第84話食えない豚02

屋敷に戻り、「ただいま」と言って食堂へ入ると、ちょうどリーファ先生も食堂へ入って来た。

「やぁバン君。あ、ドーラさん、今日の昼はなんだい?」

といつもの明るい調子で献立を聞く。

「うふふ。今日は生姜焼きですよ。このまえ、コッツさんが豚を持ってきてくださったそうですから。あと昨日炭焼きさんたちがシッカを届けてくださいましたから、デザートにお出ししますね」

と言って、ドーラさんは楽しそうに台所へ戻っていった。


「いいね。生姜焼き。魔獣肉も良いが、育てた豚ってのは味に品があって、くど過ぎない」

そう言って、待ちきれない様子でウズウズしているリーファ先生に、

「なぁ、あとでちょっと相談に乗って欲しいんだが、かまわんか?」

と聞いてみた。

「相談?めずらしいねぇ…恋の病にでもかかったんなら専門外だぞ?」

と言ってリーファ先生は茶化す。

私はため息を吐きながら、

「一応、真剣な話だ。どうも森に異変があるらしい」

と言って真剣な顔を向けた。


「…そいつはおだやかじゃないね」

といって、リーファ先生も真剣な表情になる。

「ああ、ちょっときな臭い感じがあるんだが…」

と言っていると、ドーラさんがカートを押して食堂に入ってきた。

後ろからはズン爺さんとペットの2人が続く。

「とりあえず飯を食ってからだな」

「ああ、そうだね」

と2人そろって苦笑すると、まずは目の前の飯に集中した。


やがて、デザートのシッカを食いながらいつものようにお茶の時間になると、

「で、森の異変だったね」

とリーファ先生が話を振ってくれた。

「ああ。どうも気になる状況だが、原因がわからなくてな。ちょっと相談させてくれ」

と言って私は先ほどギルドで話し合ったことをリーファ先生にかいつまんで話す。

しばらく考え込んでリーファ先生は、

「鹿とキツネか…。確かにサルバンあたりはキツネを狩るし、豹型でも比較的大きなヌスリーと虎型のジャールが鹿を狩るのはよくあることだが…」

と言ってさらに考え込む。

「しかし、狼が食いっぱぐれるほど大量に狩るかというと違う。アイツらは大量発生するタイプの魔獣じゃないからね。狼も、仮にエサが減って食いっぱぐれたんなら、もう少し森の浅い所で目撃が増えるはずだ。街道にちょっと出て来るぐらいじゃ済まないだろうさ」

と言うとそこでいったんお茶に手を伸ばした。


私もシッカをつまむ。

シャクシャクとした歯触りが心地いい。

相変わらず気分は重いが、それでも少しは癒されたような気がした。


一口茶を飲むと、リーファ先生は、

「まずは可能性を一つずつ探って行こう」

と言った。

私も、

「そうだな、いったん整理しよう」

と言って、一度ゼロから考えなおすことにする。

リーファ先生はひとつうなずいてから、

「可能性の低い順に検討してみよう」

と言い、

「まず、一番低いのが魔獣の同時多発的発生だ」

と言った。

「鹿もキツネも狼も減っていて、仮に果物まで減っているとすれば、猿、ゴブリンの集団、ヌスリーやサルバンの豹型に虎型のジャール、それからエイクの特殊個体あたりも出てきている可能性があるが…」

と言ったが、すぐに、

「まぁそれは無いね」

と言って否定した。

「そんなことになっていたら今頃大騒ぎになっているだろう」

と言って、そこでひとつ区切りをつけるようの薬草茶を飲む。

私も、ため息を吐きつつ一口すすると、

「たしかに、何が出たにしろ、大量発生と言うのは可能性が低いな…」

とつぶやいた。

「ああ、そうだね。次は、大量発生以外の組み合わせを考えてみようじゃないか」

と言ってリーファ先生は続ける。

「鹿が減っているならそれを狩るのはジャール、ヌスリー、ゴル、ヒーヨ、そして狼とゴブリンだ。キツネの場合は、ヌスリー、サルバン、ヒーヨ、狼ってところか」

私が「そうだな」という意味でひとつうなずいたのを見て、リーファ先生も「うん」うなずくと、

「狼を狩るのは、エイク、ジャール、ゴル、あとはたまにヒーヨだが、ヒーヨはどちらかと言うとキツネや鹿が多いから除外していいかな」

と言い、

「そうなると、さっきバン君が言ったように、ジャールとヌスリーなんかが出たってことになるね。付け加えるとすれば、エイクも出て、そいつらに追い立てられた獲物をゴルかヒーヨ襲ったって結論になってしまうだろう」

