手紙が届いた。
全員分の返信がほぼ同時に。小さな奇跡であろう。
三人揃って、食堂で手紙を開いて読む。トーリスなどは、二通の手紙を何度も何度も何度も、読み返していた。
そしてまた彼のための、即興の「お返事の書き方講座」も開かれることになる。
今度は使用人トリオが、講師役を務める。
「ライエスの手紙には、基地で菓子作りを始めたと書いていた。司令官は、ぎっくり腰を患ったとあった」
生徒のトーリスが簡潔に、手紙の内容を報告すると。
ふふ、とモリーがはにかんだ。
「ライエス君ったら、そっちの方面に目覚めちゃったんですねぇ。可愛いです。あ、モリーがライエス君のお菓子を食べたがってるよ、と書いて下さい!」
「分かった」
サルドは腕を組んでうなる。
「司令官には、お体を心配する文章がよろしいかと……腰の具合も、一緒に尋ねるとなおよしですね」
「分かった」
一気に紅茶を飲み干したギャランも、アドバイスを送る。
「そうだトーリス。お前の近況も、ちゃんと書けよ」
「何がいいだろうか」
「この前、スラムでやった炊き出しなんてどうだ?」
「それはいい案だ」
トーリスは言われたことを、律義にメモしている。
書き記すそのノートも、やはりと言うべきか青い背表紙であった。これも、同族集めの一環であろう。
エシュニーはその光景を微笑ましく見つめながらつい、と視線を落とした。
彼女の手元にあるのは、両親から届いた手紙。
「父と母から、『元気にやっているのか、みなの顔が見たい』との返事が来ております」
そして、一同へ告げた。四人の顔が持ち上がり、エシュニーを見る。
彼らへ笑いかけて、エシュニーは言葉を続けた。
「ですので近々、実家に戻ろうかと思います。神官長の許可も、すでに取り付け済みですが。いかがでしょう?」
この提案に使用人トリオから、歓声が上がった。
帰るまでは面倒なのだが、いざそうと決まれば、結構乗り気になるのが帰省というものである。
いの一番に喜んだのは、意外にもギャランだった。
「ラルカにも教えてやんなきゃな。首都にある、ナントカってレストランに行きたいって、最近うるさくてよ」
金髪をかき回してはにかむ彼は、強面に似合わず愛妻家なのだ。
一つ手を打ち、モリーもキャッキャとはしゃぐ。
「わたしも、お母さんや友達に会いたかったんですぅ。嬉しいです、お嬢様!」
小躍りする彼女を見て、サルドも破顔。糸目をますます細めている。
「私も兄弟と、久しぶりに会いたいと思っていたところでした。ありがとうございます」
そしてエシュニーへ、深々と頭を下げた。
彼らが喜んでくれたことに、エシュニーも安堵する。
「いえ。みなさんに喜んでもらえて、よかったです」
微笑んだ彼女は、この出来事のきっかけであるトーリスを見つめる。
だが彼は、どこか寂しそうな顔をしていた。そのことに、小首をかしげるエシュニー。
「トーリス……どうしました?」
「なんでもない。帰省中の、留守は任せろ」
その顔のまま、彼はこんなことを口走る。
(何か勘違いしてるな、この子)
だからエシュニーは忍び笑いをして、トーリスへ歩み寄った。そして彼の頬を優しくつん、とつつく。
「あなたも一緒ですよ、トーリス?」
きょとん、と赤い瞳が丸くなる。まだまだ起伏は少ないものの、彼もずいぶんと表情豊かになったものだ。
「僕も、行くのか?」
「ええ。だって私の友達でしょう? それとも、行きたくないのですか?」
少し意地悪く問いかければ、すぐに首が振られる。元気いっぱいに、ぶんぶんと。
「行きたい。エシュニーの育った街を見たい」
「なら、決まりですね」
「エシュニー」
微笑む彼女の手を、トーリスが握る。きらきらと、期待に満ちた深紅の目が、エシュニーへ向けられた。
「エシュニーが暴れ牛に乗って走り回った場所も、見に行けるのか?」
「おい、誰に聞いた、その話」
エシュニーの機嫌が急降下する。
暴れ牛騒動とその
「ギャランに聞いた」
そしてトーリスは堂々と、その首謀者を売る。
頬を引きつらせるギャランへ、エシュニーが振り返った。その表情は、暴れ牛など比にならぬくらい、恐ろしいものであった。
「悪魔だ」
とつぶやいたのは、誰であったか。
「ギャラン! この話はするなって言っただろうが!」
大股でエシュニーが詰め寄る。
ギャランが「ひひひ」と、小悪党めいた笑い声をあげながら逃げる。
エシュニーの歩調が、どんどん速くなる。
さして広くもない食堂を舞台に、不毛な追いかけっこをする二人を、トーリスは眺めていた。
彼の口元には、優しげな笑みが浮かんでいる。