夜は、残りのベーコンと乾燥茸でリゾット。
今回はチーズも持ってきたからいつもより少しだけ贅沢だ。
干し肉で出汁を取ったドライトマトのスープもつける。
おそらく明日からは行動食ばかりになってしまうだろうから、せめて今日くらいはまともな飯が食いたい。
そう思って調理していると、いつの間にか『青薔薇』の4人が興味深そうに私の手元を見ていた。
「もうすぐだ」
私がそう言うと、リズは少し照れたようにそっぽを向きながら「べつに…」という表情になり、サーラは「うふふ」と笑って、エリーとリーエはコクコクとうなずく。
「できたぞ」
と私がそう言うと、待ってましたとばかりに『青薔薇』の4人が皿を差し出し、それに飯をつぐとさっそくみんなで食い始めた。
リゾットの米が少し柔らかすぎただろうか?
どうやら水の加減を間違えたらしい。
今度ドーラさんにコツを教えてもらう必要がありそうだ。
塩加減はちょうどいい。
普段なら少し塩気が強すぎると感じるだろうが、疲れた体には最適だ。
ベーコンと茸のうま味も相性がいいし、今回はチーズが入っている。
村で細々と作られているチーズはあっさりとしていて南の畜産業が盛んな地域ほど濃厚なうま味は無いが、素朴で飾らない味がベーコンの濃い脂の味と茸のうま味を上手につなげてうまくバランスを取ってくれている。
(村に帰ったらフリッターを作ってもらおう。こういうあっさりした味のチーズなら美味くなるはずだ。ああ、あと、ナポリタンに入れてもいいかもしれないな。もう少し乾燥させて粉チーズも開発しなくては…)
そんなことを考えていると、リズに、
「なぁ、こういうのはどこで覚えたんだ?誰かに習ったのか?」
と聞かれた。
私は、当然、前世の記憶うんぬんのことは差し置いて、
「いや、独学だな。たまに、飯屋でコツを聞いたりしたことはあったが、基本的には自分で考えている」
と答える。
あながち間違いではないはずだ。
すると、リズは、
「…よく、冒険中に料理なんてする気になったなぁ」
と少し呆れたような顔でそう言った。
「いや、冒険中だからこそだ。冒険は体力と集中力がいる。美味い飯で英気を養って一度リラックスすることは重要だ」
と私はいつものように力説する。
「いや、まぁ、それはわかるが…。普通はそこまで気が回らないんだよ…」
と言ってリズはさらに呆れた。
「うふふ。村長さんって変わった人ですよねぇ」
と言って、今度はサーラが苦笑いし、「「コクコク」」とエリーとリーエもうなずいている。
村を拠点にしている冒険者たちには少しずつ飯の美味さが重要だという考えは浸透しつつあるようだが、この考えをこの国中に広めるのは時間がかかりそうだなと思って私が少し難しい顔をしていると、
「まぁ、そのうち挑戦してみるさ」
と意外にもリズが前向きな発言をした。
他の3人もうなずいている。
(こういう小さな一歩がこの世界を変えるのかもしれん)
そう思うと、妙にうれしくなって掻き込む飯がより美味くなったような気がした。
食後、薬草茶を振舞いながら明日からの行動予定を確認する。
「明日もまた簡単な陣地作りをしよう。もう少し弓が隠れられる場所もあった方がいいか?」
私がそう聞くと、エリーかリーエが、
「…あっちのほう」
と言って、草地の向こうの方を指さし、その辺にあった小枝を拾い上げると、地面に簡単な配置図を書き始めた。
どうやら大きな木を背にしていくつか障害物があればいいらしい。
「上、囲まれるの、いや」
と今度は最初とは違う方が声を発して、どうやら一か所から射るのではなくある程度動きながら射る方がいいということを伝えてきた。
「そうね。リーエちゃんは動きながら射るのが上手だものね。エリーちゃんはいつもみたいに一か所から確実に狙うのでいい?」
と言って、サーラが2人の言葉を補ってくれる。
すると、
「…うん」
とおそらくエリーだと思しき方が、そう答えた。
なるほど、リーエとエリーで少しタイプが違うらしい。
おそらくエリーが腰を据えて確実に狙いをつける役でリーエがエリーを守りながら牽制する役目なんだろう。
いいコンビだ。
