「そ、そんな大事なことをっ……。
私のためにサラッと決めてしまわれて、本当に良かったのです、か……?」
「ううん。違うよ、エリスのためじゃなくて、これは“私のため”だから」
おどおどと、此方に向かって恐縮しっぱなしのエリスに。
あくまで、この話は私のためにそうするのだという体を一切崩さずに喋れば。
暫く、狼狽したような表情を見せたあとで、エリスが……。
「……あ、あの、ありっ……いえ、“かしこまりました”」
と声をあげて深々とお辞儀してくる。
感謝の言葉を言いかけて、そもそも“感謝する必要”のないものだと私が言ったから、その意図を汲んでくれたのだろうけど……。
私に向かってお辞儀をしてしまったら、それはもう、“ありがとう”ってお礼を言ってしまっているような物だなぁ、と思って。
エリスのその、あまりにも不器用な態度がなんだか微笑ましい。
お辞儀なんて、そんなかしこまったこと、わざわざしなくても良いのに、と思いながらも。
「……それより、エリスはお
このままだと、いつまでもこんなにも、仰々しい態度を崩してくれないだろうと思った私は。
折角、エリスのことを知るいい機会だから、と……。
さっきエリスが言っていた言葉で、気になったことを聞いてみた。
「あ、はい……。そのっ、父が騙されて知り合いの連帯保証人になってしまって。
家に莫大な、借金があるんです……。本当、人が良いのだけが取り柄のような父で。
……なので、その、侍女の仕事についた、私の給料をほぼ家に回してなんとかなりたっているような感じで」
「えっ、あっ……。ご、ごめんね、そんな感じだったとは、知らなくて……」
貧乏とかそういうレベルじゃなくて。
思いの他、とっても苦労人だったエリスの家庭の事情に、不躾にずかずかと聞いて良い話じゃなかった、と……。
慌てて謝罪すれば。
「……いえ、大丈夫です」
と、私の謝罪をエリスが流してくれる。
「……それって、返済の目処はたってる、の?」
「……はい。なんとかこのまま、ずっと私が侍女の仕事を続けられれば、何年かかるかは分かりませんが。
とりあえず、毎月の返済は利子がついても赤字にはなっていないので、少しずつでも返していけると思います」
そうしてエリスから返ってきたその言葉に、私は複雑な気持ちになる。
皇族の侍女は、一般から募集ではなく、基本的には貴族から奉公にやってくる人の方が圧倒的に多い。
だからこそ、一般的な貴族の侍女よりは勿論、皇族の侍女というだけで他より給料は多いとは思う。
でも……。
エリスの言っている“莫大”な借金がどれほどの金額か分からないから、なんとも言えないけど。
“何年かかるか分からない”と言っている時点で、皇族の侍女という役職に就いていながらも、かなりの年数がかかってしまうのだろう。
それはきっと、凄く大変なことだ。
それが、まだ。
成人したばかりくらいの年齢のエリスの肩に、全部のしかかっているのだと思うと。
なんとも言えない気持ちになる。
もう少しお給料を上げてあげられればいいんだろうけど、私にそれを決める権利なんて無いし……。
そこまで、考えて、不意に思い出した。
【そういえば、これからあと何年かして。
初めての女性官僚が誕生して話題になってたことがあった、な】
官僚といえば、我が国では、地方の貴族から上げられる報告書などを見てきちんと運営がなされているかどうかなどのチェックをしたり。
お父様が決められたある程度の法に基づいて、行政の仕事を一部任されていたりする職業だ。
基本的に男の人ばかりの、宮廷の官僚の中で。
初めて、我が国で行われていた試験に女性が合格して、受かったという話は。
歴史的な快挙として、その当時話題になったことがあるからよく覚えていた。
【古い考えで、男の人しかなれないものだと……】
みんな、その時まで思い込んでいたけれど。
今の時点でも、“女の人”がその試験を受けちゃいけないという決まりなんてものはどこにもない。
だから、エリスも。
今から勉強して頑張れば、官僚になれる可能性だってあるんじゃないだろうか。
そうなったら、きっと“侍女”の仕事をしているよりも、もっと何倍も、お給料が出るだろう。
「ねぇ、エリス。もしも、嫌じゃなかったら、私の勉強を手伝うついでに官僚を目指してみない?」
私の発言に、エリスが驚いたような顔をして、固まってしまった。
……それどころじゃなくて、アル以外のその場にいた人間は、みんなその場で驚いている。
――無理もないと思う。
この時期では、まだ……。
みんなの頭の中にも、女性が官僚になる道があるだなんて、きっと突飛すぎる考えだろうから。
でも、あと何年か経てば、女性が官僚に“絶対”になることが出来る時代が来る。
それが“スタンダード”になるまでは、少し時間がかかるかもしれないけど。
「……え、っと。私、が……、官僚、ですか? そ、それは、文官の仕事をするとか、そういう意味、でのっ?」
「うん、そうだよ」
だから、私は自信満々に、にこりと笑みを溢して。
戸惑う、エリスのその言葉を肯定する。
「だって、規約には、女性が官僚になる試験を受けちゃいけないなんてどこにも書いてないでしょう?
