それから。
わざわざ、この為だけに食器とかも用意してもらって。
食事や、挨拶のマナーを一通りテストとして、こなした後で。
「うん。見た感じ、マナーの方は本当に大丈夫そうだね。
重点だけ絞ってテストをしてみたけど、どれもちゃんとこなせてる」
私の動きをジッと見てくれていたルーカスさんから、そう声がかかったことに内心でホッと安堵した。
何度も繰り返し、自分の中では覚えてきたつもりだけど。
改めてテストとして出されると、いつもは感じない緊張感みたいなものが出てきて。
心の中ではどきどきしながら動いていたから、そう言って貰えて本当に良かった。
「今まで、ちゃんと頑張ってきたんだね」
……気付いたら。
ふわり、と、ルーカスさんに頭を撫でられていた。
「……あ、ありがとうございます」
褒められたことに、お礼を言えば。
お兄様が、ルーカスさんの腕を掴んだあとで。
「……オイ、ルーカス。何をやっているんだ、お前は」
と、呆れたように声を出すのが聞こえてきた。
お兄様に腕を掴まれて、撫でられていたその手が、私から降ろされたあと……。
「やだなァ、殿下。
お姫様が今まで頑張ってきた証だよ? こういう時は偉いね、って褒めてあげないと」
と、そう言ってから、ルーカスさんが苦笑する。
「ギゼル様にだって、そうだよ。
殿下は自分が何でも出来るから、ちょっと人に対しても厳しい面があるでしょ?
どんなに頑張ったって、そこに辿り着けない人もいるんだってこと分かってあげないと。
そして、些細な事だろうが何だろうが出来た時はいっぱい褒めてあげる。これ、基本だからね?」
口調は柔らかいけれど、どこか
「それくらい、俺にも分かっている。
だから、俺は別にアイツには、そこまでを求めてきたことはない。
出来ることを出来る時にやればいいだけだ」
と、お兄様が声をあげれば。
「ううむ、よく分からぬが、根本的な部分で、お前はちょっとずれているのではないか?
子供たちが出来ぬことが出来るようになれば、些細な事でも褒めてやるのが道理だ。
褒められて嬉しくない人間などいないだろう? それが、尊敬する相手ならば、尚更だ。
見守るだけが全てではない。思いは口に出さねば相手には伝わらぬものだぞ?」
2人の話を聞いて、アルが突然会話に入ってきた。
アルは古の森の精霊の子達をずっと見てきたって言っていたから。
基本的に誰かの面倒を見たり、お世話をするのが好きなんだろうな、と思う。
そして、こういう時のアルは本当に年長者らしい発言になる。
「……いや、うん、言っていることはその通りだと思うんだけど。
本当に君って、何者なの? 年齢と言動が合ってなさすぎじゃない?」
ただし、私たちはアルのことを、この場の誰よりも年長者であるということを知っているけれど。
事情を知らないルーカスさんからしたら、やっぱり違和感があるだろう。
何かフォローをした方がいいだろうかと、声をあげようとしたところで。
「まァ……。
流石、陛下が拾ってきただけのことはあるよね。
驚くよりも、段々とそういう存在だってことに、慣れてきた方が大きいよ。
何度か話してると、アルフレッド君自体が、異彩を放つ存在だってことがよく分かる」
と、ルーカスさんがそう言ってくれて、内心でホッとする。
アルが、特殊な立ち位置にいる、そういう存在であると思ってくれるのなら有り難い。
「じゃぁこの後は、ダンスの練習をしましょうか?」
キリの良いタイミングで話が途切れたので、ルーカスさんにそう問いかければ。
「あ。それなんだけど、お姫様。この後は少し休憩も兼ねてデートしよっか?」
と、にこにこと返事が返ってきた。
「……? でーと、ですか?」
「ほら、前に来たときに話したでしょ? 庭に出たりして親睦を深めよっか、って。
まぁ、ほら、デートって言うにはあまりにも可愛い健全な物なんだけどさ」
此方に向かってそう言ってくるルーカスさんに。
前回、マナーの勉強を教えてもらいに来たときに、ルーカスさんがそう言ってくれたことを思い出した私は。
「あ、そう……、ですね。ありがとうございます」
と、声を出して、お礼する。
デートって言われてもあまりピンとこなかったのは、ルーカスさんと未だにそういう深い関係じゃ無いっていうのも勿論あるけれど。
色々なことがありすぎて、約束していたことがすっかりと頭から抜け落ちていた。
「……時間があったら
王宮の庭って、最早お姫様からしたら、見慣れているものでしょ?」
そうして、問いかけられたその一言に、私は苦笑する。
「確かに、見慣れてるのは、そうですけど。
……でも、別に庭に行くこと自体は嫌じゃないですよ」
そういえば、一時期、エリスがあまりにも出不精な私に中庭に出ることを誘ってくれたりしていたなぁ、と思い出しながら、私はルーカスさんに声を出した。
王宮の庭自体に特別何か問題がある訳じゃない。
私が外に出ると、王宮で働いている侍女とかそういう人達の視線とか、ひそひそと何か話されているのが嫌だなって思っていただけで。
ルーカスさんと一緒だったら、そういう視線は、向けられることは、ないかな。
頭の中でぼんやりと、そんなことを考えていたら。
「一応、“俺とお姫様”のデートなんだから、殿下は勿論、騎士のおにいさんも、アルフレッド君もついてこないよね?」
と、念を押すように、ルーカスさんがみんなへと声をかけるのが見えた。
「は? 何を言っているんだ? 外に1人で、姫さんを出す訳ねぇだろ?」
「オイ、ルーカス。
あくまで親睦を深めるための、おままごとみたいな健全な物なら尚更、別に俺がいても問題は、ない筈だろう?」
「うむ、よく分からぬが、チャラチャラしていて、お前は信用出来ぬ。僕もついていこう」
と、3人から一斉に、それぞれ全然違う言葉でありながら、言っていることはみんな同じ内容の言葉がかかったのを。
「……だと思った。
嫌な予感がしたんだよ、俺っ! 着いてきてもいいけど、ちょっと離れてよ?
