「それで、鼠の正体は此方でも把握出来たけど。
さっき決まったばかりだってのに、俺等が協力者だってこと、そもそもの話、第二皇子は知ってんのか?」
私がお兄様に視線を向けるのと、ほぼ同じくらいのタイミングで、セオドアがゼックスさんに質問してくれる。
「いや、そこまではあの男も把握していない……。
だが、爺さんの情報操作のお陰で、スラムで“情報屋を名乗る人間”と今日、あの男は落ち合う予定になっている。
本来なら、俺が行って情報を“ただ流す”だけの役割を担っていたんだが。
あんた達の腕が立つのを見て、爺さんがプランを変更したって事だ。
あんた達は、スラムに詳しい情報屋という肩書きで、一緒に協力すると伝えて、あの男と合流して欲しい」
セオドアのその問いかけに一度首を横に振ったあと。
ゼックスさんが、詳しい事情を私たちに教えてくれた。
確かに、視線の先にいるお兄様は、どこかピリピリとした雰囲気を纏っていながらも、周囲を警戒しながら誰かを待っているようにその場から動こうとはしていなかった。
スラムで情報屋を名乗る人間と、お兄様が今日落ち合う予定に最初から決まっていたというのなら。
このまま、お兄様との合流も自然に行えるだろう、と一先ずは安堵する。
「っていうか、今さっきアンタ。
第二皇子が、物々しく帝国の騎士を数人引き連れてスラムに来てるって言ってなかったか?
どうみても此処には、王子、一人しかいないようだけど?」
「あぁ、それに関しては、俺たちが帝国の上の人間に必要以上に顔を覚えられてしまうのはリスクがあることだから。
情報を渡す代わりに、約束の場所には必ず一人で来てくれって伝えていたんだ。
さっき、スラム入り口付近に待機している帝国の騎士を2人、確認したと情報が流れてきた。
爺さんが子飼いを通じて事前に流した情報に従って、律儀にその約束は守ってくれたみたいだな」
セオドアの問いかけにゼックスさんが答えるのが聞こえてきて。
私は驚きに目を見開いた。
……ギゼルお兄様は、どうしてそこまでして、スラム内の犯罪を取り締まろうとしているのだろう?
【目に見える手柄を上げるまでは、躍起になってこのスラムに執着し続けるのは想像に難くない】
ツヴァイのお爺さんが言っていた通りなのだとしたら、スラムでの犯罪を取り締まることがお兄様にとって何か意味があるものなんだろうか?
「それと、あの男は今日落ち合う予定の人間が、スラムの情報屋ということだけ知っていて。
どんな人物像の人間が来るかまでは把握していないから、急遽、あんた達に変わっても不思議には思わない筈だ」
私が、お兄様の言動を不思議に思って、考えるような素振りを見せて無言になったからか。
私たちとゼックスさんが入れ替わったことが、お兄様にバレてしまうのではないかと、私が危惧していると思われたのだろう。
補足するように、ゼックスさんがそう言ってくれて、私は顔を上げてゼックスさんの方へと視線を向けた。
【どれほど考えても分からないものは分からないし……】
今は、それよりももっと現実的に自分たちのことを考える必要があった。
「あ、あのっ、スラムの情報屋を名乗るのは構わないんですけど……。
僕達、今日来たばかりで、奴隷商のこととか詳しいことは殆ど何も知らないのに、上手く情報屋だと
「あぁ、それに関しては問題ない。あんた達には、コレを渡しておく」
「えっと、これは……?」
私の不安交じりの言葉を聞いて。
ゼックスさんが小さく折った紙をポケットから取り出して渡してきてくれた。
思わず、戸惑いながらも反射的にそれを受け取れば。
「あんた達が今から行く、廃屋内部の見取り図だ。
元々、あの家の構造自体は把握していたから、爺さんがその情報を元に家の内部を書き起こしてくれている。
これを、あの男に土産代わりに渡せば、あんた達が情報屋であることはまず疑われないだろうさ。
そこから先は、まぁ、あんた達の演技にかかっているだろうが」
と、言われた一言にびっくりして、私は目を見開いた。
【お膳立てならば儂が全面的にしてやろう】
と、ツヴァイのお爺さんが言っていたけれど、本当にその通り。
本当に、色々と考えられているんだな、と思う。
私は一度、セオドアにも見えるようにその紙を広げ、お兄様と合流する前に簡単に廃屋内部を確認する。
話だけでは、そこまで広い場所じゃないのかと思っていたけれど。
……彼らの言う廃屋とは、元々、貴族の屋敷として使われていた場所だったのだろうか。
二階建てで地下っぽい場所まであり、想像していた以上に、広くてびっくりした。
「……あ、あのっ、幾つかある、この星マークで印がついている箇所は?」
「それは、子供が捕まえられてる可能性のある場所だ。
……まぁ、きちんと内部まで確認できてる訳じゃないから、爺さんの推察でしかないが。
一つの目安として考えてくれ」
「あぁ……、確かに。
この地下っぽい場所とか、怪しそうなところに、印がつけられてんな。
それで、敵の数は大体何人くらいなのか把握は出来ているのか?」
「多くても、10人程度だと思う。
二桁に届くか届かないかくらいだって、爺さんは予想してた」
「成る程な。
摘発するってことは、全員捕縛しろってことだろ?
たくっ、無茶言いやがるぜ、あの爺さん……」
「大丈夫そうか?」
「ソイツは、行ってみねぇことには分からねぇが。
まぁ、爺さんの期待に応えられるくらいは頑張ってやるよ」
「……そうか。
それから、一応、場所は伝えておくが。
少し遠目に見えている、古い廃屋があるだろう? 今日の最終目的地はあそこだ」
ゼックスさんのその言葉で、私は視線をゼックスさんの目が追う方へと動かした。
確かに、長年手入れなどもされていなかったのだろう。
外から見ればツタの様なもので覆われて薄暗く、窓などは割れてしまっているのが遠目からでも確認できた。
それでも、きちんと形自体は、屋敷の
曰く付きと言われているのが、どういう理由でそう言われているのかは分からないけど。
如何にも、お化けとかが出てしまいそうなそんな怪しい雰囲気を醸し出していた。
私がゼックスさんの言葉に頷くと、私たち2人を見たあとで……。
「それじゃ、俺の役目はここで終わりだ。健闘を祈ってる」
と、ゼックスさんが来た道を引き返していく。
その後ろ姿を見送って、ギゼルお兄様がいる方へと向き直った私は……。
【今日の私は、アリスではなく、“アズ”。
“テオドール”というお兄ちゃんを持つ、仮面で顔を隠した兄弟の弟であり、情報屋】
ツヴァイのお爺さんと、ゼックスさんの話から、今日の自分の設定を再度確認するように心の中で反復して、覚悟を決める。
そうして、セオドアと一度目配せして、視線を交わし合ったあと。
未だ、ぴりぴりとした雰囲気を醸し出しているお兄様の方へと足を進めた。
「
声をかければ、お兄様が此方へと振り向いて……。
「……お前が噂の、スラムの情報屋、か? っ、? 一人じゃなくて、二人……?」
「兄弟で情報屋を営んでいます、アズと呼んで下さい」
「テオドールだ」
訝しげな視線を、此方に向けて、私たちが一人では無く、二人で来たことに驚きながら、私たちの姿を下から上へとじろじろと、確認するように見渡していたお兄様は。
最終的に顔を覆い隠している仮面に視線を向けたあとで、その表情を困惑したようなものへと変化させた。