王宮の庭までは、歩いてそんなに遠くなく。
そろそろ風が本格的に冷たくなってきて、季節は秋が過ぎ去り冬を迎えようとしていた。
まだギリギリ、咲いていれば。
この時期は、
王宮内の庭師によって、定期的に花の植え替えが行われているため。
基本的にはどの季節に行っても、花が咲いていない時期はなく、年中綺麗な花が咲いているのを見ることが出来る。
【それにしても、何て言うか……、凄く、気まずいっ……】
ぞろぞろと、大人数で移動していたらやっぱり目立つ。
お兄様と、ルーカスさんも傍にいるからか。
王宮で働いている人の私に向けられるその視線は、いつもと大分違って、珍しいものを見るような瞳で此方を見てくるものが大半だった。
誰かを通り過ぎるその度に、吸い寄せられるように誰かの視線が此方へと向いてくる。
その視線にも段々と慣れてきた頃、目的地に着いてから。
「相変わらず、王宮の庭は綺麗に手入れされてるね」
ルーカスさんがにこりと笑いながら声をかけてくれる。
その言葉の通り、視界いっぱいに広がる秋の花に、私はルーカスさんの言葉にこくりと頷いたあとで。
「はい。……あ、でも、エヴァンズ家のお庭も凄く綺麗でしたよね?」
確か、御茶会の時にお邪魔した時、広い庭だと思ったのと同時に。
凄く、綺麗だったような気がする。
あの時は、初めての御茶会に呼ばれたことで、花を見る余裕なんてあまりなかったけれど。
そう思って、問いかければ。
ルーカスさんは、私の言葉に苦笑しながら。
「まぁねぇ。
基本的には俺の母親が好きだってのもあるけど。
俺の家で植物は定期的に補充されるようなものだから、綺麗に植え替えてあげてるんだよね」
と、声をあげる。
もしかして、わざわざお家で育てた植物を時期を見計らって植え替えたりしているのだろうか?
庭師を雇っているのだとしても、だとしたら、凄く手間がかかることだと思う。
咲いた花を、どういうデザインにして植え替えるのかとかは、庭園を作る庭師の役目でもあるけれど、大まかな指示とかは勿論、侯爵夫人の裁量によるものが大きいのだろう。
「そういえば、侯爵夫人は気品のある素晴らしい方、なんですよね?
御茶会に呼ばれることが、凄く名誉なことだって……」
不意に、御茶会の時に私にそう言ってきたボートン夫人の言葉が頭を過った。
「エヴァンズ夫人は社交界の顔と呼ばれている人物だ。
高貴な佇まいは勿論のことだが、気品があって、センスもいいと言われていて。
こと社交界においては、流行を作るのに一役買っている。
侯爵夫人が身につけた物は必ず売れるというジンクスがあるくらいだからな」
「あぁ、うん、まぁね。……有り難いことにそんな風に言って貰ってるねぇ」
私が問いかけるように聞いたことのある侯爵夫人の評判を問いかければ。
お兄様からすらすらと、より詳しく説明して貰えた。
凄い人なんだと、漠然とそう思っていたけれど。
社交界の顔と呼ばれているということは、それだけ交友関係も広い方なんだろう。
ボートン夫人が、侯爵夫人の御茶会を“誰もが夢見る場所”と、表現した理由がほんの少しでも、今、分かったような気がした。
「それって、侯爵夫人がある意味で物流の流れを動かしているっていうことですよね?
女性でありながら、経済も動かしてしまえるのは凄いと思います」
今の話をほんの少し、聞いているだけでも。
男社会がまだまだ主軸のこの世界において、侯爵夫人自体が広告塔になっているということに他ならないだろうから。
本当に、単純に凄いことだと思う。
「……っ、いや、うん。そうだね」
「……? ルーカスさん」
「まさか、お姫様の口から経済の話が出てくるとは思わなくて。
今の話で、そこまで読み取って貰えるとは思わなかったからさァ。
それより、流行を作っているって言ったらお姫様の方もでしょ?
最近じゃァ、マダムが新作を出す度に、皇女様ブランドかどうか、チェックしている人もいるって聞くくらいだからね?」
「?? 私のブランド、ですか……?」
「えっ、嘘でしょ! まさかの、本人が知らないの?