あくまで2人で親睦を深めないと意味のないことなんだからさァ!
何が悲しくて、女の子の兄と、騎士と、幼なじみの立ち位置にいる男の子がついてくるデートしなきゃいけないんだよ!」
ルーカスさんが、全否定するように声をあげるのが見えた。
「つぅか、この前アンタが、デートだって姫さんに言って、連れ回してた時と同じだろ?」
「違いますぅっ! 全然、違うよ、お兄さんっ! アレは目的があったからでしょ? わかんないかな、この男心」
そうして、セオドアの一言に、ルーカスさんが唇を尖らせて、拗ねたような声色で声を出したのが聞こえたところで。
「……アリス様、失礼しま……っ、一体、これは、どういう状況、で……?」
……コンコン、と部屋をノックして。
入ってきてくれた、ローラが……、私に向かって困惑したような表情を浮かべてくるのを、私も、ローラに向けて困惑したような表情を返すしか出来ない。
とりあえず、ローラが人数分、私たちに飲み物を用意してくれたのを受け取って。
テーブルの上にそれを置いたあとで……。
「えっと、あの……、庭に出るだけだからそんなに心配しなくても大丈夫だよ。
こういう時は、やっぱり、二人きりの方が、いいんじゃ……?」
と、みんなの会話に参加して、声をかければ。
「アリス。デートという物は兄同伴で行われるものだ。
決して、二人きりで行われるものではない事を覚えておくといい」
「……ちょっと、殿下っ!
お姫様が分かってなさそうだからって、嘘、教えないでよ!
間違った知識を覚えちゃったら、どうするのっ!?」
「……いえ、流石にデートがどんなものなのかは、私でも知っています……っ」
巻き戻し前の軸で読んだ、恋愛小説の知識しかないけど。
流石にデートにお兄様がついてくるものじゃないことくらいは、私でも理解している。
確か、2人で、観劇とかに行ったり、カフェでお茶したりするんだよね。
【あれ? でも……、】
基本的に外に出られない私からしたら、そのどちらも無理なことだから。
お兄様が、デートについてくるっていうのは、あながち間違いじゃない?
もしかしたら、皇族のデートは特殊なんだろうか?
「あ、あの、もしかして皇族のデートは特殊で……、近親者が着いてくるルールが……?
それとも、私が外に出られないから、デートに保護者としてお兄様もついて来なければいけない、んでしょう、か……?」
「あぁ、違う、違うっ。
ほら、もう、さらっと、殿下が嘘つくから、お姫様がこんがらかってんじゃんっ!」
「アリスはまだ幼いんだから、保護者同伴でも別に変ではないだろう?
俺は間違ったことは、言っていないと思うが?」
はっきりと、そう言うお兄様に。
【あぁ、良かった、年齢的な問題だったのかぁ……】
と、私は自分のうろ覚えな知識が間違っていなくて内心でホッと安堵する。
「無理矢理それらしいこと言ってるけど、最早、ただの、こじつけじゃん……」
小さく、ルーカスさんが何かを言った言葉が上手く聞き取れなくて、首を傾げた私に。
はぁ、と小さくため息を吐いてから……。
「んじゃ、まァ。……折角、侍女が紅茶を用意してくれた訳だし。
それを飲んでから、本当に不本意で、ちょっとした大人数で行くことになっちゃったけど、王宮の庭を一緒に歩こっか?」
と、此方に向かってルーカスさんが声をあげた。