それから、古の森の砦に来たもう一つの目的である能力の練習をするために私達は朝食を食べたあと、砦の外にまで出ていた。
少しでも力をコントロールして、能力の使用時、最小限の放出量で済むようになるように頑張らないといけないだろう。
【……まだまだ、実践で使うにはあまりにも反動も大きすぎる】
この間、お兄さまを助けるために咄嗟に能力を使ってしまったけど、あの時も暫く動けなかったりで、反動としてかなり大きい影響が出てしまったことは間違いない。
それでも、能力を何度か使用しているからか、使った時に、直ぐに倒れてしまったりするようなことは無かったということを考えると本当に徐々にかもしれないけど……。
能力のコントロールが少しずつでも出来ている証拠なのだとは思う。
ただ、この間は大声を出すことで、お兄さまが刺されてしまう状況を何とか回避することが出来たけど、あれは運が良かっただけでもあるんだよね。
【もしもあの時既に、檻の扉が開いていたなら、そもそも私が声を出すだけでは間に合わなかっただろう……】
その辺りのことも考えて、実践として使うにはまだまだあまりにも大きな制約があるのだということは間違いない。
戻りたい箇所に戻ることが出来て、自分の反動を上手くコントロールすることが出来なければ、本当に私の身の回りにいる大切な人を守りたいときにも結局、守れないで終わってしまう可能性もある。
だからこそ、もっと自分の能力について根本的に知っておかなきゃいけないと強く思う。
この間、能力を使ったからこそ浮き彫りになってきた問題点を考えながら、ふと、私は前回のことを思い出した。
「ねぇ、アル。
……この間、時間を巻き戻す能力を使った時、何処の地点に戻れるか感覚で分かったんだけど、これって、少しでも能力が私の身体に馴染んでいる証拠なのかな?」
そういえば、スラムで能力を使った時、何処の地点に戻れるか感覚で分かったんだよね。
あの時はあまり深く考える時間もなかったけど、アルに対して率直にあの時のことを問いかければ……。
私の言葉を聞いて、アルが少しだけ考え込むような素振りを見せたあとで。
「恐らくそうであろうな。
……何度か能力を使ったことにより段階的にちょっとずつではあるが馴染んできているのであろう」
と声にだしてくれる。
――私が今まで能力を使った回数は計4回。
【一度目の使用は、6年間の時間の巻き戻しで、10歳に戻ったとき】
あの時は丁度、お母様と出かけた先で馬車が事故に遭い、その時に襲撃されて拉致された事件の直後だったから……。
ローラに聞いたら、あまりのショックだったのか帝国の騎士に救出されたあと倒れて、暫く起きることもなく何日間も眠り続けていたから、もの凄く心配したって言われたんだよね。
ローラもロイもあの時のことを私に対して、深く聞いてこようとしないのは……。
あの事件のときに私が深く傷ついたのだと思っているからだろうけど。
【暫く目が覚めることがなかったのだとしたら、心配もされてしまう、よね】
ただ、巻き戻し前の軸の、あの事件のことを私は明確に覚えていて、帝国の騎士に救出されて倒れた所までは同じだけど、その翌日には目が覚めた記憶がある。
前回起きた時には確かに、精神的にちょっと不安定になってしまっていたのはその通りなんだけど……。
それも今思うと、私があまりにも未熟だったからだろう。
6年後の未来ではギゼルお兄さまに刺されたことで熱をもったお腹と……、手足から急激に冷たくなっていく身体に。
【……嗚呼、私、死ぬんだな】
っていう実感があって。
あの日、どちらかというなら今まで自分がしてきたことの後悔の方が大きかったのもあるし、お兄さまに刺された時、恐いという気持ちは欠片もなかった。
今までにも、死ななかっただけで何度か死にかけたことはあったし。
お兄さまに刺された時が初めて死を意識するようなことになった訳でもない。
それに、もしかしたらこれで
まさか過去に戻るなんて思ってもみなかったから、もしも、やり直せるのならなんてことも思うことすらなかったし……。
起きたばかりの時は、前回の時とは真逆で自分の現状が直ぐに把握出来ていなくて混乱していたから、精神的に不安定になる余裕もなかったというか……。