マダムジェルメールのお店でお姫様考案のデザインについては、お店内で明確に区別されて、ブランド化されてるんだよ」
特に誰の不利益にもならないことだから。
別にデザイナーさんが不利にならなければそれでいいや、という感覚で。
碌に見もせずに二つ返事で契約書にサインした私は、その事実を初めて知って驚きに目を見開いた。
せいぜい、お店の中でも、私考案の服には“皇女考案”って書かれてるくらいのものだと思っていたら。
私が知らない間に、私のデザインとして、明確に区別されてブランド化されているなんて。
そんなこと思いも寄らなかったから、急に言われてただ戸惑うことしか出来ない。
……そんな、私を。
苦笑しながらルーカスさんが見てくる。
「いや、お姫様、本当に自分の事に無頓着すぎでしょ?
この間お兄さんと、アルフレッド君用に作ってた、オリジナルのメンズ服のデザインを転用して作ったマダムの服だけでも、今、かなりの売れ行きがあるって聞いてるよ?
今度、行われる結構大きめのパーティでは、それらの服が主流になるんじゃないかって話だけど……」
「は、初耳、です……っ」
メンズ服に関しては、ローラにプレゼントした洋服の時もそうだったけど。
対象がアルとセオドアだったから、私の好みを存分に取り入れた服装になっている。
勿論、それらはこっちには既に届いていて。
アルと、セオドアは日常的にそれを着てくれているんだけど。
「まさか、そんな大袈裟なことになってるなんて……」
慌てて、声をあげた私に、ルーカスさんが。
「本当に知らなかったんだ?」
と、問いかけてくるのを……。
私はこくりと、頷き返して、肯定する。
「……っていうかデザインを考案してるんだから。
売上げって普通、お姫様に入ってくるものじゃないの? 一体、マダムは何を考えて」
「あ、あの……。それは、別に会った時でいいって、私が……、言いました」
デザイナーさんを、責めるような発言になったルーカスさんに慌てて訂正の発言をすれば。
「……お姫様、そのやり方は本当にダメだよ? 商売にしている以上は、ちゃんと利益が出たら貰わなきゃ」
「……はい。でも、毎月、売上げについて報告しに来るって言われたんですけど。
毎月、次に出すデザインの案を一緒に考えようって、ことになりそう、だったので……」
勿論、契約を交わしている以上は、貰わなきゃいけないのだということはよく分かっているのだけど……。
デザイナーさんの顔を思い浮かべて、気が進まなかったその時の状況を思い出し。
ルーカスさんのその言葉に、しどろもどろになりながら、そう答えれば。
それで、一応、納得はしてくれたのだろう……。
「あぁ。……確かに、それはあり得る話かもしれない、っていうか、絶対にあるだろうね」
と、苦笑しながらもそう言ってくれた。
「でも、デザイナーさん自体が優秀だから、私に頼らなくてもそれだけで利益はありそう、ですよね?」
「うん。元々、新進気鋭のデザイナーとして注目されていたくらいだからね。
だけど、その注目に更に火をつけることになったのはお姫様だよ?
お姫様のデザイン案の洋服ブランドが立ち上がって、勢いが本当に凄いことになってるんだから。
マダムがうちに来た時も、皇女様と知り合いなら、次にいつ会えるか約束を取り付けて欲しいってお願いされたもん、俺」
「……そ、そうなんですか?」
「うん。なんていうか、話を聞いているだけで刺激になって創作意欲が凄く湧くんだって」
自分が物作りをしないためか、あまり、ルーカスさんの話にピンとは来てないけど。
そう言うものなのかな?
確かに、熱い情熱を、洋服作りにだけ注いでるあのデザイナーさんのことを思うとそうなのかもしれない。
「それに、お姫様がデビュタントのドレスで何を着るのかも、最近じゃ社交界のちょっとした噂になってるくらいだよ。
もうすぐデビュタントが執り行われるだろうってのは、みんなお姫様の年齢から予測しているからね。
多分、ジェルメールとお姫様が共同で作ったドレスになるだろうって、今から期待されて……」
「ひ……っ、! 世の中は、そんな、恐ろしいことになってるんですか……?」
ダンス以外はつつがなく執り行える自信があったのに、そっちのことも考えなきゃいけないのか……。
と、今から、恐々とする私に向かって。
ルーカスさんが……。
「うん。……まさか諸々知らないと思ってなかったから、脅すようでごめんね」
と、声をかけてくれた。