陸の雄叫びが近づいてくる。
ヤツはガシャガシャと乱暴にフェンスを昇り、てっぺんに立つと、無様に地面に転がっている僕をひと睨みした。
「殺す!!」
叫ぶと同時に、陸はフェンスの上端を蹴り、闇夜に舞った。
僕はすぐさま受け身を取って、その勢いで立ち上がった。
僕のいた場所に、人狼のキックがめり込む。
陸が体勢を崩した。
僕は、ヤツめがけて剣の峰を思い切り撃ち込んだ。
「でやあああッ!」
「ハッ!」
だが、陸は足の裏でそれを受けやがった。
なんて運動神経なんだ!
「本気で来いよ!! 俺は貴様を殺す気マンマンなんだぞ!!」
陸が吠える。
手加減なんかしてない。してられるわけがない。
骨の二、三本は折る気じゃないと、僕は負ける。ウエイト差のない相手との格闘戦では、スピードと手数の多いやつには勝てない。
この場合、人狼はトップクラスに強い。
煽っておいてなんだけど、僕は少々、自分の力を見誤っていたかもしれない。
正直、ちょっと焦っている。
――でも今は、武神器がある――
「遊んでるのは、そっちだろ!」
虚勢でも構わない。気力で負けたら終わりだ。
僕は、双剣を構えた。
「ガアアアアアアッ!」
人狼の咆哮が、圧を伴って僕にぶつかってくる。
思わず、双剣でガードしてしまう。
気圧される! そう思った瞬間、僕の体が数メートル後ろのフェンスまで吹き飛んだ。
「ぐあッ」
己で視界を遮ったんだ。自業自得。
そのスキをついて、陸は僕に蹴りを食らわした。
(ヤバい、突っ込んでくる!)
僕は急いで起き上がり、脇に向かってダイブした。
受け身を取った直後、けたたましい音とともにフェンスが悲鳴を上げた。
背後を見上げると、高さ三メートルはあるフェンスが、真っ二つに引き裂かれていた。
――人狼の鋭い爪だ。あれを喰らったら、タダじゃ済まない。
僕は陸の殺意に戦慄した。
嬲り者にされたことはあっても、本気で殺されそうになったことなんてなかったんだ。
だが、こいつを倒さなければ伊緒里ちゃんの平穏は訪れない――――!!
「どうした、よそ者。逃げるしか脳がないのか? 達者なのは口だけか?」
陸が余裕たっぷりに言った。
――クソッタレ。
「逃げる気はないよ。逃げる気は。だが――殺される気もないッ!」
僕は双剣を頭上に振り上げ、陸に飛びかかった。
だがヤツは上体をすっと引いて避けてしまう。右、左と振りかぶるが、それも長い爪で受け流されてしまった。
(こんなハズじゃ……僕はもっと――)
「警戒して損したぜ。イクサガミがこんなヘタレだったとはな。お前の兄貴とはえらい違いだな」
殺意は若干薄れ、その代わりに僕をナメ切っている。はっきり言ってイラついてしょうがない。
「兄貴は関係ねえだろ!」
今度は陸が爪を打ち下ろしてきた。
二度、三度、剣で受ける。ヤツの斬撃は、軽く振り下ろしているように見えるのにひどく重い。
だが、こっちだって武神の家系だ。やられるワケにはいかない!
広い場所ならなんとかなる、そう思って基地の敷地内に誘い込んだのに、この劣勢は一体何なんだ!
コソコソしたヤツだからと若干油断もしていた。
だけど、人狼のポテンシャルは僕の想像以上で、いや、自分のスペックを過大評価してたからこそのピンチなわけで。
さっきから、陸がくそ重たいウルフクローをブンブンと振り降ろしてくる。
その度に僕はじりじりと後退させられる。
僕の何が陸の嗜虐心を煽っているのかわからないが、ときどきフェイントまで入れてくる。
かと思ったら、思いっきり腹にパンチを入れてもくる。
これじゃあオモチャだ。
「どうした! よそ者ォッ! 遊んでくれるんじゃなかったのかよ!」
防戦一方になりながら、僕はヤツの動きを観察した。
――勝機を探して。
それは、すぐに来た。
「クッソおおおッ!」
僕は、陸が腕を振り上げた瞬間を狙って、ヤツの腹を思いっきり蹴り飛ばした。
「ギャッ!!」
僕の蹴りがめり込むと、陸の体は軽々と数メートルほど吹っ飛んで割れたコンクリートの上をゴロゴロと転がっていった。
(チャンスだ!)
僕は助走をつけ、一気にスピードを上げた。
ヤツの手前でダイブ、体を思いっきり反らし、双剣を腹めがけて打ち下ろした。
「くらえッ!」渾身の一撃×二!!
――が、陸は膝を上げ、向こうずねで僕の攻撃を二本とも受けた。
「ッギャアッ」
陸は叫び声を上げ、その場でのたうち回り始めた。
腹への攻撃をかわすつもりが、余計にダメージがでかかったようだ。
すねなんか、棒で叩かれたら本気で痛いに決まってる。
「バカめ。油断してるからだ」
「陸、もう伊緒里ちゃんにちょっかい出すな」
僕は、足を抱えてゴロゴロ転がっている陸を見下ろして言った。
「ふざけんなっ、死ね! 死ね!」
口だけは一人前だ。
「…………」
僕は閉口した。一体こいつはどうしたいのか。
僕はこいつをどうすりゃいいのか。
陸はうずくまりながら、グルルル……と唸っている。
多少は痛みが引いたのだろう。
「あのさ……」
呆れた僕が陸のそばに近寄ったその時――
『ガアアアアアアアアアアッ!!』
陸はまだ戦意を失ってなんかいなかった! ヤツは一瞬で僕の足に喰らいついたんだ!
「うあああああッ」
足首が千切れるように痛い。
ヤツの牙が深く深く突き刺さっていく、おぞましい感触が激痛と共に僕を襲う。
振り払おうとすると、今度はヤツの爪が僕の太股に突き立てられる。
僕は歯を食いしばって、陸の頭を思い切り蹴り飛ばした。
『ギャンッ!!』
陸は短く悲鳴を上げて吹っ飛んだ。
僕も、陸の爪や牙に皮膚を引き裂かれ、その場に倒れた。
だけど、いつまでも転がってるわけにはいかない。
ヤツを行動不能にしなければ。