一度経験していることだから、随分落ち着いて対処も出来るようになれた自覚がある。
ただ、そこに明確に巻き戻し前の軸と今回の軸とでのタイムラグが生まれていることには気付いていた。
巻き戻し前の軸で、拉致事件のあと倒れて翌日には目が覚めた私と。
今回の軸での、数日間、目が覚めなかった私と……。
今考えれば、それは能力を使用した時の反動があまりにも大きかったからという気がする。
【どうして、6年という中途半端な時間を巻き戻したのかも自分では理解出来ないけれど】
お母様が死ぬ前に、戻れなかったのは……。
あの日、私に向かって倒れてくるお母様の……。
その白かった手が赤に塗れていく光景と、自分に向かって伸ばされたその指先。
そして、まるで纏わり付いてくる呪いのような言葉が鮮明に思い出されて、思わず今ここにいる訳でもないのに、逃げたいような衝動に駆られて、目を背けたくなってしまう。
「……姫さん?」
唐突にセオドアに呼びかけられてハッとした。
気付いたら、ローラもアルもセオドアも私のことを心配そうに見ていて。
今はそんな物に囚われている場合じゃ無いと、私は頭の中を切り替える。
「……あ、ごめんねっ、ちょっと考え事をしてて」
「顔色が悪い気がするんだが、大丈夫か?
やっぱり、今日は練習しなくても、また今度砦に来たときでもいいんじゃねぇか?」
「ううん、大丈夫だよ。
……早く自分で能力をコントロール出来るようになりたいし、砦に来る頻度もそんなに多くは持てないかもしれないから」
「……うむ。まぁ、お前がそう言うのなら僕は止めないが」
「うん、アル、ありがとう」
取り繕って笑うとみんな、私の表情の変化に聡くて直ぐに気付かれてバレてしまうから、私は頭の中で考えていたことをさっぱりと捨てて、目の前にいるみんなへと意識を戻したあとで、にこりと笑顔を向けた。
最近自分で編み出した方法なんだけど、アルやセオドアやローラのことを考えると、本当に心から自然に笑顔が出てきてくれるので、これ以上、みんなに心配をかけたくないときにはかなりの頻度で活用している。
【今は、目の前のことに集中しなきゃ】
「能力を使う時、何かコツみたいな物があればいいんだけど。
アルは魔法を使う時はどうやってコントロールしてる?」
普通に能力を発動させるのと意識してコントロール出来るようになるのとじゃ、少し意味合いが変わってくるだろう。
そういうのが、自分でも明確に分かれば良いんだけど、と思いながら声を出せば。
「ううむ、そうだな。
こう、意識を集中させて、体内の熱やエネルギーをドーンと上げて、欲しい分だけの魔力をパッと掴み取って、シュバッと放出する感じだ」
「おい、アルフレッド。
……肝心な所が大雑把すぎやしねぇか?
もうちょっと分かりやすく説明出来ねぇのかよ?
それじゃ全然理解出来ないだろう」
「むぅっ、そうは言ってもな。
……僕は既に感覚で魔力を使っているし。
そもそも意識を集中させることすら今はしなくても問題なく魔法を扱えるから……。
これでも初心者に分かりやすく説明したつもりなんだが。
そもそも、魔法や能力というのは扱う者のセンスの部分でかなり大きく左右されるものだからな」
「扱う者のセンスですか……?」
「うむ。
自分の中にある魔力と友達になると言った方がいいかもしれぬな。
こればっかりは感覚でしか掴めぬものだから、明確に説明しろと言われても難しいのだが」
アルの言葉を聞きながら、
“友達”というとスラムでギゼルお兄さまに友達認定された時のことが頭の中に浮かんできた。
あの時は、ウィリアムお兄さまと比べられていたギゼルお兄さまの気持ちが私にも痛い程理解出来たから……。
話の流れでそのことを伝えたら、凄く喜んで貰えた、ような気がする。
魔力と友達になるっていうことは、私の能力のことをもっと理解することから始めればいいのかも……。
勿論、感情のある人と、形のない能力だと全く違うというのは分かっているけど……。
今はそれしか手がかりがないし、頭の中で考えるよりもやれることは全部試してみた方がいいだろう。
