それから、先生の質問に答えつつ、みんなと一緒に勉強をしたあとで、キリの良いタイミングで、先生がそう言ったところで時間を確認すれば、気付けば自分が思った以上に、あっという間に時間が過ぎていた。
巻き戻し前の軸で勉強していた時よりもずっと、濃密な時間が過ごせたことに内心でホッとしながら、此方に向かって笑みを溢した先生にお礼を言って、扉の前まで、見送れば……。
「そうだ、皇女様。
気が向いたらで構いませんが、王立図書館に足を運んでみてはどうでしょうか? 本は知識の宝庫ですからね。きっと、様々な勉強に役立つと思いますよ」
と、先生がアドバイスをしてくれる。
王立図書館は、城の敷地内にあるもので、私も足を運べば行ける場所にある。
──図書館かぁ……。
……確かに先生の言うように色々と勉強に役立つ本があるかもしれない。
それに、私だけじゃなくて、私が借りるという体を装えば、私の周囲にいるみんなも読みたい本が見つかるかもしれないし。
特にアルは、本を読むのとか、好きそうだから、日々を王宮で過ごす間の暇つぶしにでもなるだろうし、一度行ってみるのは、良いアイディアかも。
まだ、もう少し、夜になるまでには時間があるから、早速、これから行くのもいいかもしれないなぁ、とぼんやりと頭の中で考えたあと。
「ありがとうございます。折角なので、早速今日これから、足を運んでみますね」
ぺこり、とお辞儀を一つして、お礼を言えば、先生はやっぱり、凶悪な表情を顔に浮かべて、いえいえ、と笑いかけてくる。
段々、慣れてきたその姿に、事前にお兄様に、先生が、いい人だということを聞いていて本当に良かった、と内心で思いつつ、私は、今度こそ、先生を見送った。
それから、アルが本を読むのに興味があるだろうからと……。
「もし良かったら、先生が勧めてくれたことだし、これから皇宮の中にある図書館に行ってみる?」
と、声をかければ、一も二もなくアルが……。
「人間の作った書物が見れるというのなら、こんなにも嬉しいことはない。知識というのは何も代えがたい財産だからな」
と、目を輝かせながら、早く行きたいとばかりに力強く頷き返してくれた。
そうして、そんなにも興味があったなら、もっと早くに来れば良かったなと感じつつ、アルに喜んでもらえたら嬉しいなと思いながら、私は、みんなと一緒に足を伸ばして、図書館に行くことにした。
巻き戻し前の軸では、ほんの少しでもお父様やお兄様達といった家族に私の方を見てもらいたくて、魔女の能力が、もしも手に入ったら、こっちを向いてくれるのではないかと、一生懸命に魔女のことについて調べるために足繁く通っていたことがあるから、場所自体に関しては、特に迷うこともない。
普段は、仕事のために利用している人達などもいることから、皇宮の中でも幾つかある棟の中で、中央の政治を担っている官僚などといった人達が仕事をしている棟にあるその場所へと向かえば、今日は、あまり誰も利用していないのか、珍しく、皇宮の廊下も閑散としていて、図書館の中はいつも以上に静かな雰囲気だったから、もしかしたら司書として仕事に就いている皇宮仕え以外は誰もいないのかもしれない。
私自身、時間を巻き戻したあとに来たのは、これが初めてのことだったし。
あまりにも久しぶりのことで、妙に緊張しながら図書館の扉を開ければ、皇宮にある図書館らしく煌びやかに金の装飾が施された壁が白を基調にしていることで、部屋全体が明るい雰囲気を持っていて、部屋の天井には漆喰が塗られ、水溶性の顔料を使った天使をモチーフにしたフレスコ画が描かれており。
一歩足を踏み入れれば、見渡す限り、本、本、本、といった感じで国内で集められた沢山の書物がぎっしりと隙間なく棚の中に区分別に整理されて置かれていた。
「うむ。……これは、凄いな。
こんなにも、本が沢山存在する場所があるとはな。僕が昔、森から出て外界の人間と交流した時は、紙というだけで高価なもので、パピルス製の紙や、羊や子牛などの皮を乾燥して作られる
「ああ、本当に凄いな。
俺も、一応、読み書きは出来るものの、こういった図書館などは、特に高位貴族などといった限られた人間しか来れない場所だから、生まれて初めて、こんなにも、沢山の書物を見たかもしれない」
そうして、アルとセオドアが、図書館の中を見て、そう言ってくれたことで……。
「うん、本当に沢山の本があるよねっ。
初めて来た人は、絶対に驚いてしまうような場所なのっ!
