(来た!)
一瞬で跳ね起きるとあたりの気配を慎重に探る。
ヤツらは草地の反対側、どうやらまだ様子見のようだ。
まだ少しだけ距離がある。
『青薔薇』の方を見ると、どうやらサーラが気づいたらしい。
無言で他の3人の肩を叩くと、みんな一瞬で起き、それぞれに戦闘態勢を整えだした。
『青薔薇』の4人が私に向かってうなずく。
私もうなずき返して、まずは水筒から水を飲むと、まずは体を起こした。
次にスキットルを取り出すと気付けに軽く一口やる。
甘い香りと強めの酒精で一気に気持ちが引き締まるのが感じられた。
(いける)
そう確信すると、いつものように丹田に気を集めて練り始める。
一つ深呼吸をして、また、お互いにうなずき合うと、それぞれが素早く配置に着いた。
ヤツらの気配はまだ大きくは動かない。
空はまだ暗いが、もうすぐ白み始めるというころ。
おそらく、ヤツらは朝マズメを狙っていたのだろうが、こちらがすでに動き始めていることに警戒感を強めている。
そんな感じの動きだ。
どうやら統率個体の指示を待っているのだろう。
ならばおそらく、体制を整えて一気呵成に攻めて来るはずだ。
私は陣地の前方に立つと、丹念に気を練りながら集中力を高めていった。
やがて、方々で気配が動く。
ヤツらも体制が整ったようだ。
方向は、前方におそらく主力、左右には挟撃を狙っているのが数頭ずついるのが感じられる。
私が刀を抜くとまるでそれを合図にしたかのように周りの茂みから一斉にヤツらが飛び出してきた。
迷わず突っ込む。
何本か矢が飛んでいく気配がした。
まずは私に注意を引き付けてなるべく時間を稼ぐ。
そう思って、矢の飛んだ方とは少しずれた場所に飛び込むと迷いなく刀を振った。
まず1匹。
おそらく首を斬った。
次に左右から同時に襲って来たので、右を軽くかわしてから左のヤツの顔の辺りめがけて上段から振り抜く。
返す刀で次は後ろに横なぎの一閃を放ってまた1匹。
素早く左足を引きながら今度は袈裟懸け。
一度振り抜いた刀を素早く下段から跳ね上げ飛び込んできたヤツを牽制するとヤツらの動きが一瞬止まった。
仲間がやられて動揺したのだろうか?
そんなことは知らないが、一番気配のぶれが大きかった個体に向かって突っ込むとまずは一突き。
素早く抜いて、隣の個体を下段から跳ね上げるようにして斬る。
後ろ側から飛び掛かって来る気配を振り向きざまに袈裟懸けに斬って、今度は下段から横なぎでさらにもう1匹しとめた。
素早く移動し、ヤツらの注意を惹きながら飛び掛かって来るヤツを斬り、時にはこちらから突っ込んでいって斬る。
同時に襲って来るヤツらがいたら迷わず突っ込んでその包囲網を抜けると陣形が崩れたところを狙って斬りつけ、後ろの方から矢が飛ぶ気配を感じたら、ひるんだヤツへ突っ込んでまた斬った。
そんなことを何度繰り返しただろうか?
向こう側から大きな気配がうごめくように現れた。
どうやら隠形の得意なタイプらしい。
これまで、それほどの気配は感じなかった。
どうやら高みの見物を決め込んでいたらしいが、そうもいかなくなってきたというところだろう。
遠くで呼子の音が聞こえた。
もう少しだ。
そう思った瞬間、後方でいくつかの気配が勢いよく動くのを感じた。
(討ち漏らしたかっ!?)
そう思って、一瞬『青薔薇』の方に意識を向けたのがいけなかった。
なんでもないヤツのなんでもない一撃が太ももの辺りをかすめる。
ギリギリでかわしたつもりだったが、どうやらかわしきれなかったようだ。
(ちっ!)
心の中で舌打ちしつつ刀を振る。
さっき私に飛び掛かってきたヤツを後ろから斬りつけた。
隙ありと見たのか次々と私に飛び掛かって来る。
それを捌いては斬っていると、後ろからは問題無く戦っているような『青薔薇』たちの気配が感じられた。
(杞憂だった。それは良かったが、なぜ信じられなかった?信じて任せると心に決めていたのに…。守らなければと思った瞬間足が止まった。これは私の弱さだ…。迷った。迷いは刀を鈍らせる。ただ斬ることだけに集中しろ)
そう思った瞬間、私の中で何か狂いが生じた。
思うように集中が高まらない。
なぜだ?