「……みんな、ありがとう。
とりあえず、前に砦で能力を使った時みたいに、意識を集中させて身体の中にある波動みたいなものを感じ取るところからやってみようかな」
「あぁ、そうだな。それがいいと思うぞ」
今後の方針が決まったので、みんなにこれから能力を使うことを伝えたあと、目を閉じて、意識を集中させる……。
前回、アルがブレスレットを重ね合わせて私の中に入ってきてくれたように、魔力の流れもエネルギーも明確に今、感じとることが出来る。
ここまでは、スラムで能力を使用した時もそうだったけど、意識するだけでちゃんと出来るようになっていて安心する。
私は、そこから直ぐに能力を使うように移行せず……。
さっきのアルの言葉を頭の中に思い浮かべた。
【こう、意識を集中させて、体内の熱やエネルギーをドーンと上げて、欲しい分だけの魔力をパッと掴み取って、シュバッと放出する感じだ】
意識を集中させて、体内の熱やエネルギーをドーンと上げる。
心の中で、何度かその言葉を反復させて。
自分の感覚を頼りに身体を巡っていくエネルギーに更に意識を集中させる。
「……っ、ぅっ……」
額からじわりと汗が浮かび上がるのも気にならないくらい更に深く魔力を探っていくと。
魔力の流れや、エネルギーの中心みたいな
そこに更に意識を向けると、お腹の中からじわじわとその部分からエネルギーが放たれて熱を持っているのを感じ取ることが出来た。
そこまでは凄く良い調子で進んでいたんだけど、そのあとの、欲しい分だけの魔力の掴み方が分からなくて私は早速、困ってしまった。
【どうしよう、ここまでは凄く上手くいってたのにな……】
今はどこに戻りたいとか明確に時間を決めてはいないから、例えば5分前とか。
ちょっとだけ時間を巻き戻せればいいんだけど……。
そう思いながら、さっきアルが言っていた魔力と友達になる、ということが不意に頭の中に浮かんでくる。
――もしかしたら、呼びかければ此方の願いに応えてくれるかもしれない
【物は試しだ、やってみよう……】
ちょっとだけ、分散してしまった意識を再び集中させて。
私は、5分前に戻りたいということと、それに見合う分だけの魔力が欲しいということを頭の中で明確にイメージさせて、誰かに物を頼む時のようにお願いする。
【戻るのは、5分前に……。
魔力もそれに見合う分だけ欲しいです】
願掛けのようにそう願えば、欲しい魔力分だけ貰えるようなそんな感覚がして。
自分でも……。
【あ、今ならいけるかもしれない】
ということが不思議と手に取るように理解出来た。
そこで、改めて……。
【巻き戻れ】
といつものように強く念じてみる。
瞬間、いつものようにすぅ、っと周囲が刻を止めるのが自分でも感覚で分かって。
「……っ、ふ、ぅっ……」
そうして、スラムで能力を使った時と同じくどこに戻れるかの終着地点が私の頭の中にイメージとして流れ込んできたあとで……。
前回とは違い、それが自分が意識した
恐らくそこまでの誤差がないだろうということも感覚で理解できた。
――意識を集中させて、目を開ければ。
セオドアが私の顔を見て、驚いた顔を一瞬浮かべたあとで直ぐに切羽詰まったような表情になり……。
なぜか、巻き戻し前とは違い、能力の使用でふらっとちょっとだけよろけた私を支えるように抱き留めてくれる。
「っ、セオドア……ありがとう」
「いや、これくらいはお安い御用だっ……。
それで? 姫さん、身体は?」
「……アリス様、大丈夫ですかっ!? 顔色がほんの少し悪いし、今よろけるくらい調子が悪いのなら、今日は能力を使うのは止めた方がいいんじゃないでしょうかっ……」
そうして、巻き戻し前とは違い。
私に声をかけてきたのは、セオドアではなくローラだった。
“どこに戻れるか”の終着地点は私には分かっていたから。
本来なら、お母様のことを考えていた私に向かってセオドアが……。
【……姫さん?】
って、声をかけてくる筈だったのに……。
それに、セオドアの対応も、私がふらっとよろけたのを咄嗟に受け止めてくれたというよりは……。
まるで、よろけることが分かっているような感じで。
それに、今、身体は……? って、聞かれた、よね?