「よし。じゃぁ明日はその足場と障害物作りだな。私とリズで枝を集めてくるから設置は3人に任せてもいいか?」
と言うと、
「はーい」
とサーラが答えて、エリーとリーエもうなずいた。
どうやら、こういう戦い方は何度か経験があるらしい。
安心して、任せることにした。
翌朝早く。
ドーラさん特製の美味い行動食で簡単に朝食を済ませるとさっそく作業を開始する。
私とリズが払った枝を3人が設置していくという流れだ。
昼過ぎには、逆茂木というほどたいそうな物ではないが、幅2,3メートルほどの障害物が4か所ほどできた。
たったこれだけのものでもあると無いとでは違う。
エリーとリーエは、いくつかの大木にロープを掛けたりもしていた。
いざという時の避難場所だったり、上から狙う方がいいと判断した時素早く登れるようにするためだろう。
なかなか手慣れている。
そんな様子を見て私はますます安心し、西日が差し始めたころ、少し早いが夕食の準備にとりかかった。
昼も行動食だったから、せめて夜は温かいものを食べさせてやりたい。
そう思っていつものスープを作る。
干し肉の塩気が疲れた体には沁みるだろう。
乾燥野菜と茸、それにドライトマトから出るうま味は安心する味だ。
鍛冶屋の奥さん自慢のパンと合わせるとこれがまた美味い。
やがて戻ってきた『青薔薇』と一緒に焚火を囲みながら食事をとった。
本来殺伐とした空気になるはずの決戦の地にひと時の和やかさが訪れる。
やはり、飯の力は偉大だ。
食後のデザートにあの柿もちを出してやると『青薔薇』の4人が驚いていた。
まさか冒険中にデザートが出てくるとは思わなかったらしい。
明日はいよいよ勝負になる。
今は少しでもリラックスしもらいたい。
ついでにドーラさん特製の醤油入りのあの飴を渡しておく。
糖分と塩分が手軽に補給できる素晴らしい携行食だと説明してやると、エリーとリーエは我慢できなかったのか、さっそく一つ口に入れ、驚いたような顔をしていた。
それを見たリズとサーラも飴を口にする。
こちらもやはり驚いていた。
そんな食事を終え、まだ口の中に飴を入れた4人といつもの薬草茶を飲みながら明日の行動を打ち合わせる。
地図を広げた瞬間、顔つきが変わったのはさすが中堅どころの冒険者だ。
切り替えが早い。
ヤツらがやって来るのはおそらく明け方になるだろう。
夜の間に移動してきたヤツらはすぐさま私たちの存在に気が付いて、一気に襲って来るはずだ。
最悪、囲まれることも想定しなければならない。
リズとサーラには、まず弓を守る位置についてもらい、露払いは私がやる。
しばらくの間は持久戦だ。
私たちが持ちこたえるのにしびれを切らした統率個体が自ら前線に出てきてくれれば楽だが、おそらくそう単純にはいかないはずだ。
ある程度数を減らして、群れの注意を引き付けたら、後から合流する追い込み役の連中がある程度退路を断ってくれたのを見計らって、私が突っ込んでいく。
そんな作戦概要を説明して、『青薔薇』の4人にもう一度、配置と役割を確認してもらった。
「いよいよか…」
リズがつぶやく。
「なに、少し数が多いだけだ。普段通りやればそれでいい」
私がそうつぶやくと、
「おいおい…」
とリズが嘆息し、
「普通ならもう少し数のいる仕事なんだぜ…。まぁギルドの連中の話もあったし、あんたを信頼してねぇわけじゃねぇが、緊張くらいするさ」
と言って私を軽くにらんだ。
「はっはっは。安心してくれ。信頼には答える。ただ、万が一の時は頼むぞ」
私が、それまでの軽い笑みを消してそう言うと、リズはしばらく私を見ていたが、
「わかった。任せな」
と言って、
「よし。そうと決まればさっさと寝るぞ。おっ…村長、見張りは任せてもいいんだったな?」
と言って、さっさと自分たちの寝床を設え始める。
「ああ、任せろ」
私もそう言って、ブランケットを羽織った。
春先の少し肌寒い森の空気が焚火で火照った顔を優しく撫でる。
やはり私も緊張していたのだろうか?
その爽やかな空気が、まるで
(落ち着きなさい)
と優しく私を諭してくれているように感じた。