だったら、別に試験を受けてもいいんだよ」
「……あ。で、でも、それは……。誰もなる人がいないから、当然の、ことで……」
「いや。……皇女様の言う通りだ」
私の発言に、どうしていいのか分からなくて迷いを見せるエリスがそう言ったあと。
意外にも、そのエリスの言葉を否定したのは、先生だった。
「……皇女様、それはとても斬新なっ、いえ、革新的な考えですっ。
今まではそういう風に思う人がいなかったというだけで、女性がそういう仕事に就くことが“出来ない”と決まっている訳じゃないっ!」
興奮気味に、私の手を取って、『あぁ、なんで気付かなかったんだっ!』と、勢いあまって……。
「目から鱗が落ちる思いですっ!」
と、私の両手を上下にブンブンと振り回す先生に……。
“自分自身”の考えじゃ無い分、ほんの少しの申し訳なさを感じながら。
私は、『それなら、良かった、です』と、こくり、と小さく頷きかえした。
「侍女の仕事より、官僚のお仕事をする方が何倍もお給料がいいでしょう?
エリスも勉強自体が嫌いな訳じゃなくて、此方を盗み見するくらいには、学ぶ姿勢があるくらいだから。
そういう、仕事も向いているんじゃないかなって、思って」
あくまで、本人の意思が大事なことは私だって分かってるから。
別に強制するような物では無いから、嫌だったら断ってくれてもいいんだよ。
という、ニュアンスで伝えれば。
暫くその言葉の意味を頭の中で、考え込んだあとで……。
「……っ、こうじょ、さま……っ」
何故か、もの凄く感動したような視線で見られてしまった。
「あ、あのっ、皇族の勉強を無料で受けられるだけではなく……。
そのような、提案までして頂けるなん、て……。本当に、何てお礼を言ったらいいか。……あ、ありがとうございます」
「……ううん。私は何もしてないから、お礼を言われるようなことじゃっ……。
それに、これからあとは、エリスの頑張り次第、だから」
そこまでしか、自分にはしてあげられないから。
あとは、本当にエリスの頑張り次第という言葉に嘘偽りはないのだけど。
「……いえっ。そ、そのっ……いつも優しくして下さり本当にありがとうございます。
私、……あの、っ……その、っ、テレーゼ様、の……」
「うん? テレーゼ様?」
感極まったような声を出したあとで、テレーゼ様の名前を出したあと。
一度口ごもった、エリスは……。
「……いえ。 テレーゼ様の侍女から……。
こうして、皇女様の侍女として仕えさせて頂いたこと、本当に感謝しています」
躊躇った表情を此方に見せたあと、暫くしてから、そう、私に向かって声を出してくる。
「……あ、うん。それなんだけど、本当にごめんね。
私と年齢が近いからっていうだけで、白羽の矢が立ったって聞いたよ。
本当なら、テレーゼ様の侍女でいた方が名誉のあることだったのに……」
タイミングよく、エリスがそう言ってくれたので。
私は特に何も考えることなく、ずっと、エリスに対して申し訳ないなぁ、と思っていたことを謝罪することにした。
けれど、私のその発言を聞いて、エリスがもの凄くなんとも言えないような表情を浮かべていることに気付いて。
その表情の意味が分からなくて、私は首を傾げた。
「……エリス、?」
「……いえっ、そのっ、何でもありません。
あ、あのっ、私は皇女様の侍女としてお仕え出来て、幸せ、です……。本当に、いつも、私には勿体ないほどに、優しくして頂けて……」
「そうかな? ……そう言って貰えたなら良かった」
そうして、次いでエリスからかけられた言葉に、私は内心で安堵する。
何かあるのかな、と思ったけど、私の気のせいだったみたい。
一先ず、私に向かってエリスがそう言ってくれたということは。
少しでも、私がエリスの力になれたということだろう。
いつも、柔らかい口調を心がけて話してみる度になんだか、硬い表情を浮かべていた気がするし。
こうして傍について、侍女の仕事をしてくれて、一緒に過ごす間は、ちょっとでも仲良くなれたらなぁ、と思っていたから。
ほんの少しでもエリスとの距離が縮まったようで、嬉しくて、私はふわりと笑みを溢した。