前にスラムで能力を使った時もセオドアは私が能力を使ったことが分かってるみたいだったし。
あの時なんでバレてしまったのだろうと思っていたけど……。
もしかして……、もしかしなくても……。
「セオドア、私が能力を使ったの、分かるの……?」
私の問いかけに、その場にいた人間で、ローラだけが不思議そうな表情を浮かべていて。
アルとセオドアは驚いた様子もなく、私の言葉にこくりと頷いてくれる。
「あぁ、そう言えば伝えてなかったよな。
……姫さんが能力を使用した時は赤を持つ者同士なら共鳴して分かることもあるらしい」
「うむ、セオドアはお前が能力を使ったことは理解しているぞ。
勿論、僕も体感的にお前が能力を使用したら分かるがな」
「……そ、そうだったんだ。
……それで直ぐに支えてくれたんだね、ありがとう」
私がセオドアにお礼を伝えれば、それでローラも私が能力を使ったことが分かったのだろう。
「能力を使用したと言うことは……っ!
アリス様、身体は!? どこも問題ありませんかっ!?」
と、心配そうな声をかけてくれて。
私はローラのその言葉に安心してもらおうと、こくりと頷いた。
「うん、ちょっと、ふらっとよろけただけで……っ、ぅ、……!」
「……っ! 姫さんっ!」
そこで、前回スラムで使った時のように、反動がきたことに気付いた。
こぽっと、血が口から溢れ落ちたあと、立っているのもやっとで、セオドアに支えて貰いながら、頭痛と、吐き気に襲われつつ……額から汗が滲み出てくる。
それでも前回に比べたら大分、負担が軽減されているということが自分でも理解できた。
「あ、だいじょう、ぶっ、だよ……。
体感的に前よりは、だいぶ、負担も軽い気がするし……」
「うむ。……アリス、直ぐに僕の魔法で癒やしてやる」
アルが私に向かって、手を伸ばし癒やしの魔法を使ってくれたのだろう。
……何か暖かい波動のようなものをかけてくれたのが分かって。
胸の辺りからじんわりと広がって……頭痛も、吐き気もさっきと比べればかなり楽になった。
その分、口からはまたこぽり、と血が溢れ落ちたのを咄嗟に手で受け止めたあと私はにこっとみんなに向かって笑みを溢した。
「……っ、アル、ありがとう……。凄く楽になった、よ」
「アルフレッド、姫さんの状況は……?」
「前にも言ったが、アリスはそもそも力が大きすぎる故に反動もその分大きくなってしまうからな。
だが、以前砦で能力を使用した時とは違い、今回、大分魔力のコントロールが出来ていることは間違いないだろう
アリスはかなり、魔力を扱う筋がいい方だ。
正直、僕はもっと大きな反動が起きると予想していた」
「……アルフレッド様、アリス様は今、立っているのもやっとなくらい、こんなにもお辛そうなのに、これでもかなり起きる反動が少なくなっているんですか?」
「あぁ、前は直ぐに気絶したように倒れていただろう?
今はそれも無くなっているし、普通に会話も出来ているからな」
「うん、アルが……魔力と友達になるって言っていた感覚
が、わたしにも、ちょっとだけ、掴めてきた気がする」
何となくだけど、感覚で分かるようになってきたことも、能力を使って自分の思ったとおりに巻き戻せるようになってきたことも、今後のことを考えると私にとっては凄く喜ばしいこと、だ。
だから、余計みんなに心配そうな表情をされると心苦しいな、と思う。
「アリス様、少ししゃがんで休んでいて下さい。
私はロイからこのときの為に吐き気止めと、頭痛によく効くお薬を用意して貰っているので、直ぐに水と一緒に持ってきますね」
「ありがとう、ローラ」
重要な用事が入っててどうしても一緒に来られなかったロイは……。
事前に能力を使った時にどういう反動が起きるのかをローラから聞いていて、それに合う薬を処方してローラに持たせてくれていたみたいで、みんな、私のことを考えて動いてくれていて本当に有り難い。
お礼を伝えれば直ぐさま踵を返して、砦の方へ向かって行ったローラを見送って。
私は、セオドアに支えて貰いながらその場に座って少し休ませてもらうことにした。