僕と陸は、ほぼ同時に立ち上がった。
もうなんで戦ってるのか、よくわかんなくなっていた。
とにかく、目の前のコイツはブチのめさなければならない。
ただそれだけで、立ってる状態だった。
――伊緒里ちゃんのことは、頭からどっかいってた。
「うおおおおおおッ」
『ガアアアア――ッ』
互いに突進し、ぶつかった。
爪と刃、そして、爪と刃。
向かい合い、がっつり掴み合う格好だ。
力が均衡しているのか、押しても引いても、ウンともスンとも動かない。
唸りながら、にらみ合う。そして――
「こんッのおおッ!!」
僕は、陸の長い鼻先に、思いっきり頭突きをかましてやった。
――ガスッ!
「んぎゃッ!」
陸は悲鳴を上げて、己の鼻を押さえた。
ヤツがよろけたスキに、ガラ空きになった腹へ渾身の突きを撃ち込んだ。
(チッ、固い)
だが陸はとっさに腹に力を入れ、僕の拳を受け止めた。
「させるか、よそ者ッ」
ヤツが低く呟くと同時に、僕の体が宙に浮いた。
陸に足払いをかけられた僕は、受け身も取れず、背中から地面に叩きつけられた。
目の前に、ヤツの踵が振り降ろされる。
――――ヤバイッ、
僕はごろりと横に一回転した。
直後、耳の側で風が舞い、後からずしりと振動が伝わる。
陸からさっきの余裕は失せ、殺気が戻ってきた。
ナメていては倒せない相手だと悟ったのだろう。
それは僕も同じだ。
軽く痛めつけて、伊緒里ちゃんから手を引かせようなんて、ヌルいことを考えていたんだから。
幾度か殴り合い、蹴り合った末、気付けば互いの服はボロボロになっていた。
「ぐはッ」
汗が目に入って視界を失ったスキに、陸が僕の横腹を蹴り飛ばした。
肋骨は? 折れたと思うほど、かなり痛い。
僕は横向きにゴロゴロ転がり、そのままの勢いで起き上がった。
「いたたた……」
「起きるなよ! よそ者!」
ったく冗談じゃない。
そのまま寝ていたらヤツがマウントを取って、ボッコボコにされてしまう。
だが、やられぱなしの僕じゃない。
「やーだね!」
転がって距離を取った僕は、すこしスキのある構えで陸を誘った。
「ッざけんなああああああッ!!」
頭に血が昇ったワンコロは、案の定真っ直ぐ突っ込んできた。
(こい! そのままこい!)
あと少しで陸の爪が届く、その瞬間――
僕は
そして、遠心力を利用し、強い横回転をつけて双剣二本を陸の背中に叩きつけた。
「でやああッ!」
みしり、と手に感触が伝わった。
ギャンッ、という陸の甲高い悲鳴が夜中の空き地に響く。
その場で地面に叩きつけられる人狼。
僕は俯せに倒れた陸の背中でマウントポジション。
そして、双剣・危機と羅良で、何度もヤツの背中を打ち据えた。
「こいつめっ、人騒がせなっ」
「ぎゃあッ、や、やめッ」
「さっきの石すげー痛かったんだぞっ、このこのこのっ、」
僕は無慈悲に、かつ太鼓ゲーのように、バンバン叩いた。
峰打ちでなければ、今ごろコイツは挽肉になっている。
陸は悲鳴を上げながら、足をバタバタさせてムダな抵抗をしている。
「ひっ、痛い、イテテテテテテ、痛いやめろコラ乗っかるな! 痛い痛い、姉ちゃん! 姉ちゃん助けて! 伊緒里――ッ!」
ワンコ頭の陸は、情けない声でお姉ちゃんに救助を求めている。
(コイツ、人に攻撃はするくせに、自分は異様に打たれ弱いんじゃんか)
それでも僕は手を緩めず、ボコボコ叩き続けた。
背中、頭、たまに腕とか。
手の甲は結構痛いらしく、うひぃとか悲鳴を上げている。
「ふざけんな、このくらいでヒーヒー言いやがって、伊緒里ちゃんの分も、弟くん二人の分も、まとめてフルボッコだ!」
「お、お前の分は、ない、のか、よそ、もの!」
切れ切れに言う陸。
(よそ者……)
陸くんの頭の中では、僕はイクサガミでも海軍少尉でもなく、本土から来た異邦人ということらしい。間違ってないけども。
僕は一旦手を止めた。
「それはな、陸くん……。僕の痛みは、君への償いだから、入ってないんだ」
僕だって、悪いとは思ってるんだ。
これで罪悪感のないヤツなら、ちょっとどうかしている。
陸も何かを感じたのか、大人しくなった。
いつのまにか狼頭も、普通の男の子に戻っている。
「よそもの……」
「これ以上手を出すなら、そこからは勘定させてもらう。それからな、僕はよそものじゃない。お前の兄ちゃんになる男、南方威だ、覚えとけ!」
僕はポカリと陸の頭を叩いた。
将来の弟の教育的指導を行っていると、目の前がすごくまぶしくなり、数台の車が現れた。
中野さんをはじめとした警備のみなさんだった。
「南方少尉なにやってるんですかこんな夜中にケンカなんてー」
相変わらず呑気な、彼女いない歴=年齢の中野さんだ。
「痴情のもつれです。お気になさらず」
僕はそう言うと、武神器をこそっと腰に戻し陸に手を差し伸べて引き起こした。
不服そうな陸は、大人がいっぱいいるので静かにしている。
「痴情のもつれは結構だけど、フェンス壊したり、アスファルト剥がしたりしないでね」
「「はーい」」
「じゃーもう遅いから、解散解散。二人とも別々に車に乗って下さい。家まで送るから」
というわけで、僕は中野さんの車、そして陸は他のに乗り込んだ。
いざ発進、と思ったその時。
「いってええええ――――ッ!」
「うわっ、つつつ……なんだこれ」
どうしたもこうしたもない。
どさくさ紛れに陸のヤツが、車の座席にあったジュースの缶を思いっきり僕に投げつけたんだ。
油断してた僕にクリーンヒットした缶は、跳ねて中野さんの顔にも命中した。
「こらー!」
「ってえなこのワンコロ!」
中野さんと僕は同時に罵声を浴びせたが、ヤツの乗った車は発進して、もう遠くに行ってしまった。
クソッタレめ。