もぞっ、とシーツの中に引きこもって身じろぎ一つすれば。
温かな誰かの手のひらが、私の睡眠を邪魔することもなく。
寧ろ、
「……あ、ごめんなさい、起こしてしまいましたか? アリス様」
そこで、目が覚めた。
「……んっ……ろーら、おはようっ」
まだ、頭がふわふわと、覚束ない感覚があって、呂律が回らず、その名前を呼んだ私に。
ローラがふわり、と笑みを溢しながら、『おはようございます』と声をかけてくれる。
「……っ、ぁ、いま、っ、なん、じ……!?」
そこで、完全に覚醒した。
がばりと、勢いよく掛かっていたブランケットを跳ねのけて上体を起こせば。
「心配しなくても大丈夫ですよ。
今日のマナーの勉強の時間は、少し遅れて始まると聞きました。
昨日、夜遅くまで話していて、姫さんを寝かせてやれなかったから、時間ぎりぎりまで、寝かしてやってほしいって、セオドアさんが」
ルーカスさんがもう来てるのでは? と、慌てて、声を出した私に。
ローラが、セオドアの真似をしながら此方に向かって声を出してくれるのを見て、私は。
【うぅ、みんなが、わたしのこと、あまやかす……っ】
と、有り難いその対応に、内心で喜んだあとで、反省するという、複雑な気持ちになりながら、ベッドから降りた。
いつものように自分が着ていた服を脱いで、ドレスに着替えてから。
ふぁ、っと。
小さく欠伸をしたあと、で……、ローラが髪の毛を
そのタイミングで、丁度入ってきてくれたエリスが、私が起きているのを見て。
部屋から出て行ったのが見えた。
多分、飲み物とかを持ってきてくれているのだと思う。
この、朝のみんなの気遣いで、至れり尽くせりの状態に、ローラは
【これは、アリス様が当たり前に受けるべき物ですからね?】
と、特別じゃないことなのだと言い聞かせてくれるのだけど。
巻き戻し前の軸は、持ち回り制でローラじゃない侍女が来てくれることも多く。
入れ代わり立ち替わりでやってくる侍女が、“自分から好んで私に仕えてくれて”、私の傍にずっと一緒にいて、何かをしてくれるっていうこと自体があまり無かったから。
誰かに何かをしてもらうという“当たり前”には、未だにまだまだ不慣れで何となく申し訳ないなぁ、っていう気持ちの方が勝ってしまう。
「アリス、目が覚めたのか?」
「あ、アル、おはよう。そういえば、みんなはもう、ご飯は食べた?」
コンコン、とノック一つして、入ってきたアルに。
朝の挨拶をしたあと、朝ご飯のことを聞く。
普段は私が朝、起きられないということ自体そんなにないことだから。
みんなで一緒に食べるけど、こういう時、私が起きるのが遅くなっても。
ご飯は先に食べてくれていていいよ、とは伝えているので多分、大丈夫かな? と、思いながら、確認の意味で聞けば。
「うむ。人間の食事は、今朝、きちんと貰ったぞ。
でも、僕のご飯はアリス、お前だからな。今の今まで、お前が起きるのを待っていたのだ」
『我慢していたのだぞ、偉いだろう?』
と、言いながら此方に近づいてくるアルの後ろから。
「オイ、アルフレッド。……どこで誰が聞いてるか分からねぇんだぞ。
誤解を招くような発言するんじゃねぇよ」
セオドアが呆れたように声を溢すのが聞こえてくる。
コツン、と自分の腕についたままの赤色のブレスレットを、アルと重ね合わせれば。
「……うむ、満足だ。やっぱり、僕にはお前が一番だな!
