24:魔剣のお部屋訪問

 昼食の後、いつもより少し早く別館を出て、エシュニーとトーリスは文具店に立ち寄った。

 そこでトーリスは、水色のレターセットを購入した。髪色と併せて、「同系色」と思ってしまったのはここだけの秘密だ。

 ついでにエシュニーも、インクを購入。こちらはこげ茶色である。

 おまけで藍色のインクも購入し、トーリスへプレゼントした。断っておくが、決して親の扶養義務ではない。

 これで準備万端、万事において抜かりなし──と思いきや。


 夕食後の自由時間中、風呂も終えてこざっぱりしたエシュニーは、寝室でのんびり過ごしていた。

 昨日の今日で、少し法力を使い過ぎたかもしれない。疲れがたまっていた。

 軽くのびをする。

「明日は慰問がお休みでよかった。のんびりして、法力を回復させなくちゃ」

 若さに任せて、少し無理をしている自覚はある。たまには自分を可愛がるのも、必要なことだろう。

 本を片手にベッドで腹ばいになっていたが、なかなか内容が入ってこない。体だけでなく、脳も相当疲れているらしい。


(もったいないけど、今日は早めに寝るか)

 そう考えて、唯一灯していた枕元のエーテルランプへ、手を伸ばした時のことだった。

 扉をノックする音が聞こえた。

 モリーだろうか、とエシュニーは夜着の上にガウンを羽織って立ち上がった。部屋の明かりも点ける。

 こんな夜更けに、未婚女性の部屋を訪れるほど、男性使用人コンビは無知でも無謀でもない。


「どうぞ」

 両開きの扉が開かれ、姿を見せたのはトーリスだった。

(そうだった、こいつは無知と無謀の極みだったんだ)

「トーリス……何をしているのですか」

 額をおさえ、エシュニーがため息。首もふりふり。


 こちらの懊悩おうのうなどお構いなしで、トーリスは買ったばかりの便せんと封筒をかかげた。

「手紙の書き方を知りたい」

 額から、手を離して彼を見る。

「どういうことです?」

「手紙を知らない。書き方が分からない」

「ああ……そういえばそうでしたね」

 こちらの手落ちだ。彼は手紙という単語すら、おそらく今まで耳にしたことがなかったのだ。


「ごめんなさいトーリス、気付かなくて。でも、今までずっと悩んでいたのですか?」

 うなずく彼を見て、

(そういえば今日、どこか上の空だったような気もするかも)

