それから、ツヴァイのお爺さんと別れて教会の中から外へと出た私たちは、教会の前に立っていたゼックスと呼ばれていた門番の人にお爺さんから言われた事情を掻い摘まんで説明した。
【最近、このスラムの情報を嗅ぎ回っているらしい鼠さんと協力して、奴隷商の人達の悪事を白日の下に晒して欲しいと言われたということ】
私たちが、兄弟の“設定”であることは、ツヴァイのお爺さんしか知らないことだから。
勿論、この人にも私たちの正体をバラしたりはしていない。
ただ、お爺さんから、私たちの求めている情報を教えて貰う代わりに、頼みごとをされたのだと説明すれば、それだけで、直ぐに私たちの置かれている現状を把握してくれたのか。
私たちが装着している仮面のことなど、余計なことは何一つ聞かれることもなく。
ゼックスさんは心得たと言わんばかりに……。
「こっちだ、着いて来てくれ」
と、言ってくれて、教会から離れて歩き始めた。
私たちはその後を、セオドアと二人で着いていく。
「あの、目的地に着く道すがら、詳しい話はゼックスさんに聞いてくれって言われたんですけど……。
奴隷商の人達の悪事を白日の下に晒すって、具体的に僕たちはどうすればいいんでしょうか?」
元々、無口な人なのか。
それとも、こういうスラムで暮らしている以上、必要以上に余計なことは言わないと決めているのか……。
無言のまま、足を進めるゼックスさんに。
お爺さんから詳しい話はゼックスさんに聞いてくれと言われたことを思い出して、問いかければ。
ちらり、と一度、私たちの方を見て、ゼックスさんから
「まさかとは思うが、ツヴァイの爺さん……、碌に説明もせずにあんた達のこと放り出したのか?」
眉を寄せながら、そう問いかけられてしまった。
「あぁ。……そのまさかだ。
アンタに聞いた方が早いからそうしてくれってな?」
その言葉に、セオドアが頷いて返事をすれば
「……クソっ!
面倒くさいことは大抵、全部俺に丸投げだっ!
まったく、いつもいつもっ、本当に人使いの荒い爺さんだぜ……っ」
と、唇を尖らせて。
今ここにはいない、お爺さんに文句を言いながら、はぁ……、っと諦めたようにため息を溢すのが見えた。
……それだけで。
なんとなく、お爺さんとは上司と部下のような関係なのかな? と、二人の関係性が分かってくる。
どこか、面倒くさそうにしながらも、ツヴァイのお爺さんから言われたことに関しては、断ることも出来ないのか。
「……今から行くのは元々空き家から長いこと放置されていて、
手つかずで放置されていたその場所を、最近入ってきた移民の連中が勝手に改装して商売を始めてな。
スラムに暮らしている子供を優先的に狙って、労働奴隷に仕立てあげて、他国に流れさせてんだ」
私たちに向き直ったあとで、ゼックスさんが一から詳しく説明してくれる。
「……空き家が手つかずで残ってたのか?
普通は、そういう暖を取れる場所ってのは、優先的に誰かが暮らし始めるから。
……最近入ってきた奴らが我が物顔で、そこを占拠するなんてこと、滅多にねぇだろ?」
「あぁ。……ただ、そこがちょっとした“曰く付き”の場所でな。
改装前は色々とゴミも散乱していて、汚かったのもあって、誰も入ることはおろか、寄りつこうともしなかった場所なんだ」
「成る程な。そこを移民に目をつけられたって訳か……」
「……あぁ、そうだ。
俺たちも、奴らが、スラム内でも名前すらついていない子供を。
まるで神隠しのように攫ってはその廃屋に暫く置いて、定期的に積み荷と紛れさせて馬車で他国に送っている所までは把握出来ている」
「あ、あの、僕たちはその廃屋に乗り込んで、商売をしている人達をやっつけて。
……子供たちを救うところまでを、すればいいんでしょうか?」
そうして、説明してくれるゼックスさんと、質問を投げかけてより詳しく掘り下げて聞いてくれるセオドアの遣り取りで、気になった箇所を問いかければ、彼はこくりと私の質問に同意するように頷いた。
「あぁ。……爺さんがあんた達に頼んだっていうことは、そういうことだと思う。
デルタ達を簡単に倒したその腕を買われたのは間違いないだろうからな」
「話は分かった。それで、“今日”ソイツらを叩くことにも、なんか意味でもあんのか?」
「まぁな。これはあくまで此方の推測でしかないが、これまでの奴らの周期を考えると。
このまま放っておいたら、“明後日”にはまた、他国に子供が流れる予定になっていた。
爺さんはなんとかそれを阻止しようと、今日か、明日には動いて貰うため。
分かりやすいように“鼠”に情報を流していたんだが。
ちょっと頼りないから、戦力的に心許なくてどうしようかのうって言って、頭を抱えてたとこだったんだ」
「成る程な。其処に、タイミングよく俺等が来たから、あの爺さんに利用しようって思われた訳か」
「……まぁ、そういうことだな。
爺さんにそう思われたのがあんた達の運の尽きだと思って諦めてくれ」
ゼックスさんの説明で……。
捕らえられている子供たちに、思いの他時間がなくて、切迫していた状態なのだと知る。
「……あのっ、もしも僕たちが子供たちを救えたら、そのあと、子供たちはどうなるんでしょうか?」
私たちが今日子供たちを救うことが出来ても、彼らが元々孤児であることには変わりはない。
彼らが住む場所や、これから先、生きていくための備えなどもある筈がなく。
解放された子供たちがまた、このスラムで険しい生活を強いられることは間違いないだろう。
子供たちが人としてちゃんと扱って貰えずに“奴隷”として売られてしまうのは確かに問題で、そんなことはさせられないと強く思うけれど。
それでも、子供たちを救えても、明日生きることも出来ない状況にまた子供たちのことを晒してしまうんじゃないかという不安があった。
【……出来れば、ちゃんと生活出来るようにしてあげたい】
私の問いかけに、驚いたようにゼックスさんが目を見開くのが見えて。
「……あ、あの……?」
その表情の意味が分からなくて首を傾げた私に。
「……あんた、本気で捕まえられた子供の心配してるのか?
