第22話

「へぇ、ナツコちゃんっていうんだ」


 駅の近くのファミレスで注文を終えると、スゥは自分自身をそのように自己紹介した。


「高校生か。この近くに住んでるの?」


「まあね。そんなことより、本当にご馳走してくれるの? うちら二人とも、一文無しだし」


「当然だよ」


 もう一人のサラリーマンが、おしぼりで顔を拭きながらそういった。


「むしろ、こんなおじさんたちと一緒にご飯をしてくれるんだから、それ位当たり前だよ」


「えー、でも、うちおじさん好きだよ。気前いいし、何でも言うこと聞いてくれるからさぁ」


「嬉しぃねぇ、そういう風に行ってくれると」


 そのサラリーマンの口元にはうっすらと髭が青みを見せ、どんなに拭いても、顔の油は拭い去られてはいなかった。


「そっちの子は、なんて言うの?」


「マキっていうんだ。うちの同級生」


 スゥの助け舟にのり、僕は小さく頭を下げる。


「マキはちょっと引っ込み思案で口下手だから、あまりいじらんでやってね」


「かわいいじゃん。ちょっと清楚な感じがするのも、いいねぇ」


 その笑顔も、まるで手あかがべたついたような、さわやかさが一かけらも見当たらないようなものだった。


 言葉を交わすことにすら僕は嫌悪感を覚えたため、会話はすべてスゥに委ねた。


 けど僕の注文したジャンバラヤが目の前に置かれた時、僕の心の中に罪悪感が芽生える。


 このおじさんたちは、僕のことを女の子だと思ってご飯を食べさせてくれる、だけど僕は、女の子じゃない。


 そうは言いつつも、やはり空腹には耐えきれない。


 僕はわき目もふらず、久しぶりの食事を平らげる。


「いい食べっぷりだねぇ。たくさん食べる女の子、おじさん大好きだよ」


 食べているときに食欲が失せるような言葉、聞くものじゃないな、と僕は思った。


「ウチらしばらく飯食ってなかったからさ。マジで助かったし」


 スゥはミックスフライを嬉しそうにほおばった。


「もしかして君たち、家出中かい?」


「わかる? まぁ思春期の女の子には、いろいろあんのよ」


 その言葉を聞くと、二人のおじさんたちはお互いに耳打ちをしながら何かを打ちあわせを流るようなしぐさを見せた。


 するとその一人が、周囲を見回し、そして僕たちの方へと顔を近づける。


「君たち、もしよかったら――」


―――


「だめだよスゥ」


 キングサイズのベッドに腰掛け、僕はスゥに耳打ちした。


「僕が男だってばれたら、どんな目にあわされるかわからないよ」


 スモークのかかったガラスの奥には、一人のサラリーマンが、鼻歌を歌いながらシャワーを浴びている音が聞こえる。


 もう一人のサラリーマンも、晴れやかな表情で交代を待っている。


 そのお腹には大福の様に分厚い脂肪が層をなし、脛や腕、背中など、あらゆるところに毛が密集している。


 それを見た僕の前身に、嫌悪感が走り、鳥肌がまた走った。


「大丈夫だよ。心配しないで。それより、きちんとスニーカーの紐は結んどいてね」


 するとスゥは、シャワーを待つサラリーマンに向かって言った。


「ねぇ悪いんだけどさ、うちら二人っきりにしてほしいんだよね」


「二人っきり?」


「うん。実はさ、マキ初めてだから、ちょっと怖いっていってるんだ」


 その言葉に、そのおじさんは小躍りしたい気持ちを抑え込むような、奇妙な表情を見せる。


「そっか、うん。初めてなら怖いよね」


「わかるっしょ? だから、今シャワー浴びてるおじさんと一緒に――」


「――わかったわかった。あいつにもそう伝えておくよ」


 そういってそのサラリーマンは、シャワールームのドアを開ける。


「初めての女の子なんだからさ、ちゃんと、おじさん臭完ぺきになくなるまできれいにしろし」


 スゥが笑ってそういうと


「わかってるって」


 そう言って喜び勇んでシャワールームへと姿を消した。


「さ、急いで」


 そういうとスゥは、壁にかけてあるおじさんたちのスラックスのズボンをまさぐり始めた。


 これはもしかして――


「だめだよスゥ」


 僕はスゥの手を掴む。


「それは窃盗だよ。絶対だめだよ」


「何言ってんの。こんなかわいい、若い女の子と一緒にいられたんだし。これ位貰わないと、釣り合わないでしょ。あんな臭そうなおっさんたちとさ」


「けど――」


「急いで。見つかったら、それこそなにされるかわかんないよ」


 そういうとスゥは、二人のおじさんの財布を見つけ両手に抱える。


「まだかい」


 シャワールームの奥から、一人のおじさんの声が聞こえる。


 すると、スゥは僕の腕を掴み


「そんなに甘くないよ! エンコーおじさん!」


 そういって一目散に部屋を駆け出た。


―――


「しめて七万円。大儲けだね」


 現金を抜きとった財布を、スゥは川に投げ捨てた。


「これだけあれば、しばらくはお金に不自由せずに旅ができそうかな」


 そういって、スゥは紙幣をポケットにねじ込む。


「せっかくだから、今日くらいはビジネスホテルに泊まろうよ。この近くなら、あのおっさんたちに会うこともなさそうだしさ」


 僕は、そのスゥの言葉に答えることができなかった。


「どうしたのよ。大成功。ウチら二人で稼いだお金なんだよ? 久しぶりに暖かいシャワーが浴びられるんだよ?」


―――


「何なの、さっきから。マジなんかおかしいんだけど」


 ビジネスホテルの一室、スゥが、ベッドに座る僕の隣に腰をかける。


「もしかして、女装させられたのが気に食わなかった?」


「それだけじゃないだろ」


 ようやく、僕の口から言葉がついて出た。


「さすがにひどいよ。財布を抜き取って、逃げ出すなんて。窃盗じゃないか」


「それがどうしたの?」


 スゥは事もなげにそう言った。


「今までウチは、こうやってお金を稼いでここまで来たんだし。自分の武器を最大限に活用して、何が悪いの?」


 その言葉に、僕は少し苛立ちを覚えた。


「そんなの、卑怯だよ。人のお金を盗むなんて、絶対にやっちゃいけないことなんだ」


「だって、旅をするにはお金が必要じゃん。わんこくんだって、今回それが痛いほどわかったでしょ? それに、あの人たちに同情する必要なんてある? あの二人にはきっと、ウチたちと同じくらいの息子や娘がいて、それでいてこういう事をしようとするんだよ? 天罰だよ」


「ダメなんだ、それじゃ」


 僕は声を荒げていった。


「なんて言うかうまく言えないけど、僕たちの旅はそんなんじゃダメなんだ」


「無免許でバイク転がしてるのにさ。いまさらそんなこと、わんこくんがいえるの?」


「それでも僕たちの旅は、もっと純粋なものじゃなくちゃダメなんだ。モッチを探すスゥと一緒の旅で、僕たちははもっと、潔白でいなくちゃだめなんだ」


「もういいよ。とにかく今日は、こうやってお金を出してビジネスホテルに泊まったんだから、シャワー浴びて寝るよ。明日、さっさとこのホテルでてくから」


 そういってスゥは、シャワールームへと姿を消した。


「一つだけ言っとく。ウチ、いつもこんなことやってるわけじゃないから。本当にこれ以上自分の力で旅ができなくなりそうなときしか、やらんし。そんな、軽い女じゃないから」