と言った。

「ああ、しかし…」

私は、

(確かに、ゴルとヒーヨの可能性は見逃していたが、それでは…)

と思い、ツッコミを入れようとすると、

「ああ、先ほどの大量発生と変わらないね」

と言ってリーファ先生は苦笑いをした。


「…堂々巡りだな」

私がそう言うと、

「ああ…」

と言って、リーファ先生は、また茶をすすり、「ふぅ…」と息を吐くと、

「森には元々エイクも、ヌスリーやサルバンもいる。ヒーヨやゴルだってそうだ。そいつらが多少増えた所で、ウサギがこれほど増えるとは思えない、となると…」

と言って一つ間を置き、

「バン君」

と言って私に視線を向け、

「いきなり数を増やす魔獣と言ったら真っ先に何を思い出す?」

と、まるで先生が生徒に答えを求めるような口調で聞いてきた。

「………」

私は一瞬答えに詰まったが、

「いや、さっきゴブリンの可能性は否定したはずだ」

と少し混乱する頭をなんとか働かせてそう答える。

すると、リーファ先生は、

「人型はなにもゴブリンだけじゃないさ」

と言った。


「どういうことだ?」

私が、やや驚愕しながらそう聞くと、

「オークの可能性は考えたかい?」

と質問で返された。

「い、いや…」

と私は混乱しながらそう答える。

「うん。じゃぁまずオークが出たと仮定して考えてみよう」

と言って、リーファ先生はまた一口茶を飲むと、

「森の奥でオークが発生したとなると、当然、ゴブリンが追い立てられる。追い立てられたゴブリンは結構な集団になるはずだ」

と言って私に同意を求めるような視線を送った。

「…あ、ああ」

私が絞り出すようにそう答えると、

「うん、そうするとオークは森の奥で鹿や狼を襲うし、そこから少し浅い所ではゴブリンがキツネや逃げてきた鹿を襲うことになる」

「…あ、ああ」

私はまた、そう答えるのが精一杯だった。

「そうすると、狼もオークの縄張りから逃げ出して、ゴブリンと同様に鹿やキツネを狩るわけだけど、狼とゴブリンの最大の違いは…」

とリーファ先生が言ったところで気が付いた。

「あいつらは食えない」

私がそう言うと、

「…ははは。なんとも君らしい表現だね」

といって軽く笑い、

「ああ、そうさ。きっとゴブリンは不味いんだろうね。どの獣系の魔獣も餌にしない。だからエイクなんかの獣系魔獣に狙われるのは狼やキツネになる…。そう考えると段々辻褄があってこないかい?」

そう言って、リーファ先生は喉を潤すように少しだけ茶をすすった。

私は自分の頭の中でその情報を整理する。

(オークが森の奥で発生すれば、確かに森の中層に動物は逃げるだろう。そこから先の説明もわかる…。捕食者が減ればウサギも増えるわけだ…)

私がそんな風に考えを巡らせていると、リーファ先生が、

「鹿は草原地帯に出てきたところで、ヒーヨかゴル辺りに食われたんだろうね。でもあいつらはウサギには見向きもしない。餌としては小さすぎるし、やたらとすばしっこいから狩れないんだ。そして狼やキツネが数を減らしているとなれば、ウサギを狩るのはアウルの仲間とサルバンくらいになるけど…」

と言い、最後に、

「ウサギは多産だからね。その2種類だけじゃ食いきれなかったんだろうよ」

と言って、結論を導き出した。