今日、爺さんに頼まれただけの、あんた達とは縁もゆかりも無い奴らなのに?」
と、そう言われて……。
私は、戸惑いながらもこくりと頷いた。
「……はい、あのっ、僕、何か、可笑しいこと……?」
「いや……、なんていうか、掃き溜めに暮らしている俺等の心配をするような人間なんて、誰一人、存在しないと思ってたし。
そういう風に考えてくれる奴がいるなんて思ってもなかったから驚いただけだ」
そうして、何かやらかしてしまっただろうか? と不思議に思いながら聞けば。
そんな言葉が返ってきたあとで。
ほんの少し唇を緩めて……、ゼックスさんが私たちに向かって微笑んでくれる。
「……まぁ、その点については心配しなくてもいいさ。
摘発してくれる鼠がどうにかしてくれるかもしれないし。
そうはならなかったとしても、俺たちの仲間に孤児院とか、“そっち方面”で助けてくれる奴がいる。
例え、全員が全員、そういう所に振り分けられなくても、何人かは爺さんの小間使いとして雇って貰えるだろうし、多分、どうにかなるだろう」
ゼックスさんから、はっきりとそう言われて、私は安堵した。
話を聞く限りでは、少なくとも、彼らがそのままスラムに放り出されて、誰の助けも借りられず生活するようなことにはならなさそうだった。
「孤児院とか、そっち方面で助けてくれる奴ってのは……。
アンタらが“番号”で呼ばれている誰かに、該当する奴なのか? 例えば、
「……爺さんが、あんたにその話をしたのか、?」
「あぁ、ちょっとな。
好奇心で聞いてみたら、あまり入り込みすぎると怪我をしかねないって脅されたけどな」
「……そうか。なら、ノーコメントだ。
爺さんが話してた通り、こっちにはあまり深入りしないことだ。
“ナンバーズ”の話は、このスラムじゃ禁句だってことを覚えておいて欲しい」
「成る程な、番号で呼ばれているアンタらは“ナンバーズ”って総称される訳か」
「……っ、そこまでは知らなかったのか……。
今、俺がうっかり喋ってしまったことは、ツヴァイの爺さんには秘密にしておいてくれ」
セオドアの言葉に、あからさまにマズイことを言ってしまったと。
困り果てたようにそう言ってから、ゼックスさんが、切り替えたかのように表情を無表情に戻してから。
「そろそろ着くぞ」
と、声を上げる。
それを聞いて緊張感に襲われながら急にドキドキしてきた自分の気持ちをなんとか落ち着かせようと、深呼吸して。
「あっ、そういえば……、今日これから会うツヴァイのお爺さんが言っていた鼠って、一体、どんな人なんでしょうか……?」
と、ゼックスさんに問いかければ、彼は、何かを探すように、視線をキョロキョロさせたあとで。
「あぁ、ほら。見れば分かると思うけど」
と、言いながら、目的の人を見つけたのか、そちらに向かって指を向けた。
その指先の方へと自然に、私も視線を動かす。
「あそこに、立っている……、ほら、あの
この国で過ごしていりゃ、あんた達も知らない訳じゃないだろう?
俺たちが束になっても決して届かない雲の上の人間だよ」
「……っ、!?」
思わず、彼らのいう、その鼠の正体を確認して。
あわあわと、内心で動揺した私は、その人の名前を思わず口に出してしまいそうになって、慌てて自分の口を仮面の上から押さえ込んだ。
「……何が、御守り代わりに仮面を持って行け、だ。
あの爺さん、このこと分かっていながら敢えて教えずに。
俺たちのこと
セオドアが私の耳元で、小さく苛立ちの声を上げたのが聞こえてくる。
「……大体、あんなに武装して。
物々しく帝国の騎士を数人引き連れて、スラムに来られて、コッチは大迷惑してるんだ」
そうして、当然セオドアのそんな言葉は聞こえてないであろう、ゼックスさんが、何か文句を言っているのが、あまり耳に入らずに右から左に通り抜けていって。
私は、内心で焦りながらも。
【
危うく声に出して、言ってしまうところだった……】
と、とりあえず。
ゼックスさんの耳にその呼び方が、バレてしまわなくて良かったと内心で安堵しつつ。
もの凄く複雑な気持ちになりながら、再度、遠くに立っているお兄様へと視線を向けた。