二人が沢山の書物を見て凄いと思ってくれているのなら来た甲斐があったなっ。
皇宮の図書館だから、貴重な資料とかも置いてあったと思うよ」
と、私自身、巻き戻し前の軸の時には、頻繁に通い詰めていたけれど、こんなふうに誰かと一緒に来ること自体が初めてのことだったから、純粋に、セオドアとアルが驚いてくれることで、二人のことを図書館に案内することが出来て、嬉しい気持ちに包まれてくる。
(一人で来る時は、本当に、誰も味方じゃなくて、追い込まれた状況でピリピリしてしまっていたから味気なかったけど、こうして誰かと一緒に来られるだけでも、凄く楽しいし、全然違うものなんだな)
「セオドアや、ローラ、エリスとかは見たい本とかはないのかな? もしあるんだったら、私が一緒に借りるようにするから遠慮しないで言ってね」
そうして図書館に足を踏み入れた瞬間、こっちの軸では初めて来るということもあって、私の姿を見て、あまりにも珍しい客人に目を見開いて驚きの表情を浮かべながらも、慌てた様子で会釈をしてくれた司書の目を盗んで、こそっと、ここまでついてきてくれたアル以外の従者の面々に、私に言ってくれれば借りれるから気兼ねなく言って欲しいと張り切って伝えると。
『姫さんは本当に優しいな』と言わんばかりに此方に感謝するように視線を向けてくれたセオドアと、目を丸くして驚いた様子のエリスに、更に……。
「アリス様、私達にまで配慮してくださって、本当にありがとうございます」
と、本当に嬉しそうな表情で、此方に向かって笑いかけてくれたローラが……。
「では、読みたい本があれば、遠慮なく、アリス様に声をかけさせて貰いますね! アリス様にもお勧め出来る本があれば、折角なので、そういったものも借りたいなと思っているんです」
と、悪戯っ子のような表情で、そう言ってきてくれる。
そのあと……。
「アリス、こんなにも、人間が生きてきた古い歴史や、人間の観点から見た哲学や思考などといった知識や学術的な文献に触れることが出来るだなんて、それだけで本当に素晴らしいことだなっ!
時代の流れと共に、どのように思考が変化していったのか凄く興味深くてたまらないのだがっ!
僕も好きな本を見てまわってもいいか?」
と、目をキラキラと輝かせたアルに、食い気味にそう言われたことで、私はアルが喜んでくれているのを見て、まるで自分のことのように嬉しい気持ちになりながら……。
「うん。行ってらっしゃい。アルは多分、
と声をかける。
「うむ、そうなのかっ!
ありがとう。早速、行ってくるっ!」
そうして、私に向かって声を出した瞬間にはもう、ワクワクと心を踊らせた様子で、私に背を向けて、文献資料などが書かれた本が置かれている棚の方へと向かっていったアルの後ろ姿を見送って、アルがこんなにも喜んでくれるなら『やっぱり、もっと早くに図書館の存在をアルに伝えてあげるべきだったなぁ』と感じながら、私自身も、色々と書物を見て回ることにした。
巻き戻し前の軸の時は、皇宮の管理するこんなにも大きな規模の図書館だというのに、あまりにも少なく、殆ど研究も進んでいない魔女に関連するような資料や、それに付随して、嘘か本当かも分からないような眉唾物の情報が書かれているようなものなどといったものしか見てこなかったこともあり。
別の場所の書物に関しては、行ったことがある場所も勿論あるものの、それほど読んだことがなかったから、色々なところを見て回りたいなとは思っていたりもするんだけど。
ただ、今日は授業で習ったこととして、先生に教えて貰った歴史だとか、世の中の情勢をもっと知ったりするのに、世界史とかが書かれているような本を探した方がいいだろうなということで、私はひとまず何度か行ったことのある歴史書のコーナーへと向かうことにした。
棚を見れば、歴史書や、児童書などといった大きなジャンルだけではなく、どんな本がそこに置いてあるのか、歴史書の中でも、しっかりと細分化されるように分類されていて、司書の人に聞かなくても、私にも分かりやすく本が探せるようになっていた。
(世界史、大陸の全て……。あ、魔女の、歴史……?)
