「ていうか、その仮面、本当に必要か?
はっきり言って、それ付けた方が悪目立ちするだろ?」
「むっ、この仮面じゃ不服か? それならコッチはどうだ?」
「いや、確かに、さっきのよりは何倍もデザイン、マシだけど。
……そういう問題じゃねぇよ。
結局、俺等はどう足掻いても
「まぁ、そう文句を言うな。
これ一つあるだけで、お前さん達も必ず儂に感謝することになる筈だ。
御守り代わりでもいいから持っていけ。……ほら、皇女様も」
「あ、ありがとうございます……、?」
セオドアがデザインについて文句を言ってくれたお陰で、さっきお爺さんが手に持っていた派手な仮面よりも随分シンプルな物を手渡されて。
私は戸惑いながらもそれを装着する。
「セオドア、どうかな?」
「いや、姫さん……、真面目すぎんだろ……?」
「お前さんと違って皇女様は
「擦れまくってて、悪かったな」
セオドアの一言に、喉の奥で笑うお爺さんを視界にいれつつ。
私は仮面をつけた状態で、きょろきょろと、辺りを見渡してみる。
もしかしたら、視界が狭くなってしまうかな? と思ったけれど。
意外につけ心地はそこまで酷いものではなくて。
何もつけていないときと殆ど変わらずに、周囲の状況を見渡すことが出来た。
私が仮面をつけた事で、諦めたのか、渋々セオドアもお爺さんから手渡されたそれを装着する。
私と違って……。
セオドアがそれをつけると。
フードを被って黒一色の今日の格好も相まって、秘密裏に活動している、どこかの諜報員みたいに様になっていた。
「あぁ、そうだ。肝心なことをもう一つ。
お前さんたち、デルタ達を相手にした時に兄弟を名乗っていたそうだな?」
私が仮面をつけている間に、ふと、思い出したかのようにお爺さんにそう聞かれて。
「あ、はい。……あの、でも、直ぐに見抜かれてしまって無駄になってしまいましたよね?」
私は……。
このお爺さんには全て見破られてしまっていて。
一生懸命考えた設定が結局無駄になってしまったことに苦笑いをしながら、お爺さんのその問いかけを肯定する。
「いや……。お前さん達のその設定は無駄ではない。
出来れば今日一日、その兄弟設定を押し通してくれないか?」
けれど、私の言葉に首を横に振って、お爺さんからそう言われたことの意味が直ぐには理解出来なくて、私は首を横に傾げた。
「……兄弟の設定を押し通す、んですか?」
【そうすることに、意味が、あるのかな?】
単純な疑問が湧いてきて、訝しげな声になってしまった私の言葉を。
お爺さんがこくりと頷いて肯定する。
「あぁ、今現在、お前さん達の正体については、このスラムでは儂しか知らぬこと。
儂とて、“赤髪”の10歳前後の子供とノクスの民の組み合わせから、流れてきた情報と合わせて、お前さん達の正体を推測しただけだ。
このままスラムで動き回るのなら、下手に設定を変えるより、自分たちで作った設定で動いた方がお前さん達も動きやすいだろう?」
「まぁ、確かに。変に色々と変えなくていいのは助かるけど」
お爺さんのその言葉に、セオドアが同意するように頷くのが見えた。
確かに色々と設定が変わってしまうより、そのまま兄弟の設定のままで動けた方が私としても楽だ。
ただ、傍から見たらどう考えても……。
私たち二人とも、仮面をつけた、怪しい人にしか見えないよね……?
これから会う、お爺さんの言っていた“鼠さん”がどんな人なのかは分からないけど。
私たちのこと、会って直ぐに信用してくれるだろうか?
お爺さんの説明だと、その人がスラムでの犯罪を取り締まろうとしている側の人だということは間違いないだろう。
【そこまでは、私でも推測できた】
ただ、その人のことを助けながら動くってことは、会って一緒に同行するのに、ある程度信頼して貰わないといけないんじゃないだろうか……?
