信者にとっては、待ちに待った週末の休息日。
聖女たちの礼拝へ参加できる日だ。
しかし本日は残念ながら、聖堂に聖女の姿はなかった。
「聖女エシュニーは体調を崩されており、本日はご静養なさっております。大きな怪我や病気ではないので、どうぞご安心ください」
神官長の説明は端的なものだったが、みな気付いていた。いや、気付くに決まっている。
なにせ聖堂へ通じている廊下がめちゃめちゃになっており、現在通れないのだ。
わざわざ一度外へ出て、裏庭を通って聖堂に入りながら、彼らはこう推測した。
先日神殿から聞こえてきた爆発音と、あの廊下の惨状。そして体調不良の聖女様──きっと彼女は悪しきものと戦われ、力を酷使されたのだ、と。
「聖女様、どうかご無事で……」
ゾルナードを始めとする信者たちは、悲壮感さえたたえながら、そう太陽神へ祈った。
一方のエシュニーは沈痛な面持ちで、裏庭を通る彼らをこっそり観察していた。別館の、寝室の窓から。
(みんな、暗い。そりゃ廊下が壊れて迂回させられてるんだから、仏頂面にもなるよね……)
「やりすぎました……」
やや勘違いしつつ、彼女もまた暗い声を出す。
しょんぼりする彼女の腕を、眼前の椅子に座るラルカが励ますようにさすった。礼拝に参加できないと聞き、彼女を元気づけるため見舞いに来てくれたのだ。
「ですがお嬢様、おかげで魔剣同士の抗争を食い止めることができたのですから。大局で見れば、これが一番最良だったと思いますよ。ねえ?」
妖艶な美貌に慈愛のこもった笑みを浮かべて、ラルカはトーリスへ意見をあおぐ。
エシュニーの隣に座り、見舞いの品であるタルトを頬張っていた彼はこくり。
「エシュニーが止めていなければ、本館は全損」
「ちょっ、どうしてそうなるのですか……」
エシュニーと、そして水を向けたラルカすらぎょっとなって、青ざめる。最近、血の気が引いてばかりの気がする。
ガクブルと震える二人に構わず、トーリスは珍しく
「僕たち魔剣の兵装は、影から刃物を生成する技術が基礎。それを応用して、自動追尾武器を生成することも、障壁を生成することも可能だ。そうなると、お互い止まらない。被害は増すばかり」
どうやら自身の機能について語る際、彼は
それはともかく。
「なんという高次元の喧嘩……」
あんぐり、とラルカが目を丸くする。
エシュニーは頭痛がぶり返したため、額をぐっとおさえる。
「そんな喧嘩、もう二度としないように。いいですね?」
「もちろんしない。ライエスも、モリーに懐いている」
「ああ、そういえば。うちの人も言ってましたね」
ラルカのつぶやきに、エシュニーとトーリスが揃ってこくり。姉弟のようだ、とラルカが思ったのは秘密だ。
「ええ。モリーの餌付けが成功したおかげで、ずいぶんと大人しくなりました」
そうなのだ。
軍からライエスの迎えとエーテル技師が到着するまでの間、ライエスは別館預かりとなった。
彼から殺意すら向けられていたエシュニーとしては、
「あんなブラコン狂犬と一つ屋根の下なんて、絶対嫌だ!」
と思わなくもなかったのだが、神官長に任せるわけにもいかず、渋々了承した。
しかし意外にも、狂犬は子犬のごとき無邪気さと従順さを見せた。
すべてはモリーとサルドが彼に与えた、お菓子のなせる業だった。
二人に懐いたライエスは、エシュニーにも素直に謝罪するほどになっていた。
トーリスに限らず、どうやら魔剣たちは総じて甘い物が好きであるらしい。
(また襲われた時に備えて、お菓子を持ち歩こうかな)
そんなことを、エシュニーは本気で検討していた。
しかし魔剣の前にアリにたかられそうだと判断し、止めた。それにギャランなんぞに見つかったら、「食い意地が張ってやがるぜ」と笑われそうでもある。それは腹立たしい。
ちなみに話題の中心人物であるライエスは今、モリーやギャランと共にサルドの手伝いをしている最中だ。
明日、迎えの飛行船が到着するため、彼の送別会の準備を自ら行っているのである。
「サルドがとても楽しそうだ」
トーリスが、ふとそんなことを口にした。
それはそうだろう、とエシュニーは微笑む。
「ライエスはトーリスに負けず劣らずの、大食漢ですからね」
「料理バカのサルドさんなら、楽しくて仕方がないでしょう」
ラルカもくすくすと、愉快そうに笑う。
しかし女性陣に反して、トーリスの表情は暗い。
「トーリス? どうしました?」
機体の調子が悪いのだろうか、とエシュニーが彼の顔を覗き込む。しかし、返って来たのは顔より暗い声。
「少し、ライエスの気持ちが分かった」
「気持ち……とは?」
「サルドたちを、取られた気持ちがする」
(ええっと、それはつまり……)
「やきもちを、焼いているのですか?」
噴き出しそうになるのをこらえながら、エシュニーが問うと。
実に重いうなずきがあった。
「今朝もサルドの手伝いを、取られた」
(どっちも子供か! あ、精神面は子供なんだった)
ぷるぷると、エシュニーは震えて笑いをこらえる。
そんな彼女の脇をつんつん、とつつく者があった。ラルカである。
エシュニーがそれに気づくと、彼女はうなだれるトーリスへ目配せをした。そしてエシュニーへ、小さくあごをしゃくる。
(え? いや、やらないよ! 人前でやってたまるか!)
慌てて首を振るエシュニーだが、ラルカは折れない。再度あごをしゃくって、彼女を促す。
目で「やれ」と訴えるラルカと、「いやだ」と拒むエシュニー。
しかしとうとう、エシュニーが折れた。
ため息一つこぼして、トーリスの頭へ手を伸ばす。そして、束ねた髪が崩れぬよう、控えめにそこを撫でた。
ラルカは満足げに微笑む。
「エシュニー?」
はたから見ればエシュニーの自主的な頭なでなでに、トーリスは目を丸くした。
そんな無垢な表情に頬を赤く染めつつ、エシュニーはボソボソ彼を励ます。
「げ、元気出しなさい……私やラルカが、一緒にいるじゃないですか」
「うん。元気出た」
「現金だな!」
あっけらかんとそう言われ、つい、エシュニーは素顔で苦笑いを浮かべた。
そして彼のさらりとした頬を、軽くつまむ。