そうして、一つだけ、世界史や、国内の歴史について書かれている本が並ぶ中『魔女の歴史』という、黒色の本に興味をひかれて、それに手を伸ばす。
こんな本、巻き戻し前の軸では見つけなかったと思うけど、歴史関連の棚には、あまり来ていなかったから単純に私が見落としてしまっていただけかもしれない。
表紙にはタイトル以外、何も書かれていないその本を、ぱらり、ぱらり、と捲ってみれば。
『未来を予知する能力』
『身の回りの小さな物を植物に変える能力』
などなど、本当にあるのかどうか定かではないようなものも含めて『魔女の能力』についてもの凄く詳細に書かれていてびっくりする。
(こんな本がどうしてここに、そのまま無防備に置かれてるんだろう?)
──魔女に関係する本が置いてある棚は、別の場所に纏められているはずなのに。
そう思いながら、ペラペラとページを捲り、本を読み進めていると、そこに書かれていた説明文に私はハッとしてしまった。
『時を操るこ との出来る能力』
(私の能力、だ)
直ぐに、そこに書かれているものが自分の能力であることが分かって、私は、ドキドキとしながら、その内容に目を走らせて続きを読み進めていく。
『未来、現在、過去の全てに関して、時間を操ることの出来る魔女の能力。周囲の時間の流れを操るだけではなく、その範囲を狭めれば、一個人の時間を調整することも、可能である』
そうして、集中して、その本に視線を落とし、無我夢中で読み耽っていると……。
「アリス様、真剣に本を読んでいる最中、申し訳ありません」
「……っ!」
と、そこまで、自分の能力について読み進めたところで、不意に声をかけられてしまったことで、びくりと身体が震えてしまった。
振り向けば、ローラが、此方をみて。
「ごめんなさい、突然話しかけたので驚かせてしまいましたね」
と、どこまでも申し訳なさそうな表情を浮かべながら、私に向かって声をかけてくれた。
かけられたその言葉に、何も悪いことなどはしていないのに私は心臓がバクバクするような気持ちを抱きながらも、『ううん、大丈夫だよ。どうしたの?』と首を横に振ったあとで、問いかける。
「その、もし良かったら歴史なんかの勉強のための書物だけじゃなくて、恋愛小説とかそういった娯楽のような本も選んでみたらどうかと思いまして……」
そうして、気遣いでそう言ってくれたのだろう。
此方に向かって、私のことを思ってくれるように、そう提案してくれたローラに、私はこくりと頷き返した。
「うん、そうだね。ありがとう。折角、ローラが勧めてくれたから、そういうのも、あとで見てみようかなっ!
あ、それでね、ローラ。あの、この本なんだけど、私、さっきここで見つけちゃって……」
そうして、おずおずと、ローラに向かって、魔女の能力について詳しく書かれた本だなんて今までには見たことがなかったから、きっと凄く価値のある本なんだと思うという意味で、本の表紙を見せながら、この本についてどう思うか問いかけたくて、声をかければ。
「そちら、
アリス様が勉強のために歴史書などを見ていると知ったらきっと今日来て下さった家庭教師の先生もとっても嬉しいでしょうねっ!
それにしても我が国の歴史大全だなんて、なんだか凄く仰々しいタイトルですけど、その本がどうかされましたか?」
と、ローラから、あり得ない言葉が返ってきたことで、私は驚いて固まってしまった。
「……え?」
「アリス様?」
――一体、どうされましたかっ?
