第85話食えない豚03

私は唖然とする。

しかし、同時に躊躇している暇はないということも理解した。

「もしそうなら、緊急事態だな…」

そう呟くと、

「ああ、そうだね。急いだほうがいい」

と言って、リーファ先生もうなずく。

だが私は迷った。

(これは、1人で対処できるだろうか?)

きっとその迷いがリーファ先生にも伝わったんだろう。

リーファ先生は、

「今回は私も一緒に行くよ」

と言ってくれた。


「いや、しかし…」

と言って私は言い淀む。

そんな私に対して、リーファ先生は、まず、

「マリーのことなら心配ないよ。この前も言ったように、そろそろ体力回復の期間を置きたいと思っていたからね。それに、薬の在庫も十分だ」

と言って、まず私が、一番懸念していたことに答えてくれた。

(リーファ先生が言うのならきっとその通りだろう)

そう思ったが、私はまた迷う。

(…そんな危険なところにリーファ先生を連れていってもいいのだろうか?)

私がそんなことを思って逡巡していると、リーファ先生が、

「バン君、オークと戦ったことは?」

と聞いてきた。

私は、昔、偶然討伐隊がオークと戦っているところに遭遇してほんの少し手助けをしたことはあったが、きちんと戦ったことは無い。

だから、私は、

「いや…本格的には無い…」

と正直に答えると、リーファ先生は、

「私は2度ほどあるよ」

と言った。

「そうなのか?」

と私が驚いてそう聞くと、

「ああ、どっちもずいぶん昔のことだけどね」

と一言はさんで、

「その時の印象だけど、あいつらは剣だけじゃ手ごわい。なにせ、必ずと言っていいほど統率個体がいて戦略的に動いてくるし、やたらと硬いからね。…まぁ君のカタナなら大丈夫だろうけど、普通の剣ではかすり傷程度しか負わせられなかったよ」

と言って、オークと剣の相性を教えてくれた。

さらに続けて、

「だから、ヤツらに対するには、魔法と剣の両方で連携して手数で勝負するのが鉄則さ。魔法だと近接に持ち込まれれば対処できないし、剣も怪力でごり押しされれば危うくなる」

と言って、オーク戦の基本を教えてくれる。


そう言って私を見るリーファ先生の目は「どうだい?」と聞いているようだった。

私は冷静になってもう一度よく考える。

(経験という意味でリーファ先生は私なんかより一枚も二枚も上手だ。戦力としてもこれ以上はない。…なのに、なぜ、私は迷った?なにも迷う理由なんてない。むしろ心強いじゃないか)

私はそう思って、自分の迷いを打ち消すと、

「すまん。手伝ってくれ」

と言って、頭を下げた。


すると、リーファ先生は、

「…相変わらずだねぇ、君は」

と言って苦笑いし、

「そうやって、冷静に状況を判断して柔軟に決断できる素直さは君の美徳だがね…」

と言い、私を見つめて、

「もう、そんな間柄じゃないだろう?」

と言った。

私は、はっとして、

(そうだな。今回、リーファ先生は護衛対象じゃない。一緒に冒険をする仲間だ)

そう思い、

「そうだな…。すまんが、一緒に戦ってくれ」

と言った。

すると、リーファ先生はまた苦笑いしながら、

「まぁいいさ…」

と言い、笑顔で、

「よし、一緒に冒険しよう!」

と言ってくれた。


「そうと決まれば準備だね。出発はいつにする?」

とリーファ先生言うので、

「明後日にしよう。明日1日は準備だ」

と答えて出発を明後日に決めた。

「わかった」

とリーファ先生は短く言って立ち上がると、続けて、

「今回は馬で行くことにしよう。私はマリーにコハクを借りていいか聞きに…いや、説得に、かな?とりあえず、マリーの所にいってくるよ」

と言い、さっそく行動に移る。

私も、

「そうだな」

と言って、台所へ行き、ちょうど洗い物をしていたドーラさんに、

「また森へ行ってくることになった」

と告げた。


翌日はあわただしく過ぎていく。

朝から役場でアレックスに森に行くことを告げ、緊急事態だから何日かかるかわからないと言うと、

「ではこの書類に」

と言われて、いくつかの書類を渡された。

いつも通り、何も動じていない。

(…これは信用されているん…だよな?)

