「……ん、っ……、ぅっ、」
――朧気な意識が、段々と覚醒していく。
パチリ、と目が覚めて……。
部屋の灯りが、まだ消えていないことに気付く。
思いっきり泣いたあとで、他愛のない話をセオドアとしていた所までは覚えていた。
それから、そのまま、疲れて寝てしまったのだろう、ということまでは想像がついたのだけど。
「……セオドア、?」
隣を見れば、さっきまで傍にいたはずの、セオドアの姿がどこにもない。
【もしかして、私が眠っちゃったから、いつもみたいに部屋の外に出てくれている、のかな?】
あんなに、泣いちゃって、迷惑をかけてしまったあげく、寝落ちするなんてっ、と。
急に恥ずかしい気持ちに襲われた私は。
一度、お礼は言ったけど、改めてもう一度、セオドアにお礼を言った方がいいかな、と、そう思ったところで……。
不意に気付いた。
「……あ、れ……?」
耳を澄ましてみれば、微かにだけど、扉の先から声がする。
【誰か、いる……?】
ひとりは、セオドアだとして……。
もうひとりは、誰だろう……?
こんな夜更けに私の部屋の前に来る人、来られる人なんて本当に限られる。
だからこそ、直ぐには、それが誰なのかピンと来なかった私は、とりあえず、ベッドから降りて扉の方まで歩くことにした。
「……が、……覚えたこと、だ」
扉に近づくにつれ、その声が段々とクリアに聞こえてくる。
……誰か、セオドアじゃない、男の人の、声、?
「……まぁ、分からなくもは、ねぇよ。
第一皇子の瞳が片方義眼で、かつ、生まれた時は赤を持ってたから捨てました、なんて話、醜聞以外の何物でもねぇ、だろ?」
「……っ、!」
扉を開けて、セオドアと話しているのが誰か確認すればいいだろう、と楽観的な考えで。
ペタペタと裸足のまま、自室の扉の近くまで来た私は。
……衝撃的な事を話すセオドアのその声に、瞬間的に、ぴたり、と足を止めて、息を殺した。
【……っ、ウィリアム、おにいさまの、瞳が、義眼……?】
一体、私が寝たあとに、何が起こって、そんな話になっているのか、見当もつかなくて。
突然の話に、ただ、動揺することしか出来ない私を当然ながら置き去りにして。
セオドア、と……、傍にいる誰かの会話が続いていく。
「アンタや、アンタの近しい人間がその事実を隠すのは、理解出来る。……だが、なんで今、それを俺に教えた?」
そうして、セオドアのその言葉で。
セオドアが話しているのは、ウィリアムお兄様本人だと言うことに気が付いた。
……じゃぁ、今、ここで。
2人が話していることは、事実、なんだろうか……。
――それは、私が聞いていい、話なんだろう、か……?
【……どうしようっ?】
思いも寄らなかった突然の事態に、上手い対応の仕方が分からなくて。
どうしたら、いいんだろうっ……、と頭の中が思いっきり混乱してしまう。
【……このまま、此処にいるのは良くない、よね?】
不可抗力とはいえ、自分が今、盗み聞きをしてしまっている事は事実だ。
かといって、この場を離れるのに、音を立てない自信なんて欠片もない。
きょろきょろと室内を見渡してみたけれど、今この場所で、当然役に立ちそうなものは何もなく……。
もしも音を立ててしまったら、気付かれてしまうかもしれないと思って。
ベッドに戻ることも出来ずに、私はその場にただ立ち尽くす。
「後悔、か? それとも、隠し続けてきたことへの、罪の意識みたいなものか?」
「そんな生易しいものじゃない」
……せめて、口から息が少しでも漏れないようにと、聞こえてくる言葉に耳を傾けながら、私は自分の口を手のひらで塞いだ。
【なんの、話をしている、んだろう……?】
話の途中から、聞いたせいもあって、その大半が私にはいまいち理解出来ないような内容だったけど。
「……このことは、アリスには言わないで欲しい」
と、お兄様の口からセオドアに直接、お願いするような内容の言葉が聞こえてきて。
私はびくり、と身体を震わせた。
【……よく分からないけど、やっぱり私が聞いちゃダメな話だったの、かな?】
こうなったら後はもう、お兄様がセオドアと話を終えて去ってくれるのをここで待つしかないだろう。
2人の話し声を聞きながら、なるべくバレないようにと……。
少しでも、扉から遠ざかった方がいいと思って、ちょっとだけ動いたのが間違いだった。
かた、と……、鳴った小さな、音は……。
深夜のこの時間に鳴るには、あまりにも不自然な音で……。
瞬間、扉の先が少しだけ張り詰めたような空気になるのを、私は肌で感じていた。
【あ、っ……どうしよ、っ……隠れる、場所も、ないっ】
ドキリと心臓が高鳴って。
あたふたと困惑しているその間に、無慈悲にも扉がゆっくりと開いて行く……。
「……こんなところ、で、盗み聞きか、アリス」
そうして扉の先の、咎めるようなお兄様の冷たい視線とかち合えば。
もう、自分が良くないことをしてしまっていたのを、隠すことも出来なくて。
話を聞いてしまったことを、謝罪するしか選択肢がなかった私は。
「あ、あの……ご、ごめんなさ、っ。
眠りが浅かったのか、目が覚めてしまって、起きたら、さっきまでいてくれていたセオドアがいなくなって、て……。
扉から、微かに話し声が聞こえたのでっ……誰か、いるんだ、と思って……っ、そのっ、」
とりあえず、嘘偽りなく、今の自分に起きたことを全部話したあとで。
「……ほ、ほんとうに、聞くつもりじゃ、なかったん、ですっ」
と、声に出した。
怒られるかもしれない、という私の不安を余所に、お兄様は、一度ため息をついたあとで、呆れたような視線に変わる……。
「……落ち着け」
そうして、言われた一言に顔を上げて、お兄様を見れば。
お兄様の表情は、怒ったようなものではなく、私に向かって何て言ったらいいのか分からないような表情を浮かべて、いた。
「あ、あの……おにい、さま?」
「……どこまで、今の話を聞いていた?」
そうして、少し躊躇ったような顔をしたあとで、確認するように問いかけられて。
私は、さっきの2人の遣り取りを頭の中で思い出す。
「あ、あの……。セオドアが、お兄様の瞳が義眼、で……。
生まれた時に、赤色の瞳を、捨てた……っていう、話をしてたところ、からです」
未だ聞こえてきたその情報が直ぐには信じられないようなものだった、ため。
戸惑いながら、声を出した私の一言に、お兄様が深いため息を溢すのが見えた。
その、表情で……。
この話は、紛れもなく真実なのだと、私にも理解することが出来た。
「……お前は、怒っていないの、か?」
そうして、お兄様から降ってきた突然のその一言に私は、その言葉の意味がよく分からなくて。
「……? あの、今の話で、私がお兄様に怒るような、内容が、どこかにありました、か?」
首を横に傾げたあと、問いかけるようにお兄様を見上げた。