そう思いながらも刀を振るが、またしても一瞬、隙を作ってしまう。
そこを突かれた。
今度は肩のあたりに痛みが走る。
防具の隙間に入った爪が薄く私の肌を裂いたのだろう。
素早く身をねじって飛び掛かってきたヤツをはねのけると、一太刀浴びせてなんとかしのいだが、私の刀は思ったよりも相手に深くは届かなかった。
どうした。
なぜ迷う。
迷う必要などないはずだ。
ただ目の前の敵を斬る。
それだけに集中しろ!
そう思った瞬間、なぜか私の心が暗くなった。
戸惑う。
戸惑いながらも刀を振っていると、ふと、私の視界の隅に4色の組紐が映った。
(そうか…。私はとんでもない思い違いをしていたんだな…。今の私はただ刀を振るうことだけにとらわれていた。そう、刀に魅入られてしまっていたんだ)
なんとなく、その組紐に諭されたような気がした。
マリーの微笑みが浮かぶ。
リーファ先生の笑顔が浮かぶ。
ルビーとサファイア、コハクとエリス。
屋敷のみんな。
村の人たち。
みんなが笑って私を見ている。
(そうだ。私は村の剣だ。それが私の剣の道だと思い定めた。なのに私はそれを忘れて、ただ、目の前の敵を斬ることばかり考えていた。仲間を信じ切れていなかった…。いや、自分の剣の道を信じ切れていなかった。その迷いが一瞬の隙を生んだんだ。なんという未熟。なんという愚鈍…)
そう思った瞬間、心が晴れた。
エリーとリーエ、どちらが放ったものだろうか?
私のすぐ脇を矢が抜けていく。
いい加減に起きろ。
まるでそう言われたような気がした。
「ふぅー…」
一つ息を吐くと、いつものように気を溜めた。
飛び込んでくるヤツらを撫で斬りつつ、集中を高める。
やがて、音が消え、視界もぼんやりとしてきた。
深く、深く集中していく。
ただし、今までのように何かにとらわれ、沈んでいくような感覚ではない。
どちらかといえば解き放たれるような感覚だ。
まるで自分が空気に溶けていくような、そんな感覚になる。
おそらく、追い込み役が来た。
周りでざわめく気配がある。
そして、私に向かってひときわ大きな気配がやってきた。
(遅い!)
そう感じた。
スッとその気配に向かって自然に動く。
斬った。
気配が消える。
しばらくすると、いや、実際は一瞬だったのかもしれないが、ともかく視界が元に戻ると、目の前には少し大きな狼が頭から首元までを両断されて倒れていた。
刀を持った右手を突き上げる。
私の周りで、
「よっしゃぁ!」
とか
「行くぞ!」
という声が周りから聞こえ、私も、もう一度走り出した。
体が軽い。
何度か刀を振ったように思うが、気が付けば戦いは終わっていた。
拭いを掛け、刀を納めると思わず大の字になってその場に寝転ぶ。
疲れた。
しかし、心地いい疲れだ。
しばらくの間そうして空を見上げていると、
「大丈夫っすか?」
と『黒猫』のジミーに声を掛けられた。
「ああ、大丈夫だ。少し気が抜けてしまってな」
そう答えると、
「相変わらずっすねぇ」
と言って笑われた。
ジミーに手を貸してもらってなんとか上体を持ち上げる。
「誰か足の速いやつに村まで走ってもらえるか?私もあとから追いかける」
そう頼むと、ジミーは、
「うっす。おーい、こんなかで一番足が速ぇのはどいつだ?」
と呼びかけてくれた。
なにやら返事が聞こえて、
「村に一報入れてくれ」
とジミーが言って、
「おう!」
答える声がした。
「おい。とりあえず治療してやるよ」
と後ろから声が聞こえたので、振り返ると、リズがいつの間にか背嚢を持ってそこに立っていた。
「ああ。ありがとう。そっちは?」
と聞くと、
「ああ、おかげさんでサーラが尻もちついたくらいで済んだよ」
と笑顔で答えるリズの表情に安堵する。
私はまたジミーに顔を向けて、
「そっちも大丈夫だったか?」
と聞くと、
「はい。ちょいと深いのもいたっすけど、深刻なのはいねぇっす。そいつは今頃村に戻ってるんじゃないっすかね?」
とこちらも笑顔で答えてくれた。
きっと、けが人はリーファ先生が診ていてくれるだろう。
村のご婦人方も手伝ってくれているはずだ。
村は、屋敷は無事だっただろうか?
いや、きっと無事だな。
なぜかそう思うと、早くみんなの顔が見たくなった。
帰ろう。
トーミ村に。
私の家に。
自然と笑みがこぼれる。
春の涼風が心地いい。
「すまん、あとを任せていいか?」
とジミーに聞くと、
「うっす。問題ないっす!」
という答えが返ってきたので、私は大声で、
「帰ったら宴会だ!」
とみんなに呼びかけた。