などと考えつつさっさと書類仕事を終わらせる。

「じゃぁあとは頼んだ」

と言って、役場を出ると昼にはまだ早かったが、急いでドーラさん特製のBLTサンドを詰め込んでギルドに向かった。


ギルドに着いて、受付にいたサナさんに、

「アイザックはいるか?」

と聞くと、すぐに案内してくれる。

「よう、バンどうした?」

とサンドイッチをぱくつきながらそう言うアイザックに、

「明日から森に行ってくる」

と伝えると、

「…そうか、すまんな」

と言って、アイザックはまた申し訳なさそうな顔をした。

「なに、昨日も言ったが気にするな」

と私はその謝罪を軽く受け流したが、すぐに少し真剣な顔で、

「今回はリーファ先生にも同行してもらう。私たちが帰るまで森の奥、特にウサギが増えたあたりから奥には入らないように周知しておいてくれ」

と頼んだ。

「…ああ、そいつぁかまわないが」

と言ったが、今一つ飲み込めていないアイザックに向かって、

「今回は、オークの可能性が出てきた」

と告げる。

「…!なにっ!?」

と驚くアイザックに、私は、

「まだわからんがな」

と答えつつ、

「心配するな。適当に斬ってくるさ」

とあえて軽口をたたいたが、アイザックは、

「いや、おい…。しかし…」

と言って言葉にならない。

私は、アイザックに向かって再び、

「心配いらん。まだ死ぬ気はない」

と言い、

「なに、いざとなったら逃げ帰ってくるさ」

と笑いながらそう言った。


「………」

アイザックは少しの間唖然としていたが、ひとつため息を吐くと、一言、

「さっさと帰って来いよ」

と言う。

(ドン爺そっくりだ)

私はそんなことを思って、微笑みながら、

「ああ、魔石の買い取り金を用意しておいてくれ」

とまた軽口をたたき、ギルマスの執務室を後にした。


その後、厩へ向かうと、コハクが、

「ひひん」

と鳴いて、

(エリスはまもるよ)

と頼もしいことを言ってくれた。

エリスも、

「ぶるる」

と鳴いて、どうやら不安はなさそうに見える。

「ああ、頼んだぞ」

と言って、2人をそれぞれ撫でてやると、

「ひひん」

「ぶるる」

と鳴いて、2人同時に頬ずりしてきた。

「はっはっは。よしよし。久しぶりの森だからって浮かれすぎるなよ」

と笑顔で言って、しばらくの間戯れた。


厩を出ると、そこにはズン爺さんがいて、

「村長、持って行ってくだせぇ」

と言って、スキットルを一つ渡してくれた。

「去年漬けたやつなんでちょうど味がなじんでおりやすよ。ブランデーを使いましたから、気付けにゃピッタリでさぁ」

と言って笑う。

ズン爺さんが漬けるアカメ酒は妙に美味い。

甘さと酸っぱさの塩梅が何とも言えず絶妙だ。

「ありがとう。いただくよ」

と言って、私も笑顔で受け取ると、ズン爺さんは、

「あ、ドーラさんにはナイショでお願げぇしますよ?なんせ、このあいだ、お菓子に使いてぇからくれって言われたんですが、もうねぇって言って嘘ついちまいましたからねぇ」

と言うので、私は、

「はっはっは。そりゃぁ大変だ。よし、それは男同士の秘密にしよう」

と言い、2人して笑いながら屋敷に戻って行った。


私たちが食堂に入ると、食卓にはすでに夕食が並んでいる。

その日の夜はオムライスと一口カツ。

オムライスはリーファ先生の好物で、カツは私の好物だ。

きっとドーラさんなりの応援なんだろう。

「しばらく、こういうのは召し上がれないと思って…」

と言ってくれるドーラさんの気遣いが嬉しい。

ペットの2人も、

「きゃん!」(はやくかえってきてね!)

「にぃ!」(おにくまってる!)

と言って、応援してくれる。

…ルビーもきっと応援してくれているんだろう。

ズン爺さんはそんな様子を微笑ましそうに目を細めながら眺め、

「なんだか、ルビーのやつの声は呑気に聞こえますなぁ」

と言って笑った。


(私はいつもこんなに温かい飯を食っていたのか。道理で美味いはずだ。)

そう思うと、さっさと片づけて戻って来なければ、という思いが改めて湧いてくる。

リーファ先生も、きっと似たようなことを思っているのだろう。

いつもより味わってオムライスを頬張り、微笑んでいた。

私が、

「みんなありがとう。なるべく早く済ませてくる」

そう言って微笑むと、

「へい。お待ちしておりますとも」

とズン爺さんが言い、

「はい。マリー様のことはお任せくださいね」

とドーラさんが言ってくれる。

「きゃん!」(ルビーはまかせて!)

「にぃ!」(ひとりでへいき!)

と2人がいつものように言うと、みんなして笑い、その日の夕食は和やかに進んだ。

この平穏を守る。

そして、村中にある同じような平穏を守り通す。

そう思い、改めて腹を括った。