いつかのように、神殿の裏庭の芝生には、小型飛行船が停泊していた。
軍からライエスの迎えと、魔剣二人を修理するための技師が訪れているのだ。
トーリスとライエスの二人は現在、別館の浴室で修理──水を流せる場所の方が、修理にはありがたいらしい──を受けており、そしてエシュニーたちはアリバスと共に応接室にいた。
そう。司令官自ら、迎えに来たのだ。彼はどれだけ魔剣に、愛情を注いでいるのだろう。
「皆には迷惑をかけてしまった、本当に申し訳ない」
応接室のソファーに座るや否や、そう言って平謝りのアリバスに、むしろエシュニーたちは居心地が悪くなってしまった。
軍の超重要人物であるオッサンが、使用人にも平等に頭を下げているのだ。気まずくなって当然であろう。
モリーなど顔を真っ白にして、卒倒寸前である。
また彼女が気を失う前に、と彼の向かいに座るエシュニーが、謝罪の鬼と化したアリバスをなだめにかかる。
「アリバス司令官、謝罪はどうぞ、それぐらいで……そんなに謝られては、かえって申し訳なくなってしまいます」
「や、そうだったか……すまなかった」
最後に一つ軽く頭を下げ、どうにかアリバスも落ち着きを取り戻した。
モリー手ずからのお茶を飲んで、彼は長々と息を吐く。
「……実はライエスが問題を起こすのは、これが初めてではなくてね」
「はい?」
「以前にも同僚と喧嘩をしたことがあったのだよ。あの時に、もっと厳しく叱っておくべきだった、と今になって後悔している次第だ」
なんとも勝手な言い分である。
(そんなやつに、よく休暇を出したな、あんたら!)
罵声をどうにか、紅茶と共に飲み込んで、エシュニーは引きつった笑みを浮かべる。
「失礼ですが、ライエスの教育係の方はどうされているのでしょう?」
「上官が担当しているが、ライエスはああ見えて、実戦ではとても優秀でね。そのため軍も彼を重宝しており、上官も対応が甘くなっていた。その結果、ああやって調子に乗ってしまったようなのだよ」
そんな軍の事情など、喧嘩に巻き込まれた挙句、廊下を破壊する羽目になったエシュニーからすれば、「知っちゃこっちゃない」である。
おまけで、修繕費の見積もりを見た時の、あの絶望感を追体験させたいぐらいだ。
「本当、いい迷惑だ。怒ることも教育には必要ですよ」
そのため若干素に戻って、そうプンスカ主張した。
外では見せない彼女の荒々しい口調に、アリバスは目を丸くし、使用人トリオはぎくりと固まる。
「お嬢、もう少し穏便にですね……」
(どうせ司令官には裏の顔、バレちゃってるんだし。関係ないね、ふんだ!)
そして慌てる使用人たちに、そんな気持ちをこめて、ふてくされた視線を送る。
ぽかんとしていたアリバスだったが、ややあって困ったようにも見える、苦笑いを浮かべた。
「いやいや、エシュニー殿のおっしゃる通りだ。年若いあなたにも分かる道理を、いい年をした親父どもが見失っている……実にお恥ずかしい限りだ」
父と大差ない年齢にある男性の、弱った笑顔がなんだか不憫で、見ていられなくて。
「ですが、ライエスは素直な子でした。これからの軌道修正も、難しくはないかと存じます」
エシュニーはつい、そんな助け船も出した。
ぱちぱちと、アリバスは灰色の目をまたたく。
「素直……でしたか」
「ええ。ここのサルドとモリーに、特に懐いておりました。そうですよね?」
後ろに控える三人へ振り返ると、こくこく、と小刻みのうなずきが返って来る。
「私の仕事を、手伝っていただいたこともありました。彼はとても、素直で賢い方です」
とサルドが微笑むと、モリーもにっこり続く。
「無邪気で、とてもよい子でございましたぁ」
「そうだったか」
二人の優しい笑顔につられ、くしゃり、とアリバスも顔を崩した。
完全に、父親の表情である。
「あなたがたのおかげで、あの子も成長できたのか……いやはや、トーリスの教育係に、エシュニー殿を選んで正解だったよ……本当にありがとう」
「恐縮です」
少々照れつつも控えめに、聖女の皮を被りなおしたエシュニーは微笑む。
と、そこで彼女は気付いた。
彼との初対面時には気付かなかったが、幸いにして今日は察知できた。
彼女を見つめるアリバスの目が、どこか虎視眈々と、獲物を狙う肉食獣のものだったのだ。端的に言えば、「ぎらついて」いるのである。
嫌な予感に、彼女が内心で身構えていると。
「どうだろうか、聖女エシュニーよ。トーリスのついでに、ライエスの教育も請け負っては──」
(来たー!)
「断る!」
力いっぱい、エシュニーは即答した。
しかし断られると、薄々勘付いていたらしい。アリバスはあっさりと引き下がった。
「ですよね……うん、本当にすみません」
おまけに敬語である。
ムキムキ司令官はそう言って、再度平謝りをするのであった。そこまで下手に出る必要もなかろうに。
案外卑屈な