気怠い体を伴って、エシュニーの意識は覚醒しつつあった。
お守り作りで消耗した状態での奇跡の執行は、やはり無理があったらしい。
限界を越えて力を使ったため、体は重いが空腹だし、のども乾ききっていた。
そういえば夢の中で、「あんまり無理し過ぎるなよ! 飯食って、歯ぁ磨いて寝ろよ!」と、太陽神から神託という名のお説教をいただいた気もする。それにしても、雑な神託だ。
「うう……歯を、磨かねば……」
うなりながら目を開けると、いつかのようにトーリスがそばにいた。
ただし今は、額や手足に、真っ白な包帯を巻いている。見慣れぬ姿を、エシュニーは呆け顔でしばし眺めた。
(なんで怪我して……あ。原因、私だ)
ようやく、意識や記憶がはっきりして来る。
痛む頭をおさえ、エシュニーは身を起こす。彼女の背中に腕を回し、トーリスがそれを支えた。
「大丈夫か、エシュニー?」
「ええ、ありがとう……それから、ごめんなさい。あなたに怪我をさせてしまって……」
からからの喉からどうにか声を絞り出すと、違う、と彼が首を振る。
「損傷は軽微だ。僕たちこそエシュニーを、ひどい目に遭わせた」
「そんなことは……」
否定しようとして、ふと、我に返った。これでは、単なる謝罪合戦である。実りがなさすぎる。
眉をひそめる彼と目を合わせ、エシュニーは微笑む。
「それじゃあ、おあいこですね」
「おあいこ?」
トーリスが赤い瞳をまたたいた。
「お互いに謝ったんですから、ね?」
じっと彼を見つめると、まだ少々根に持っていそうであるが、
「分かった」
そんな彼の頭を、一つ撫でる。
「でもね。トーリスがあの時守ってくれて、嬉しかったですよ。ありがとうございます」
「嬉しかった?」
「ええ」
うなずこうとして、失敗した。頭に鈍痛がしたのだ。
低くうめいて、彼女は頭をおさえる。
するとトーリスが、彼女を抱きしめた。ギョッとするエシュニーに構わず、彼はそのまますりすりと、頬ずりをぶちかました。
仰天を通り越して、エシュニーはめまいすら覚えた。
「トーリス! 何をしているのですか!」
「以前、エシュニーがモリーとしていた。だからやってみた」
「やってみた、ではありません!」
全く抱擁を解く気がない腕を、ぺしぺし叩く。もちろん、包帯部分は避けて、だ。
「あれは、親しい者同士だから行ったのです!」
ついでに言えば、エシュニーもモリーも同性である。
「……僕とは親しくないのか?」
辛そうにぐっと眉根を寄せ、トーリスはそう問いかけた。
こちらの庇護欲を、全力でくすぐるご
「うう……そういうわけでは……」
(ちゃんと言わなくては。今後の教育に支障が……しかし! 拒みがたき顔である!)
「それに、エシュニーは柔らかくて、いい匂いがして、とても気持ちがいい」
純粋そのものの目でそう言われ、再び頬ずりされ、エシュニーは爆発しかねない勢いで真っ赤になった。
くったりと彼の腕にもたれ、されるがままとなる。人工皮膚もサラサラで気持ちがいいなんて、言えるはずもない。
「……トーリス。さっきのことは、外では絶対に言わないように」
ただ、この釘だけはきちんと刺した。
「なぜ?」
「私が恥ずかしいからですっ」
「分かった」
素直な彼に、ふう、とため息をついて続ける。
「それから。他の人には、こんなことはやってはいけませんよ」
ポンポンと、彼の背中を叩きながら。むっつり言った。
「もちろんだ。エシュニーだけにする」
「いえいえいえ、本当は私も駄目なんですって……こ、こらっ」
しかしうっとり
おまけに、なんだかんだで諸々の情が移った相手なのだ。
(……ネコに、大型のネコに頬ずりされていると思おう……くそう、相変わらずいい匂いしくさって……!)
されるがままのエシュニーだったがその時、扉がノックされた。数拍の後、それが開かれる。
「トーリス君、お嬢様は……あ」
「あ」
グラスと、水差しを持ったモリーが顔をのぞかせて、固まった。エシュニーも彼女と目が合い、ぎくりとなる。
しばしの見つめ合いの後、
「はぁぁぁぁぁ……」
モリーが長々としたため息をつく。
「お嬢様……目が覚めたと思ったら、トーリス君に何を教えているんですか……」
エシュニーは、青くなったり赤くなったりした。しかし、ひどい誤解である。
焦りに焦ったエシュニーは、痛む頭を押し殺して叫ぶ。
「違いますから! これは、その、この子の自主学習の
「なんですか、それぇ!」
わけも分からず共犯者に仕立て上げられ、モリーも素っ頓狂な声を上げる。
ピーピー言い合う二人を、エシュニーを抱きしめたままのトーリスが、感慨深そうに見つめていた。
「エシュニーが元気になって、よかった」
無表情をかすかに緩め、そうつぶやく。