「どうやら、アンタとは、とことん気が合わねぇらしい」
「……先に喧嘩を売ってきたのはお前の方だろう?」
最早、見慣れた第一皇子の言い分に、口の端を吊り上げて
俺は扉を閉めてから仕方なくこの男と向き合って、ため息を溢す。
「……姫さんなら、今寝た」
多分、知りたかったのであろうことを声に出せば。
俺の言葉を聞いて、目の前の男が……。
「……そう、か」
と、どこか、安堵したような声を上げる。
普段から、あんまり動くことのないその表情からは読み取りづらいが……。
確かに浮かべた、その安心したような、顔に。
「……部屋の前に来たのにノックもしねぇし、入って来ねぇから、てっきり“全部”聞こえてんのかと思ったけどな?」
と、皮肉交じりに言葉を出せば。
「“お前”と一緒にするな。……俺は、ノクスの民ほどの聴力は持っていない」
と、返ってくる。
「……へぇ。……俺の事は全部、調べ上げられてるって訳、か」
まぁ、俺が、姫さんの護衛騎士っていう立ち位置にいる以上。
周囲からはある程度、色々と調べられることもあるだろうとは思っていたから。
そのことに関しては今さら、別に驚きもしないけど。
俺にわざわざそのことを伝えて……。
間接的に、“俺のことを調べた”と、教えてくるのは予想外だった。
「別段、隠しもしていない情報だろう? ノクスの民のことを調べればそんなもの直ぐに分かる。
お前が本当に隠しているものには、触れられすらしていない。……例えば、お前の経歴、とか、な」
「はっ、そんなもんわざわざ調べなくても、おおよその見当くらいついてんだろ。
碌でもねぇもんだよ」
そうして、言われた一言に俺は、乾いた笑みを溢す。
ご大層な経歴なんざ俺には存在しない……。
あるのは、泥にまみれたような、汚い物、ばかりだ……。
「……その、碌でもない事をして生きてきた人間が、護衛騎士とはな。
人生何があるか分かったものじゃないな?」
「あぁ、ソイツには、俺も同感、だ」
へらりと、わざと軽薄な笑みを溢せば……。
眉を寄せた、目の前の男が呆れたような顔をして俺の方を見た。
ちょっとした動作とか、そういうもので。
人が過ごしてきた年月が分かるっていうけど……。
この男はその、典型、だな。
……別に隠してもねぇんだろうけど。
どう足掻いても、俺とは全然違うくらい、節々に育ちが良いのが滲み出てる。
「で? わざわざ俺とそんな話をしにきた訳じゃねぇだろ?」
姫さんの部屋に来て、出てきた俺に動じることもなく、その場から離れようともしなかったって、ことは……。
何か、“聞きたいことがあるから”だってことくらいは、想像がつく。
「……あぁ、」
俺の言葉に、一言、そう言って……。
言葉を句切ったあと、どこか、言いにくそうにする目の前の男が。
一度、俺から、視線を逸らしてから……。
「……アイツは、……アリスは、いつも、こう、なのか?」
「……あ?」
「……あんな風に、
と、声を、出してくる。
【何が、“ノクスの民ほどの聴力は持っていない”、だよ】
――肝心なとこは全部、ばっちり、聞こえてんじゃねぇか。
俺は、目の前の男のその言葉に、ひとつ、ため息を溢して。
眉を寄せたあと、顔をしかめた。
「……いや。泣いたってことが奇跡に近い」
コイツにこんなこと、教えてやる義理なんて一切俺にはないけど。
……それでも、姫さんのことを思うと、嘘をつく気にもならなかった。
「……っ、」
俺の一言に、息を呑んで、驚いたような表情をする目の前の男に。
【……何も知らないでのうのうと、暮らしてきたのはお前等の方じゃねぇのか】
と、責めるように、暴言を吐きたくなる……。
この男だけじゃない……。
俺は、姫さん以外の皇族を、誰一人として、許せないっ。
それでも、その言葉を吐いた瞬間、
それに、俺は姫さんの傍にいるから姫さんの事情はよく分かっているけど、コイツらの事情には詳しくない……。
その時点で、自分の視点がフラットじゃないって事は、自覚している。
「状況は、アンタが思うよりも、ずっと酷いもんだよ。
……アンタ、知ってるか? 姫さんがずっと独りで過ごしてきたこと」
それでも、言いたいことは言わせて貰うけどな。
俺自身、姫さんに肩入れしてるってのは勿論あるけど。
それでも、姫さんがずっと過ごしてきた日々のことを思えば、口に出して言いたくも、なる。
誰も、味方じゃなかったんだ。
……侍女さん、以外は、本当に誰も……。
「……姫さんが、“誰にも”、愛されずに、育ってきた、ってこと」
俺の発言を聞いて、目の前の男の表情がほんの少し揺らぐのが見えた。
「……いや。俺は、アイツのことを“敢えて”避けて過ごしてきた。
それこそ、なるべく、見ないように、して……」
「……っ、そうかよ? それで、今、後悔してます、ってか?」
「……俺に、後悔する権利なんて、どこにもない。
アイツが過ごしてきたその人生は……、本来は、
「……どういう、意味だ?」
言っている意味が分からなくて、問いかければ。
唇を少しだけ歪めたあとで……。
いとも簡単に、目の前の男は、自分の金の片目を、手に取って俺に見せてくる。
「……っ、オイ、アンタ、何やってんだっ……、」
突然のことに、何が起きてんのか直ぐには把握出来なくてギョッとして、声を荒げれば。
「勘違いするな。……
「……なっ、……っ!」
返ってきたその言葉に、ただ驚くしか無い。
「ずっと、世間を欺き続けて、騙して過ごしてきたんだよ。
誰も彼も。アリスのっ、アイツの、ことも……」
「……っ、」
そうして、表情を一変させた俺に、自嘲するように片目だけ
「俺と、アイツは、“本当は”……映し鏡だった。
一歩何かが入れ違えば、俺とアイツの人生は、真逆のもの、だったのかもしれない。
それでも、俺は、ずっと……興味を持たないフリをしてっ……。
アイツに手を差し伸べることもせずに、生きてきた……」
――
ぽつり、と、一言。
そう、声に出した、“金色”の片目で俺を見てくるその男は……。
どこか、悲痛めいたような表情を、浮かべていた。