と遅れて気付く。


 もっとも表情は、いつも通りの「虚無」であったため、一見すると変化がないのだが。

 それにしても、とエシュニーは開け放たれた扉にもたれる。

「けっこう容赦なく、女性の部屋に来ましたね」

「友達でも、いけないのか?」

「だめと言えばだめなのですが……まあ、いいか」

 天井をにらんでうなるも、エシュニーは諦めたように笑う。肩もすくめた。

 そして扉から離れ、彼を招き入れる。


「言っておきますが、私以外の女性の部屋に、ホイホイ入るのは駄目ですからね?」

「何故?」

 エシュニーが指し示す、窓際に置かれた来客用の丸椅子に座って、トーリスは首をかしげた。

 向かいの椅子に座って、エシュニーは両手を広げる。

「トーリスは綺麗ですから。ついて行ったら最後、まるっと食べられて終わりですよ」

「中身は機械だ。食べる部分はない」

「あー、そこからかー」

 そう嘆いて頬杖をついた彼女は、わざと怖い顔を作る。

「とにかく危険ですから、入らないように」

「分かった」


 無邪気にうなずくその姿は、伏魔殿ふくまでんがごとき社交界に生きる女性からすれば、格好の獲物であると言えた。

 もっとも、彼が何もせずに「食べられる」なんてことはない、とも信じているが。十中八九、苛烈な反撃待ったなしであろう。


 二客の椅子の間にあるテーブルに便せんを広げ、彼女は即興の「魔剣でも書けるお手紙講座」を開く。

「トーリスは、どなたに送ろうと思っているのですか?」

 両手を膝に乗せ、トーリスが姿勢を正す。

「司令官と、他の魔剣に」

「お父さん代わりと兄弟宛て、ということですね。よく知った間柄ですし、かしこまった挨拶はいりませんね」

「なるほど」

 本来であれば、アリバスには時候の挨拶云々も必要であろうが、書くのはトーリスである。少々無作法でも、問題ないだろう。


「お手紙には、最近あったこと等を書いてみてください。あ、箇条書きは駄目ですからね? その時自分はどう思ったのか、といった、感想も添えて書くように」

「分かった」

 エシュニーの教えにも、トーリスは素直にうなずく。

「ついでに、お相手の近況も伺うようにすれば、受け取った方の心象もなおよくなりますね」

 そう言いながら、エシュニーは席を立つ。

「一度、書いてみてください。その間に、お茶を淹れて来ますから」

「分かった。ありがとう」

 答えるや否や、トーリスはペンを握りしめ、便せんへ向かった。


(この素直さは長所よね。というか兵器が素直って、どうなんだろう?)

 しばらく考えるも、まあいいか、と雑に結論付けて部屋を出る。

 階段を下りて、厨房へ向かった。

 廊下から食堂に入ると、その奥に厨房がある。しかし、手前の食堂に見知った人影が二つあった。ギャランとサルドだ。


 二人は酒盛りをしていた。今夜のつまみは、夕飯に使われたハムの残りのようである。

「お、珍しいな。どうした、お嬢?」

「眠れないのですか?」

 筋肉モリモリのギャランと、縦にとにかく大きいサルド。容積の大きいコンビだ。

(暑苦しいコンビでもあるなぁ)

 などと考えながら、エシュニーは肩をすくめた。


「ただいま寝室で、トーリスに手紙の書き方を教えているのです」

 きょとん、と二人は目を丸くした。次いで、顔を見合わせつつ、ちらりとエシュニーを──寝巻姿のくつろいだ様子の彼女を見る。

「……その格好で、トーリスを部屋に入れたのか?」

 もっともな疑問を、無作法の見本図のようなギャランが口にした。つい、エシュニーは笑う。


「相手はトーリスですよ?」

「それもそう、ですね」

 サルドが苦笑する。ギャランも彼を見て、一つ息を吐いた。

「ま、相手がトーリスなら、ある意味一番安全だな」

「そうそう」


 気楽に笑うエシュニーへ、ただし、とサルドが指を立てる。それを自分の口元へ当てた。

 彼の糸目は、どこか楽しそうである。

「モリーさんには、内緒にしておいた方がよさそうですね」

 ギャランも強面を緩めて笑う。

「だな。絶対うらやましがるぜ」

 その可能性は、高い。


「また卒倒されても困りますし。そこはもちろん、内緒にしておきます」

 エシュニーも笑って、軽やかに応じた。

 そしてサルドに手伝ってもらいつつ、二人分のお茶とお菓子──サルドの試作料理らしい、カヌレの余りだ──を用意して部屋に戻る。


 心配する二人を言い聞かせ、自分でマグカップ二つとお菓子を運ぶ。青いトーリスのマグカップを見つめ、ふと気づいた。

(私物に、青色が多いな、あの子。やっぱり親近感でもあるんだろうか)

 詮無いことを考えながら、部屋の前に到着すると、ノックをする前に扉が開かれた。

 開けたのはもちろん、無表情魔剣だ。


「足音が聞こえた」

「ありがとうございます。トーリスも、気が利くようになりましたね」

 笑いかけて、中へ入る。そしてテーブルの中央に、カップとカヌレの載ったお盆を置く。

 便箋は、すでに二つ折りにされて、テーブルの端に置かれていた。

 しかしトーリスの視線は、お菓子に釘付けであった。

「これは、甘いものだな」

「ええ。カヌレというそうですよ」


 すっかり甘党になった彼へ笑いかけ。

「何を書いたのですか?」

何気なく、そんなことを訊くと。

「エシュニーの声が大きくて、驚いたと書いた」

「それは書くな!」

 予想外の地雷に、自慢の大声で制止をかける。


 すっかりその声量にも慣れたトーリスは、困ったように顔をしかめる。

「何故だ。今までで最も驚いたのに」

「それでも! 私が恥で死ぬ!」

「人は恥で死ぬのか?」

 びっくりした顔が、しげしげとエシュニーを眺めていた。