第126話狼退治はみんなのお仕事07

翌朝まだ夜が明けきらない時間。

ドーラさんとシェリーの見送りを受けて今日は馭者を頼んだズン爺さんと一緒に外に出る。

すでに『青薔薇』の4人は来ていた。

「おはよう。眠れたか?」

と声を掛けると、

「はっ。ガキじゃあるまいし、そんな心配は無用さ」

とリズが呆れたように言い放つ。

「はっはっは。よし、とっとと行こうか」

と私が気楽にそう言うと、

「はーい」

と言う間延びした声でサーラが答えた。

装備を見ると、ところどころに金属プレートをあしらった鎧に大き目の盾と槍を背負っている。

エリーとリーエは革鎧に弓。

装備の整い方を見る限り、油断は無いようだ。

さっそくズン爺さんが操る荷馬車に乗り込むと森を目指して出発した。


馬車の上でサンドイッチを食う。

『青薔薇』の4人は行動食をつまむと言ったが遠慮するなと言って食わせてやった。

みんな一様に驚いていたが、中でもエリーとリーエの表情が輝いている。

どうやらこの子達もどちらかと言えば食いしん坊らしい。

簡単な行程を話し合いながら、そろそろ空が白み始めるかという頃、森の入り口に着いた。


「じゃぁ、あとは頼んだ」

「へぇ。お任せくだせぇ」

と簡単な挨拶をかわし、ズン爺さんに見送られながら森に入る。

序盤は、いつものように順調だ。

『青薔薇』の歩きを見ても不安はない。

北の辺境伯が拠点だと聞いていたが、東の公爵領にある森に行くことも多いらしく、森歩きは慣れているとのことだった。


途中、世間話程度に、

「なぁ、『青薔薇』って名前は、どういう由来なんだ?」

と、何となく聞いてみる。

すると、

「別に大した意味はありませんよ。私の好きなお花をそのまんまつけただけですから」

サーラが相変わらずのんびりした口調でそう答えた。

「まったく。あたしはもっとこう…かっこいいのが良いって言ったんだけどな。サーラに言わせるとあたしはネーミングセンスってやつがねぇらしい」

と言ってリズがぼやく。

「リズったら『トカゲ組』とか『豪剣団』なんて言ったんですよ」

とサーラがさもおかしそうに私に報告してくれたので、

「なるほど。『青薔薇』で正解だな」

と私が言うと、

「なっ!…」

と言ってリズが少しだけ不機嫌そうな顔をした。


「はっはっは。まぁ、そうむくれるな。…青薔薇が咲いてるってことは、サーラは東の方の出身か?」

私がやや話題を変えてサーラにそう聞くと、

「ええ。東の公爵領の真ん中よりちょっと南にある小さな村の出身ですね。森に近くてのどかな村ですよ」

と教えてくれる。

「ほう。気候はずいぶんと違うが、あの辺りはこの村よりも大きめの村がいくつかあったな。そんな感じか?」

と聞いてみると、

「そうですね。トーミ村をちょっと大きくした感じですよ」

と笑顔で答えてくれた。


その後も、世間話をしていると、どうやら、リズは北の辺境伯領の出身でエリーとリーエはその東隣の侯爵領の出身らしい。

他にもこれまでの冒険の話なんかを聞いた。

どうやら、エイク辺りなら4人で片付けられるというから、実力的には『黒猫』とそん色無いらしい。

そんな話をしながら森を進んでいると、昼の時間になった。


今日の昼はドーラさんが用意してくれた握り飯。

今回は忘れずにみそ汁を用意する。

あまり時間は取れないから、簡単なものになってしまうのが申し訳ないと『青薔薇』の4人に言うと、冒険中にみそ汁を作るなんて聞いたことが無いと言われた。

トーミ村では少しずつ冒険者の食事情が改善しつつあるが、他ではまだまだあのまずい行動食や冒険者飯が主流らしい。

嘆かわしいことだ。

そんなことを考えつつ握り飯を頬張る。

この世界に海苔が誕生したら、ドーラさんの握り飯はどれだけ美味くなるんだろうか?

先に巻いてしっとりさせる派か後から巻いてパリっとさせる派のどちらを選択するのだろうか?

