第95話 公爵からの手紙

 お兄様の言葉を聞いて、どう言って良いのか直ぐに言葉が出ずに、一瞬静まり返った室内で。


「父上はそういった差別みたいなものは、しないとは分かっているんだがな」


 と、お兄様がぽつり、と言った一言に私は、同意するようにこくりと、頷いた。


「……そうですよね。お父様は合理的な方だから。

 此方がある程度、利用出来る存在だと示し続けることが出来れば。

 “私なんか”でも、きちんと自分の子供として扱って下さるので、お兄様だったら、きっと何も言われないと思います」


「……っ、」


 私の発言にお兄様が此方を見て、驚いたような表情へと変わる。


 その表情の意図が分からなくて首を傾げた私に、お兄様が少しだけ言いよどんだあとで。


「お前は……っ、父上がお前のことを利用出来る存在、だから、自分の子供として扱っていると、思っているのか?」


 と、聞いてくる。


「……? えっと、はい。……あの、それ以外に何か、理由があります、か?」


 お父様とは今回の軸で。


 巻き戻し前の軸とは違い、少しは関係の改善が出来たと思っているけれど。


 お父様が私を見てくれるようになったのは、私が皇族としてきちんとし始めたからだということに、他ならないだろう。


 それ以外には、理由なんてない筈なんだけど……。


 お兄様の言葉に、きょとんとする、私を……。


「……いや。……そう、だな……。

 俺たちは、根本的な部分で、どこか、歪にしか生きられない……。

 父上の感情の変化は、多分俺と似たようなものなのだと、思うが……。

 今までお前が過ごした日々を思えば、そう思うのも仕方の無いことかもしれない」


 と、私に向けてというよりは、呟かれたその言葉はどこか、自分自身で完結してしまうようなもので……。


 私には、お兄様の言葉の、その大半が理解出来なくて首を傾げた。


【お父様の感情の変化が、お兄様と似たようなもの、っていうのはどういうことなんだろう……?】


「おにい、さま……?」


「いや、何でも無い」


 私の問いかけにお兄様が此方を見て、どこか誤魔化すように困った様な表情を浮かべて、苦笑したあとで。


「……そういえば、こっちの、お前の部屋に入るのは初めてだな。

 もっと、装飾品とかが、多いのかと思っていたが、こんなにもシンプルなんだな?」


 と、問いかけてくる。 私はそれに、こくりと、頷いた。


「はい。宝石も洋服も……。

 私には身に余るので、持てる分だけ手元に置いて不要なものは全て手放したんです」


 にこり、と笑みを溢しながらそう伝えれば、お兄様は私の部屋の一角に置かれたプレゼント置き場に視線を向けた。


「……あれは? お前の部屋に置かれているにはあまりにも子供っぽすぎないか?

 ベビー用品みたいな玩具もあるのを、なんでわざわざ取って置いているんだ……?」


「あ、あれは、全て、お祖父さまからのプレゼントなんです」


 不思議そうに問いかけるお兄様に、慌てながら、補足するように言葉を出せば。


 私から、お祖父さまという単語が出た事に驚いたのだろう。


「公爵の……?」


 と、お兄様から言葉が返ってくる。


「はい。この間、初めてお祖父さまにお会いしたんですけど。

 私が生まれてから10年分のプレゼントを渡せずに持っていてくれたそうで……。

 “初めて貰えた”、心のこもったプレゼントなので、大事に飾っているんです」


「……っ、」


 お祖父さまから頂いたプレゼントの中には、もう私では着られなくなったサイズの洋服とか、小さな年齢の子供が遊ぶような玩具とかが入っていたのだけど。


 それら、全てが……。


 一個、一個、私の年齢に合わせて考えてくれたのであろうプレゼントだったので。


 私は、それを部屋にプレゼント置き場の場所を作って、見えるように可愛く飾ってみた。


 折角、お祖父さまが私のために考えて贈ってくれたものだ。


 例え、もう今の年齢の私には不要だったり、使えないものだとしても、その全てを大事に取っておきたかった。


 勿論、今年貰った、ビッグサイズの兎のぬいぐるみも、そこに可愛く置いてある。


「そうか、公爵が……」


 私の発言に、お兄様は驚いた様子だったけど、でも、どこかで納得したような表情も浮かべていた。


「渡せなかったというのは……?」


 けれど、私の発言に引っかかる所があったのか、問いかけるように此方に向かって声を出してきたお兄様に


「姫さんの、誕生日に公爵が毎年プレゼントを用意していて。

 面会出来るよう定期的に手紙を送っていたらしいんだが……、姫さんの元にはそんな手紙、一度も届いてなくて。

 当然、その面会が一度も叶ったことはなく、公爵は皇帝が姫さん宛てに送っていた手紙を止めていて、届かなかったと思ってるみたいだった」


 私が声を出すよりも早く、セオドアが私の代わりにお兄様に事情を説明してくれた。


「アンタ、何か、事情を知ってるか?」


 そうして、質問してくれるセオドアに、お兄様の表情が一気に硬いものへと変わる。


「いや……、全て初耳、だ。だが、父上が止めていたというのは、おかしな話だな。

 もしも、本当に父上が止めていたというのなら……」


「姫さん宛ての郵便の検閲が、あれほど杜撰だったことに理由がつかない」

 セオドアの一言に、お兄様が、同意するようにこくり、と頷くのが見えた。


「そうなってくると怪しいのは、アリスの郵便を検閲していた者だが……。

 分かった、此方でも少し調べてみる」


「あぁ、頼んだ」


「……いや、伝えてくれて良かった。そういうのは俺の仕事の内だからな」


 お父様に話そうと思っていたことを、思いがけずお兄様に先に話すことになってしまったけれど。


 今ここで話せて良かった、と内心で思っていたら。


 お兄様が此方をちらりと、気遣うように見てくれたあとで……。


「それより随分遅くまで、話しこむことになって悪かった。

 俺の事もそうだが、ギゼルのことも、今日は色々なことがあって、疲れただろう? こんな夜更けに言うことでもないが、休めるなら、ゆっくり休むといい。

 明日は、マナーの日だろう? ルーカスが来たら、お前の所に行く時間を少し遅らせるように伝えておいてやる」


 と私に対してそう言ってくれる。


 お兄様のその提案は、私にとっては凄く有り難くて……。


 私はお兄様に『ありがとうございます』と、声に出してお礼を伝えた。