私が、頭の中でそんなことを考えている間に。
「それから、皇女様……。
お前さんは、今日一日、アリスからとって、アズなんてどうだ?」
「え、? は、はい、アズ、ですか?」
突然お爺さんから、話を振られて、私はビクッとしたあとで。
反射的に返事を返す。
「ああ。そして、お前さんの名前は……。
さっきから、皇女様がお前を呼んでいた“セオドア”で名前は合っているか?」
それが、名前のことを言っているのだと気付いたのは、次いで、お爺さんがセオドアにそう言ったのが聞こえてきたからだった。
「ああ、それで間違いねぇよ」
「それなら、お前さんは今日一日、
「確かに
他国じゃ、“テオドール”って読む場合もあるけど。
わざわざ、名前まで変える必要のある話なのか?」
「あぁ、
スラムじゃ、身分が高い人間ほど警戒されやすい物だ。
お前さんたちが、儂等に何かしようと思わなくても、正体がバレれば。
お前さんたちがスラムに来た意味を勘ぐる人間が出てくることは分かるだろう?」
「あぁ、まぁ……そうだな。
だが、人に名前を言う必要なんて……。
それこそアンタの言う鼠とやらに、自己紹介する時くらいじゃねぇか?」
「まぁ、その、なんだ、お前さんたちのためにも、な。
……とにかく、行けば分かるから。
お前さん達は今日、アズとテオドールという兄弟だ。
その設定だけは忠実に守ってくれっ」
「……?」
少しだけ濁すような口調でそう言って、半ば強引にそう言われた私とセオドアは、揃って、目を見合わせた。
とりあえず、このスラムに詳しいお爺さんがそう言っているのだから。
従った方がいいんだろうな、ということだけは、何も言わなくても、セオドアと視線を交わしただけでお互いに通じあう。
「それで? 具体的に俺等はどこに行って、何をすれば正解なんだ?」
私が、こくりとセオドアの視線に同意するように頷いたのを見て、セオドアが、お爺さんに次の質問をしてくれる。
「ふむ、お前さん達の目的の場所は、さっきこの教会の門番をしていた“ゼックス”が知っている。
案内のついでに、道すがら聞いて貰った方が話が早いだろう」
「
アンタらが、数字、
アンタが
もしかして、ソイツが、このスラムを取り仕切ってる人間か?」
お爺さんのその言葉を聞いて……。
その名前に引っかかったのか、眉を少しだけつりあげて、セオドアがお爺さんに問いかける。
確かに、言われてみれば。
他国で、ツヴァイ、ゼックスという呼び方は、数字を表す時に使われる言葉だ。
【アインが1、ツヴァイが2、ドライが3……、とかだったかな、?】
あまりこの国では使われていない言葉だから。
直ぐにはそれがそうと、私は気付けなかったけど……。
「ふむ、お前さん……。
だが、これ以上好奇心で踏み込んでくれば、軽い怪我ではすまぬかもしれんぞ」
セオドアのその言葉に、お爺さんがこれ以上は聞くなとでも言うかのように声をあげる。
それを聞いてセオドアが、ほんの少し口角を吊り上げて、笑みを溢すのがみえた。
「……ソイツは面白いな、俺よりも強い奴なのか?」
「……さぁ、どうだかな?」
「……まっ、やぶ蛇をつつくような真似はやめておいてやるよ。
今日の俺の目的はスラム内部のことを探ることじゃねぇしな」
「あぁ、そうしてくれ。
出来れば儂も、お前さんたちを敵に回したくはないからな」
純粋な、興味というか。
いつも私に向けてくれるような優しい笑みとはまた全然違う。
どちらかというなら、好戦的な……。
強い人と、もしかしたら戦えるかもしれないっていう、そんな笑み。
【あんな風に笑うセオドア、初めて、見たかもしれない】
やっぱり、私の傍に一緒にいてくれると腕が鈍ったりしちゃうのかな?
強い人と、試合形式とかでも戦いたいとか、そういう気持ちがセオドアにはあるのかもしれない。
「姫さん? どうした……?」
思わず色々と考え込んでしまったのを。
不思議に思ったのか、セオドアが声をかけてきてくれて……。
「ううん、何でもないよ」
と、私は顔をあげて、首を横に振った。