それから、私が驚きに目を見開いて固まってしまったことで、ローラからどうしたのかと問いかけられて、改めて、ローラが見ている表紙を見返してみようと、タイトルを見直せば、黒色の本のタイトルは、何故か、ローラの言う通り『我が国の歴史大全』というものに変わってしまっていた。
(え? どうしてっ? だって、さっきは、確かにっ!)
そのことに戸惑いながら、あたふたと慌てて、ぺらりと本のページを捲って内容を読み返してみれば、さきほどまで、見えていた筈の、『魔女』に関する記述については、その一切が消えてしまっていて、中身は、何も書かれていないような、『白紙のノート』になってしまっていた。
「……??」
本を見ながら混乱し、私がひたすら、ビックリしてしまっているのを見て、ローラ自身も私の様子が変なことに気付いてくれて『アリス様、一体どうされました?』と声をかけてくれたあと、私の横にしゃがみ込んでくれて一緒に本の中身を確認してくれたんだけど。
「……っ! まさか、こんな本が皇宮の図書館にあるだなんてっ!
此方の本は、何も書かれずにこの図書館に置かれることになったんでしょうか?
皇宮に来ることになった際、一度、司書が目を通すはずですけど、どうして、本にもなっていないようなものがこの場所にっ?」
と、本の中身を確認してくれたローラにも、やっぱり、私と同様にその中身については見えていないみたいで……。
困ったようにそう言われて、私もどう答えていいのか分からずに、咄嗟に魔女の能力について書かれていたことについては、私自身が魔女だと知らないエリスだってこの場所にいるし。
司書もいることから、あまりこういったことについては言わない方が良いだろうなと感じて『私にもよく分からないんだけど……』と曖昧な返事を返すしか出来なかった。
(さっきは、確かに魔女の能力について載っていた筈なのに)
――もしかして、そっちの方が私の見間違いだったのだろうか?
頭の中が混乱してしまいそうになりながらも、それでも、さっき書かれていた内容が、私の中にそっと浮かんでくる。
今まで、私は自分の能力が『時間を巻き戻す』ことしか出来ないと思っていたけれど。
あの記述が、もしも本当だとするならば、現在という記述に関しては今ひとつよく分からないけれど、私は、未来へと時を進めることも出来るということだろうか。
それに、この世界全体に干渉するように周囲の時を操るだけじゃなく、一個人の時までも操ることが出来るだなんて。
もしも、そんなことが可能ならば、誰かを大人にしたり、子どもにしたり、年齢を操作することだって、やろうと思えば出来るということになってしまうだろう。
(その能力自体を、どう扱えばいいのか。パッと直ぐには使い道が浮かんでこないけれど)
だけど、私自身が悪いことに使用したりすることは絶対にないけれど、どちらにしても、使い方によっては、本当に、人の人生を左右してしまいかねないほどの能力なことだけは、確かだった。
そうして、私は、何度、見直しててみても、白紙のままのその本を、一応、司書に伝えて借し出してもらうことにした。
今の私が分からないだけで、何かしらの細工がされていて、もしかしたら、時間が経てばまた魔女についての記述が浮かび上がってくるかもしれないし。
魔女について書かれた本については、それが嘘の内容のものであれ、本当の内容であれ、貴重なものであることには代わりがない。
特に、魔女の能力について書かれた本だなんて、誰しもが手にしておきたいと思うような代物であることだけは確かで……。
だからこそ、万が一、この本が誰かの手に渡ってしまったらと思うと、あとあと問題になってしまう可能性もあるし、この本の存在を把握していてそのままにしているのなら別に構わないんだけど、もしも、お父様がこの本の存在を知らなかったとすれば、もしかしたら、この本が公になった時に、何かを言われてしまう可能性だってある。
そうなる前に、事前に対策を取って、一度、お父様に、きちんと、この本の相談はしておいた方がいいんだろうなと感じて、私はちょっとだけため息を溢してしまった。
それと同時に、今後の勉強のために歴史書として良さそうな本に関しても幾つか慎重に選んだ上で数冊手に取った私は、さっき、ローラがお勧めしてくれた、恋愛小説とか、娯楽になるような本も見に行ってみようと、違うジャンルが置かれた棚の方へと歩き出した。