その来訪者が現れたのは、エシュニーが工房での作業にいそしんでいる時のことだった。
「聖女エシュニー、トーリス君」
神官長が珍しく工房に姿を見せ、エシュニーとトーリスを手招きしたのだ。
お守りへ加護を与えていたエシュニーと、そのかたわらで紐付け作業を手伝っていたトーリスは、顔を見合わせる。
「神官長が呼んでいる」
「珍しいですね。行ってみましょう」
周囲の神官と、同じく作業を手伝うギャランへ一声かけ、二人は席を立つ。
早足で神官長のもとへ行くと、彼は弱り顔であった。もっとも、彼は非常に気が小さいため、いつもどこか弱々しい表情なのだが。よく神官長まで登り詰めたものである。
(にしても、今日は弱々し過ぎる。何かあったな、面倒事が)
「神官長。いかがされましたか?」
この手の予感は当たるものだが、エシュニーは一応そう尋ねた。彼の調子に合わせていては、日暮れまで肝心のことを言えず仕舞いになりかねない。
「その……実は今、聖堂に旅行者が来ておりまして」
よくあることだ。聖堂は日中開放されている。
「その旅行者が暴れているのか」
が、案外血の気の多いトーリスが、すぐに「絶対殺すマン」の側面を見せる。
「トーリス、気が早いです」
指で×印を作り、エシュニーがいさめた。
神官長も脂汗を白いハンカチで拭いながら、空笑い。
「暴れてはいらっしゃいません。ただ……その、髪が」
「髪が、どうされました?」
(ハゲている? だから何だって話だよね)
「髪の色が、見るも鮮やかなオレンジ色なのです」
神官長のその言葉に、エシュニーの視線が持ち上がった。
彼女の見つめる先にあるのは、一つに束ねている、トーリスの鮮やかに青い髪。
「それは……つまり……魔剣、ということですか?」
こくこく、と神官長はうなずく。
「それと、どこか浮世離れしたお顔立ちでもありまして」
(間違いない。色男祭の産物だ!)
「分かりました。聖堂へ向かいます」
神官長の肩を一つ叩いて落ち着かせ、エシュニーとトーリスは聖堂へ向かった。駆け足に近い速さで廊下を進む。
「トーリス、オレンジの髪に心当たりはありますか?」
「ある。だが、ここへ来る心当たりは分からない」
「そうですか……友好的だと嬉しいのですけれど」
吐息をこぼす彼女より前へ進み出て、トーリスが両開きの大きな扉を全開にした。
聖堂の一番奥の、ど真ん中の長いすに座る細身の影があった。その後ろ頭は、たしかにオレンジ色。
(あれ、髪は長くないんだ)
エシュニーが場違いな感想を抱いていると。
「ライエスか?」
オレンジ頭へ、トーリスが問いかけた。その声を聞きもらさず、オレンジ頭が立ち上がって振り返る。
トーリスに負けず劣らずの美形顔──こちらはもう少しあどけなく、美少年然としている──が、彼を見とめるや否や破顔した。
「兄上! おひさしぶりでございます!」
そしてこちらへ駆け寄る。
「兄上?」
エシュニーがその間に、トーリスへ小声で問いかけ。
「ライエスは僕の兄弟機。僕の方が先に稼働した」
トーリスも正面を見据えたまま、ささやき声で答える。
「なるほど」
うなる彼女とトーリスの前に、ライエスが到着した。彼はトーリスの手を取り、嬉しそうに上下に振る。
「手紙をいただき、嬉しさの余り休暇をいただいて、こうして馳せ参じたのです。こんなにすぐ、お会いできるなんて!」
「そうか。返信でよかったのに」
むしろ返信がほしかった、とトーリスの無表情には書かれていた。文通という文化に、憧れがあるらしい。
「兄上から初めて手紙をいただいて、とても嬉しかったのです。そんなことを言わないでください」
快活に笑うライエスは、トーリスと比べてずいぶん感情が豊かである。
(次世代機だから、感情面も強化されてる、とか?)
と考えた彼女は気付く。この弟分、こちらを見ようともしないと。
トーリスもそれに気づいたらしい。エシュニーの背に自身の手を添えた。
「ライエス。彼女がエシュニー。僕の友達だ」
「ああ、あの手紙にあった……」
それだけ呟いたライエスから、途端にストンと感情が抜け落ちる。金色のはずなのに、沼のように暗い目が、エシュニーへ向けられた。
思わずエシュニーの二の腕が、粟立つ。
(何かやらかした? いや、まだ顔合わせしかしてない……ということは、手紙によからぬことが書かれてた? あ! 大声のことだ! 恨むぜよ、トーリス……)
と、横目で彼をにらみつつ、エシュニーは二人から数歩距離を取った。
「エシュニー?」
彼女が自分から離れることなど初めてだったので、トーリスは眉をしかめる。
彼とライエスの視線を避けつつ、エシュニーはやや早口で言い訳した。
「私は、まだ作業が残っていますから、そろそろ失礼いたしますね。トーリスはこちらでゆっくり、ライエスさんとお話ししていなさい」
「だが」
「大丈夫です。こちらのことは任せてください」
ギャランを馬車馬のように働かせるから、という言葉は飲み込み、彼へ笑いかける。
その間も無表情のライエスが恐ろしく、エシュニーは後ろ歩きで扉へと戻り、そのまま
(トーリスゥゥゥーッ! 手紙に、一体何書いたんだっ! あんにゃろ!)
しかし廊下を歩きながら、そうプンスカ怒りもした。
むっつり顔の聖女に、すれ違う信者たちは
「怒った聖女様だ! レアでいらっしゃる!」
と、それはそれで喜んでいた。