐんで喜ぶ彼女をそっと抱き返す。嬉しそうに目も閉じて。
「尊いっ」
よだれをたれ流して、その光景に見入っていたモリーがとうとう、また卒倒した。
いつかのように、サルドが慌てて彼女を受け止めた。
「モリーさん、せめて受け身を覚えてくださいっ」
温和な顔は、どこか呆れているようにも見えた。
ややあって、薄目を開けたトーリスがぽつり、と言った。
「エシュニーが赤くなる理由が、分かった」
「え?」
エシュニーが顔を持ち上げると、
「これは、とても照れる」
真っ赤になったトーリスが、そこにいた。
「ちょっと、そんなに赤くならなくても……」
「無理な相談だ」
ぷい、と照れた顔がそっぽを向いた。その際のトーリスの破壊力たるや、女性を皆一撃で仕留められる威力であった。
(可愛すぎるだろ、お前はよぉぉぉぉー!)
彼の照れが伝染し、赤くなったエシュニーはそう胸中で絶叫する。
そのまま彼から身を離そうとしたのだが──離れない。がっちり、トーリスにホールドされていた。
「トーリス、離れますから。手をほどきなさい」
「それは嫌だ」
そっぽを向いたまま、そう言われる。
羞恥心が極限まで高まったエシュニーは、この甘々しい状況に、耐えることができなかった。
「わがままか、お前は!」
たまらず吠えるエシュニーに、ギャランとサルドが噴き出した。