23:魔剣の発言が重い

「エシュニーたちは、母に会わないのか?」

 母という単語が出たからだろうか。藪から棒にトーリスが、そんな疑問を口にした。

 モッシャモッシャとサンドイッチを頬張りつつ、エシュニーが宙をにらんで思い返す。

(最後に帰省したのは……二年前だったかな)


「うーん……そういえば、長らく会っていませんね」

「なんだかんだで、こちらの生活も忙しいですしねぇ」

 髪をとかし終えたモリーも、ブラシを片付けながら、しみじみ同意。


 エシュニーへミルクを供するサルドも、モリーと似たり寄ったりの表情でうなずいた。

「こちらへ来た直後は、月に一度は里帰りもしておりましたが」

 窓べりに腰かけるギャランも、それに同意する。

「段々面倒になっちまうよな。こっちでも、衣食住は事足りてるわけだし」


 つまりは全員、長い時間をかけて帰省するための、気力を維持するような理由がないのだ。

 端的に言えばギャランの言葉通り、「面倒」なのである。


 面倒くさがりという共通点が見つかった四人を、トーリスは順々に眺める。

「会った方がいい。気が付いたら死んでいることもある」

 さらりと重い発言だ。

 一同がごくり、とつばを飲んだ。


「戦場帰りが言うと、言葉の重みが違いますね……」

 ミルクでサンドイッチを流し込みながら、エシュニーが苦笑した。

「とりあえず、手紙でも書いてみましょうか」

「あら、いいですねぇ」

 モリーも手を重ね、楽しげに賛同する。そして「そうだ」とトーリスを見た。

「トーリス君も、お手紙を書いてみたらどうですか?」

「手紙?」

 聞き慣れぬ言葉だったらしい。トーリスが困惑したように眉根を寄せる。


「ええ。アリバス司令官や、仲のよかった同僚さんに。きっと喜ばれると思いますよぅ」

 慈しむようにトーリスを見つめていた、アリバスの姿を思い返したエシュニーも首肯する。

「たしかに。少なくともアリバス司令官は、絶対に喜びますね」

「手紙は、もらうと嬉しいものか?」

 首をかしげるトーリスへ、エシュニーは頬杖をついてにっこり。


「そうですね、相手の近況を知れますから。それに、自分のために手紙を書いてくれたという事実も、嬉しいものなのです」

「そうなのか」

 しみじみつぶやくトーリスの手を、モリーが取った。そしてブンブン振る。

「書きましょうよ、トーリス君。わたしのレターセット、貸してあげますから」

「ありがとう。書いてみる」


 モーリスのレターセット。

 お仕着せだと想像しづらいが、彼女の趣味はかなりメルヘンだ。

 自室はピンク色で統一されており、本棚に並ぶのは甘ったるい恋愛小説ばかり。

 また私服や小物には、手ずから愛らしい刺繍をほどこしたりするほどである。

 そんな彼女のレターセット。

 それを借りる、トーリス。

 それを受け取る、アリバス司令官。

(まずくないか?)


 エシュニーの脳裏に、愛らしい手紙 (きっと甘い匂いがするだろう)を受け取ったアリバスが、彼に何があったのだろうか、と混乱する様子が描かれる。鮮明に。

「モリーのレターセットを借りたら……トーリスに変な趣味ができたと、誤解してしまうのではないでしょうか?」

 そうなると、エシュニーの監督不行き届きということになりかねない。それは嫌だ。


「言えてるぜ! 大事な魔剣が少女趣味に目覚めたって勘違いされて、派兵されちゃあコトだしな!」

 ガハハ、と笑ってギャランも同意。

(事実その通りになったら、笑っていられないがな!)


 モリーはすねたように、唇をすぼめる。

「もう、失礼ですねぇ。乙女趣味にも理解のある美青年だなんて、絵になるじゃないですか!」

「えーっと……それこそ、あなたの趣味ではないでしょうか、モリー……」

 きらきら目を輝かせて、危ない嗜好を垣間見せる彼女を、エシュニーはうんざりと見やった。


 が、しかし。良識人のサルドが、いち早く壁の時計を見る。そして主へ進言。

「お嬢様。そろそろお時間ですよ」

 我に返った一同も、つられて時計を見る。すぐにエシュニーがのけぞった。

「あっ、いけない! 忘れていました! ありがとうございます、サルド!」

 ごちそうさまでした、と呟いて彼女は慌ただしく立ち上がる。それに続く、トーリスとギャラン。


 食堂を出る際に、エシュニーはトーリスを振り返った。

「お昼を終えたら、自由時間を作ってあげます。なので一度、町でお買い物をしていらっしゃい」

「買い物?」

「ええ。レターセット以外にも、必要なものがあれば買って来てよいのですよ」

 木床を踏みしめ歩くトーリスが、しばし黙考する。


 そして前方のエシュニーを見た。

「エシュニーも」

「はい?」

「エシュニーも、一緒がいい」

 手を握られ、くいと後ろへ引かれる。そして彼女の顔を、人形めいた美麗な顔がじっとのぞき込む。

(うおっ、鼻筋綺麗。まつげ長っ。唇つやつやっ)


 恋愛と縁遠い生活を送っているエシュニーは、それだけで赤面した。

「わっ、私はあなたのお母さんかっ」

「似たようなもの」

 淡々とした答えに、かたわらのギャランが、ぶはっと笑う。


「まさかお嬢の方が、先に子供をこさえるとはなぁ。負けちまったよ、俺!」

 彼に元気いっぱい背中を叩かれ、エシュニー (と、ついでに手をつないだままのトーリス)は前のめりにつんのめった。

 背中を押さえて、彼女は吠える。

「こさえてたまるか!」