それからエリスが紅茶を持ってきてくれて、少し遅めの朝ご飯をお昼ご飯と兼ねて食べてから。
ルーカスさんが私の元にやってきてくれたのは、お昼を少し過ぎてからのことだった。
「私の都合で、時間をずらして貰ってすみません」
「いや、大丈夫だよ。寧ろお姫様の方こそギゼル様のことで、昨日は大変だったでしょ?」
やってきてくれたルーカスさんが、私の謝罪に苦笑しながら声をかけてくれる。
その後ろから、お兄様もいつも通りに来てくれて……。
直ぐに無表情に戻ったけれど、一瞬だけ合った視線が、いつもよりも、随分、柔らかなものに感じて嬉しくなった後で。
「あ、いえ……。ギゼルお兄様は、あれから、?」
そういえば昨日は自分のことでいっぱいいっぱいで、ギゼルお兄様のことまで、あまり気にかける余裕が無かったけど。
あれから、大丈夫だったのだろうか? と、ほんの少し不安に思いながら問いかければ。
ルーカスさんは、ちらりとお兄様の方を見たあとで。
「あー。昨日、あれから一応俺と、殿下で追いかけて話してみたんだけど。
ギゼル様が大人になるまでには、まだもうちょっと時間がかかるかも、しれない」
と、言葉を濁すように私に伝えてくる。
それだけで、あまり状況が良くないのだということは直ぐに分かった。
「そう、ですか……」
昨日、ウィリアムお兄様から瞳のことを教えて貰ったから、というのもあるかもしれないけど。
私は、ギゼルお兄様の考え全てを、否定はしきれない。
お兄様が言っていた、お母様が皇后としての役割を全うしていなかったというのも。
テレーゼ様がその役割を担っていたというのも、きっと本当のことなのだろうし。
そういう意味で、私たち親子が嫌われているのはある意味で仕方がないと思う。
私だって、皇族のお金を使ってしまっていたのは事実だから。
それに……。
シュタインベルクにおいて、皇族が金色を持っているということは。
宝石や、鉱物が潤沢に採れる私たちの国そのものの、“象徴”であることに他ならない。
【お父様は勿論、歴代の皇帝の肖像画を見ても、みんな、“金色”を持っていたと思う】
勿論、
馬鹿馬鹿しいと思われるかもしれないけれど、それだけ、国家における“シンボル”や、“色”というのは重要視されている物だ。
【そう考えてみたら、ギゼルお兄様だけが唯一、私たちの中で。
瞳の色も髪の色も、紛れもなく純粋な“金色”を持っているんだよ、ね……?】
それでも、お兄様は……。
自分が、跡を継ぐなんて欠片も考えていなくて、ウィリアムお兄様が跡を継ぐのを当たり前のように思っているみたいだった。
……それは、巻き戻し前の軸でも、今も。
お兄様と過ごした時間が短かった私でも分かるくらい。
その感情に、ブレは一切なかったと思う。
「……今は、意地を張って、聞く耳を持っていなくても。いずれ、アイツも分かる時が来る」
小さくため息を溢しながら、呆れたようにそういうウィリアムお兄様に、ルーカスさんが苦笑する。
「……まァ、人ってのは、自分のためより誰かのために動く時の方が良くも悪くも、強くも弱くもなる生き物だからねぇ」
「……、? ルーカスさん、?」
どこか、実感がこもったようなその声色に。
思わず、その名前を呼んで、どういう意味なのかと首を傾げれば。
ルーカスさんの瞳はもう、いつもの表情に戻っていて。
「ギゼル様には、俺も少し同情してる面があるから、肩を持ってあげたい気持ちも多少はあるんだけど、ね。こればっかりは……」
ぽつり、と誰に向かって言う訳でもなく本音のように溢れたその一言で。
ルーカスさんは、私なんかよりもよっぽど、お兄様たちの事情に詳しいのだということが分かる。
【ギゼルお兄様の事情、ルーカスさんが、同情している面って、何だろう……?】
それを、私が聞いてもいいものなのか、分からなくて迷っている間に。
ルーカスさんが私の戸惑いに気付いたように、此方をみて。
「……誰も彼もが自由に生きられたらいいんだろうけど。
どうしてこうも、ままならないんだろうなァ」
と、苦笑しながらそう言ったあとで。
「まァ。どちらにせよ、今、あれこれ、こっちで気を揉んでいても仕方のないことだよ。
ちょっとずつ、お姫様とギゼル様の距離が近くなれば、ギゼル様も色々と自分の事も含めてお姫様のことを考えてくれるきっかけになるかもしれないし。
公式の場だとギゼル様とお姫様が関わるのはデビュタントの時になるだろうから。
そのためにデビュタントに向けて、ひとまず、お姫様はダンスを頑張ろうか?」
と、パッと切り替えたようにそう言ってくる。
ルーカスさんの立場では言えないこともあるだろう。
私の視線を汲んだ上で、そう言ってくれたということは、多分、ルーカスさんからは事情は話せないってことなんだろうなっていうのは、直ぐに分かった。
そうして、言われたその一言に、私は一瞬だけ、言葉に詰まったあとで。
「……はい、がんばります」
と、声をあげた。
情けない感じの声になったのはだって、仕方が無い。
ダンスにおいて自分が不出来なことは自覚しているので、やる気はあるものの、どうしても気が重くなってしまう。
「そんなに、気負わなくて大丈夫だよ。
例え、失敗したとしても、お姫様の年齢だったら寧ろ微笑ましいくらいだから。
覚えてることを頭の中で意識するよりも、まずは踊るのを楽しむことから始めよっか?」
にこにこと、笑いながら此方に向かってそう声をかけてくれるルーカスさんのその一言がとてつもなく、有り難い。
「じゃぁ、とりあえず、今日はこれからマナーのテストをしたあとで。
休憩を挟んだあとに、ダンスレッスンをするという感じにしようと思ってるんだけど大丈夫かな?」
そうして、私に向かって提案してくれるルーカスさんに、私はこくりと、頷き返した。