と、そんなことを考えつつ、いつも通り美味い握り飯を堪能した。


「さて、すまんが急ごう。明日の昼には目的の草原についておきたい」

私がそう言うと、『青薔薇』の4人も立ち上がり、手早く準備を整えて再び森を進み始める。

途中小休止を入れつつ、なにか痕跡が無いか確認するが、まだこの浅い層に狼たちは来ていないようで、予定よりも少し先に開けた場所を見つけたので、今日はそこで野営をすることになった。


『青薔薇』に設営を頼むと、私はいつものように簡単な飯を作り始める。

今日は干し野菜とベーコン、ドライトマトを使ったショートパスタ。

簡単なものだが、やはり『青薔薇』の4人は驚いていた。

私が冒険中の飯の大切さを語ると、リズは面倒くさそうな顔をし、サーラは苦笑している。

しかし、意外にもエリーとリーエは真剣に聞いていてくれた。

やはり、この2人は食いしん坊らしい。

ギルドで簡単なレシピを公開しているから、参考にするといいと教えてやると、コクコクとうなずいてくれる。

こうしてこの村から冒険者の食が改善されていってくれればうれしいものだ、と思いながら食後のお茶を飲み、明日も早いと言ってその日は早めに休んだ。


翌朝。

目を覚ますと焚火の前でサーラがお茶を飲んでいる。

昨日、見張りはいらないと言ったが、やはり心配だから立てさせてくれと言うので、好きにしてもらっていた。

「おはよう」

と声を掛けると、

「おはようございます」

といつものようにおっとりとした声で挨拶を返してくれる。

「疲れはないか?」

と聞くと、

「慣れたものですよ」

と返された。

まぁ、中堅どころにもなれば、そうだろうなと思って苦笑いしながら私も適当にいつもの薬草茶を淹れる。

「村長さんはなんでずっとソロだったんですか?」

と聞かれたので、以前『黒猫』に説明したように、

薬草採取が専門だからパーティーを組む機会が無かったんだ。

と答えると、

「それでもソロで活動しようと思うなんて変わってると思いますよ」

と苦笑いされた。

「ああ、今では少し後悔しているよ。最近なんだ。誰かと一緒に冒険することの意義がわかったのは」

と答えると、

「そういう人もいるんですねぇ」

とまた苦笑される。

そんな会話をしながら飯を作り始めると、他の3人も起きてきた。


「急げば昼には着きそうだな」

そう言いながら、定番のドライトマトのスープを出す。

乾燥野菜とベーコンも入れた。

パンは堅焼きだが、鍛冶屋の奥さん特製のパンだから味はいい。

小麦の香ばしい香りが他のパンとは一線を画す逸品だ。


「簡単ですまんな。しかし、このパンは美味いぞ」

と言って、4人に出してやると、

「…すげぇな」

とリズがつぶやいた。

曰く、朝からこんなに豪華なスープを食うことはないとのこと。

私は、ますますこの世界の冒険者が不憫に思えてきた。


そんな朝食を手早く済ませると、空が白み始めるのを待ってさっそく出発する。

そして、予定通り昼少し前には目的の草地の入り口にたどり着いた。

目の前に広がる草地はサッカーコートほどの広さがある。

ヤツらが勝負を仕掛けてくるにはもってこいの広さだ。

こちらの人数、村への経路、自分たちに有利な地形。

統率個体にすれば、この状況は願ってもない好機に見えるだろう。

まずは邪魔な追っ手を一掃して、ゆっくりと村に向かう。

そんな行動を考えるはずだ。

もちろん、そんなことにはさせないが。

私たちは、とりあえず簡単に行動食を腹に入れ、まずは周りの状況を確認することにした。


周りを見渡してみると、いくつか獣の痕跡がある。

この辺りで開けた場所はここくらいだ。

もしかしたらヤツらもたまに利用しているのかもしれない。

いくつか、見通しの悪い場所の枝を払ったりし、足元の草を薙いだりしながら簡素な防衛陣地を作った。

ヤツらの進路がある程度限定できればと考えて木の枝なんかを組んだ簡単な柵も置く。

明日も少し手を入れればこちらの準備は整うだろう。

後は、追い込み役が上手くやってくれることを信じるだけだが、『黒猫』なら安心して任せられる。

村側からの追い込み役も数は十分だから、よほどのことが無い限り大丈夫なはずだ。

私は信じて待てばいい。

やはり仲間がいるというのは心強いものだ。

そんなことを思いながら、一通りの作業を終えると、草地の脇で野営の準備に取り掛かった。