そういえば、森の子供たちがお前に会いたいと、酷く寂しがっていたぞ。
僕がいなくなってからの森の様子も一度見ておきたいし、そろそろ古の森に行くことを、皇帝に頼んでみて欲しいのだが」
と、アルから言葉が返ってきた。
こっちに帰ってきてからは、色々とバタバタしていて忙しく。
結局あれから一度も、古の森に行けていなかったから。
私も、そろそろ時間を見つけては行きたいなぁ、と思ってはいた。
「うん、分かった。
私も丁度行きたいなぁ、って思っていたところだったし、お父様に一度確認してみるね」
どうせ、お父様とはルーカスさんのことや、お祖父さまのことで色々と話さなければならないと思いつつ、後回しにしていたことも多かったから、丁度良い。
面会希望を出しておけば、いつかどこかで、良い日にちをお父様の方から此方に提示してくれるだろう。
「あ、そうだ。ねぇ、アル……、一つ、聞いてもいいかな?」
「うむ、突然どうしたのだ? 何かあったのか?」
丁度、今……。
エリスが不在で、アルが話しかけてくれたタイミングだったこともあり。
私は昨日借りてきた本をアルに向かって見せた。
「……あのね、この本なんだけど、何か特別な本だったり、する?」
最初は魔女のことが書かれていた筈だったのに……。
黒色の本のタイトルは今見ても、“我が国の歴史大全”と書かれているだけだ。
当然、中身をぱらぱらと、捲ってみても、ローラに見せた時と同じく白紙のまま。
でも、もしかしたら。
他の人が持っていない知識を持っているアルなら何か分かるかもしれない、と。
期待を込めて、見せてみたら。
アルはその本を手に取って、何度か、ページを捲ってみてから。
パタン、とそれを閉じて此方に向き直ったあとで。
「ふむ、これは何か“特殊な加工”が施されているな? 本自体に特別な魔力みたいなものを感じるぞ。
アリス、この本は昨日の図書館で見つけたものか?」
と、聞いてきてくれた。
「……っ! うん、昨日、図書館で。
私が見たときにそこに最初に書いてあったのは“魔女の能力”についてだったんだけど」
見ただけで、そういう物だと分かること自体が、凄いなぁ、と思いながら。
アルに、昨日私がこの本を見た時の、より詳しい情報を伝えれば。
「なるほどな。……それだけだと、なんとも言えないが。
もしかしたら、この本にかかっている加工が、特殊な場面で、見せたい人間にのみ、見えるような発動条件だったのかもしれぬ」
と、言葉が返ってくる。
「特殊な場面で見せたい人間にのみ? そんなことが可能なのか?」
「あぁ、魔女か、もしくは精霊の手助けがあったなら、そういった加工をすることも出来るだろう。
アリス、その本は暫く僕が預かっておいてもいいか? 此方で色々とその謎を調べてみよう」
そうして、セオドアの問いかけに、淀みなく答えてくれたアルが。
此方に向かってそう、提案してきてくれたのを、私は一も二も無く頷いて、お願いすることにした。
「うん、ありがとう」
「……何もない所から、本を調べただけで分かる物なのか?」
「うむ、本を調べるというよりも、本にかかっている魔力の残り香、
必ず、その一つ一つに、使用者の癖や個性が出るものだ。
そういった、加工、誰かの魔法の痕跡を解読していくのは、僕の得意分野だし。
久しぶりにクイズを解くみたいな感覚で腕が鳴る」
本を手に取ったまま、楽しそうに、口元を緩ませて。
「根本的な部分で、僕たちは世の中の法則や、原理を理解するのが好きな民族なのだ」
そう言ってくれるのを見る限り、こういうのを調べること自体、本当にアルにとっては苦じゃないことなのだろう。
どちらにせよ、有り難いことには違いないので、詳しい人にお願い出来て良かったとホッとしていたら。
「……なるほど。それで昨日アリス様が、その本を見て、あんなにも驚いていたんですね」
「うん。昨日はいきなり文字が変わったことに焦って、上手く伝えられなくてごめんね」
私たちの会話で昨日の遣り取りに納得したのか、ローラにそう言われて、私はこくりと頷きかえした。