エシュニーを抱えて別館に戻ると、モリーが悲鳴を上げた。
「お嬢様! トーリス君も、一体どうした……きゃあああ! トーリス君のナニが、あちこち丸見えですぅ!」
気を失っているエシュニーに動揺し、次いでモロ見えのトーリスに号泣し、忙しい限りである。
厨房から顔を出したサルドも、
「先ほど大きな爆発音がしましたが……まさか、お二人ともそれで?」
青い顔でうろたえる。
トーリスの後ろから顔を出したギャランが、道中彼から聞いた事情をまとめ、説明を請け負った。
「トーリスの弟分の魔剣が、神殿に来たんだよ」
「えっ」
涙ぐむモリーと、青ざめるサルドが目を丸くした。
「で、そいつがお嬢に嫉妬して大暴れして……それにブチ切れたお嬢が、神降ろしをして大人しくさせたらしい」
「また無茶をなさって……」
汗をたらして、痛ましげにエシュニーを見つめるサルド。
「それでは、トーリス君のお怪我も?」
「神降ろしが原因だ」
うなずくギャランへ、トーリスが少し慌てて言い添える。
「僕が悪かった。弟と喧嘩してしまった」
「喧嘩両成敗で神降ろし……お嬢様らしい豪快さですぅ」
くすり、と涙を拭ってモリーが笑う。そして彼女がグッと親指を立てた。素朴顔を喜色満面に変えて。
「そしてこの状況は、非常に
「お姫様? エシュニーは伯爵令嬢では?」
首をひねるトーリスの背をグイグイ押し、モリーは二階へ向かう。
「横抱きの通称ですよぅ。さ、お嬢様をお部屋で、寝かせて差し上げましょう」
「分かった」
彼女に押される形で階段を上り、二階の寝室へ向かう。
そしてエシュニーをベッドへ寝かせて、看病をモリーに任せた。
トーリスもそばにいて、彼女が目覚めるのを待ちたかったが、その前にすべきことがある。モロ見えの修繕だ。
食堂に、自前の応急処置キットを持ち込んだ彼は、ギャランの手を借りながら損傷個所を見る。
「うへぇ……機械とはいえ、なかなかグロテスクだなぁ……中が丸見えってのも」
破れた人工皮膚に、補修用の
トーリスとしては出血もしない自分の体を、生々しいと思ったことはないので、首を振る。
「損傷が激しいと、エーテル排煙ももれ出る。軽微でよかった」
エーテル機関が排出する、いわゆる紫煙は、体内でろ過するようになっている。その機能が壊れていないことは幸いだった。
「口からあの、紫の煙が出っぱなしになるのか?」
「最悪、尻からも出ると聞いている」
「それは困るな、マジで」
真面目くさった顔になり、ギャランも深く同意。
軟膏を塗った後は、身体中に包帯を巻きつける。これで人工皮膚の修復機能が働き、数日の内に表面上の傷はなくなるはずだ。
問題は内部の損傷だ。魔剣の体は軍事機密でもあるため、町のエーテル技師に任せるわけにもいかない。
「ギャラン、この近くに軍の基地はあるだろうか? 修繕を依頼したい」
「ああ、それならさっきサルドが、軍に連絡するって言ってたぜ」
そういえば、彼の姿が見えない。どうやら本館の通信機まで、
ともあれ、これでトーリスも、今後の目途が立った。
「ま、しばらく修理はお預けになるがな」
ぽんぽん、と彼はトーリスの頭を軽く叩く。
「損傷は軽微だ。問題ない」
「だな。お嬢が本気を出しゃ、街一つを破壊できる奇跡だ。手加減してもらえたんだろうな」
初耳である。ゾッとした。
トーリスに血液は流れていないが、血の気を失うとはこういうことなのか、と遅れて考える。
そこでサルドが、ボロボロのライエスを背負って姿を見せた。
「廊下で泣きじゃくっておりました。神官長様もどうすればよいのか困っていらっしゃったので、こちらで引き取った次第です」
「忘れていた。すまない」
忘れていた、という兄の言葉に、ライエスはまた涙ぐむ。
「所詮、兄上にとってボクのことなんて、そのような薄っぺらなものだったのですね……」
「まあまあ。トーリス君も、慌てていらっしゃいましたから」
サルドがなだめながら、彼を椅子に座らせる。そしてライエスとトーリスを、交互に見た。
「お二人がお怪我をされたことは、軍の方にも伝えております。数日以内にこちらへ来ていただけるそうです」
優しい糸目の顔を見上げ、包帯だらけのトーリスはうなずいた。
「よかった。動けなくなると、エシュニーを守れない」
ギャランと、寝室から戻って来たモリーが、その言葉に小さく笑う。
「ほんとにお前は、お嬢が好きだなぁ」
「見事なお母さんっ子ですねぇ」
微笑むモリーへ、トーリスは身を乗り出した。
「モリー。エシュニーは?」
「今は顔色も戻って、ぐっすりですね。寝息も穏やかでした」
ギャランとサルドも、ホッとしたように肩から脱力した。やはり、彼女のことは心配だったらしい。
「そうか、よかった」
しみじみと、そうつぶやくトーリスや、ようやく一息ついたことに喜ぶ使用人一同を見回し、ライエスは震え声を出した。
「兄上……この者たちも、友達なのですか……?」
か細い問いかけに、トーリスは答えを見失う。そんなこと、考えたこともなかった。
しかし一同の顔を見ると、みな笑顔である。ああ、そうだったのか、とトーリスも納得した。
そしてライエスへ、こくりとうなずき返す。
「同僚で、友達だ。一番の友達はエシュニーだ」
「そうでしたか……ボクのような魔剣が入る余地なんて、もうなかったのですね」
それはそれで、少し違う気がした。
軍属時代も感じていたことだが、ライエスはいつも、白か黒かで判断しがちなのだ。
「お前は友達ではない」
ライエスの顔が、また泣き出しそうなものになる。
「しかし、弟だ」
だが、続くその言葉に彼の頬が紅潮し、そしてやっぱり泣き出した。
どうして泣くのか、とトーリスは首をひねる。友達の方がよかったのだろうか、と。
困る彼の分も、とばかりに
「ライエス君も、可愛いですぅ!」
突如のスキンシップと甘い声に、ライエスは涙も忘れて目を白黒させる。
混乱する彼に構わず、モリーは彼の手を取った。
「ライエス君、お腹空いてない? お菓子食べない? おいしいのがあるよぅ?」
母性本能全開の彼女へ、父性本能が刺激されたらしいサルドも乗っかかる。
「さきほど、マドレーヌを焼いたのですが。いかがですか?」
二人の甘やかし攻撃に、ライエスは目を大きく見開いた。
が、ややあって、小さくだがうなずく。
どうやら彼も、とりあえずは落ち着いたらしい。