修理を終えたトーリスたちのもとへ、アリバスが姿を見せた。
彼は技師と二言三言交わし、退出させる。そして浴室に入り、ライエスにも退出を促した。
「少し、トーリスと二人だけで話したいのだ。いいかな?」
「もちろんです、司令官」
そうは言うものの、顔は全く「もちろん」ではないライエスだったが、司令官にはさすがに逆らうこともなく。
オレンジ頭をひるがえし、背中で「嫌々なのです……」と語りながら出て行った。
タイル張りの床に、半裸の状態で座っているトーリスの前にドッカリ、とアリバスも腰を下ろした。床にあぐらをかく。
「トーリス。傷の具合はどうだった?」
「問題なく処置を終えた」
「そうか」
淡々と答える元教え子に、アリバスは苦笑。
修繕のため再度切開した、人工皮膚に巻かれた包帯を外さぬよう、トーリスは注意しながら上衣を羽織った。
相変わらずのトーリスから視線を落とし、アリバスは自分の足先を見る。
「トーリス、お前にも迷惑をかけたな」
「僕よりエシュニーが大変だった」
「ああ、聞き及んでいる。先ほど謝罪したよ。『ライエスの教育をしっかりしろ』と、もっともなご神託をたまわったところだ」
そう言って、いっそ快活に笑う元教官をトーリスは見た。
「エシュニーらしい」
「そうか。お前もそう思うか」
アリバスの笑みが深くなる。
「お前はエシュニー殿と、強固な絆を築いているんだな。安心したよ」
落とされていた、アリバスの視線が持ち上がる。
「近々、詫びの品をこちらに贈りたいと考えている。何か欲しいものはあるか?」
欲しいもの。
手紙の返事ぐらいしか思い浮かばず、トーリスは無表情に思案する。
そもそも彼の好きなものと言えば、甘味とエシュニーぐらいしかないのだ。
しばらく黙考した末、彼は形のよい唇を開いた。
「司令官。僕の髪や目を変えることは可能になった?」
「うん? ああ、そうだな。貴族院でも許可されたよ」
最初に会った時、エシュニーが指摘したことを思い出したのだ。
アリバスが身を乗り出す。
「なんだ、髪色を変えたいのか?」
「少し、違う」
トーリスは首を振る。
「変えたいのは、中」
「中?」
怪訝な顔が返された。それに構わず、無感動に彼は続ける。
「体を、変えたい。中もエシュニーと同じように、老いたい」
魔剣の外見は、老いる。周囲と溶け込めるよう、相応の年齢を重ねて見えるように設計されている。だが機械の体そのものに、老いなどという機能は備わっていない。
トーリスが望んだ「詫びの品」は、真実人と同じように老いる体だった。
しかしアリバスの反応は、苦いものだった。
「すまないがトーリス、魔剣の体に老化機能はない。そもそも、老朽化が見つかればメンテナンスの対象になる」
「そうか……」
無感動な声に、落胆の色が載せられる。
彼は人生で一番と言っていいほど、がっかりしていた。
落ち込むトーリスの姿に、アリバスが腕を組んでうなる。
「しかし、こうは考えられないか? お前がいつまでも強くあれば、その間、今と同じようにエシュニー殿を守り続けることができる」
へこたれていた表情に、一筋の光が差し込む。深紅の瞳も、活力を取り戻した。
「エシュニーを、ずっと守れる?」
「ああ。そう考えれば老いない体も、そう悪いものではないだろう?」
トーリスは老いを重ねられることで、エシュニーと共にあろうとした。
しかし老いを重ねないことでも、彼女のそばにいられるのであれば。
機械の体も、たしかに悪いものではない。メンテナンスは、正直言えば少し面倒ではあるけれど。
「分かった。ありがとう、司令官」
トーリスはすっかり流ちょうになった、礼の言葉をするりと口にした。自然な行為だった。
しかしアリバスは、愕然としたように固まる。
その異変にむしろ、トーリスがギョッとした。
「司令官、どうした?」
「あ、いや、すまない……まさか、お前からそんな言葉が出るとは、想像していなかったんだ」
口元を撫で、彼は苦笑する。
「なにせ軍にいた頃のお前は、命令を復唱する以外に、自主的に話すこともない有様だったからな」
「今も、会話は苦手だ」
トーリスにも、自分の言葉遣いがぶっきらぼうで拙い自覚ぐらい、ある。そこまで馬鹿ではない。
彼の告白に、「そうか」とアリバスは破顔した。
「では何が得意になった?」
「野菜の皮むきは得意だ。エシュニーは、『刃物の扱いが手馴れている。玄人か』と言っていた」
「そうかそうか! 聖女殿の
アリバスはそう言って大笑いした。軍にいた頃は、まずお目にかかれなかった姿だ。
ひとしきり笑った彼は、慈しむようにトーリスを見る。
「お前をエシュニー殿に任せたのは、やはり正解だったな。安心したよ」
そう言って、アリバスは手を差し出す。無意識にトーリスも手を伸ばすと、その手を掴まれた。
固い握手と共に、力強い表情と言葉を贈られる。
「これからもエシュニー殿と共にあれ、トーリス。お前が真に人間らしくなるために」
「分かった」
真に人間らしい、というのが何なのかは分からないが。
エシュニーのそばにいれば、自分も成長できる。そのことは、トーリスにも分かっていた。