朝、目が覚めてすぐに通知を確認したけど、侑希からは何も来ていなかった。当たり前だ。昨日はあんな最低な別れ方をしたんだから。
結構眠ったのに、全然スッキリしていない。むしろ、昨日の後悔が大きくなって押し寄せてきていた。
[昨日はごめん]
急いで送ったLINEに既読がついたのは、次の日になってからだった。
[大丈夫]
たった一言だけ、そう返信が来た。十分冷静になった頭で、すぐに返信を打ち込む。
[侑希、ちゃんと謝りたいから。今日会えない?]
[ごめん。今は会いたくない]
頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。侑希にここまではっきりと拒絶された事は今までなかった。
スマホを放って目をつぶる。今は、何も考えたくない。
最初は何とか許してもらおうと頻繁にLINEをしていたが、返信が来るのは数日後。しかも全部そっけない一言だけ。日にちが経てば経つほど、私はLINEを送れなくなっていった。
そして夏休みが終わる頃には、スターセーバーの仕事がまた忙しくなり始め、時間の余裕がなくなってきたこともあって、2人のLINEは完全に止まってしまった。
あの日から2週間後、永遠のように感じた夏休みがやっと明けた。もしかしたら、侑希と喋るチャンスがあるかもしれない。そう思って彼女のことを目で追っていたが、学校ですれ違っても侑希はこちらと目を合わそうともしない。
そもそも、私がほとんど学校に行ってないのもあって会えることが少ないのに、向こうから拒絶されたら、私が出来ることは何一つない。
珍しく仕事が入ってなかった放課後。もしかしたら会えるかもしれないと、侑希のクラスを覗いたが、彼女の姿はもうなかった。
そのまま家に帰る気にもなれなくて、久しぶりに図書館に寄った。入り口近くでオススメと書かれていた本を適当に取って、窓際の席に座る。この分厚い本を読む気なんて全くないけど、とりあえず広げて机の上に置いた。
もう、何度目かわからないため息が出る。
全部自分のせいだ。このまま、卒業までずっと距離を置かれるんだろうか。せっかくここまで仲良くなれたのに、初めて、何よりも大切にしたいって思えた人だったのに。自分の言動で、深く傷つけてしまった。
頬杖をついて落ち込んでいた時、ふと顔を横に向けると、見覚えのある後ろ姿が目に入った。侑希だ。
反射的に私は席を立った。図書館の中なので流石に走る事は出来ず、なるべく早歩きで追いかける。
彼女も私に気づいたのか、明らかにさっきよりペースを上げて逃げるように図書館を出た。
「ちょっと、あなた」
私も追いかけて出ようとしたところで、司書の人に声をかけられる。
「な、なんですか」
「その本、借りるの?」
「え?あ、これっすか」
さっきの本をそのまま持ってきてしまったらしい。
「か、借りないです!」
「なら、元の場所に戻しといてね」
優しく微笑まれて、苦笑いしながら本が置いてあったところまで戻った。本を戻して図書館を出ると、侑希の姿は見えなくなっていた。
侑希はそこまで体力ないし、足だってお世辞にも速いとはいえない。今から玄関まで走れば、きっと間に合うだろう。そう思って私は階段を駆け降りた。
「はぁ、はぁ…。いない、か」
間に合うと思っていたのに、玄関に人の気配は無かった。校舎の外に出て、駅に向かう帰り道の方も確認したが、侑希の姿は見えなかった。
変だ。この短時間で私を巻けるほど、彼女の足が速いとは思えない。下駄箱に侑希の靴は無かったから、外には出てるんだろうけど…。
そのままいつもの帰り道を走っていく。まっすぐ行けばいつものように駅に繋がる道だが、その途中、横に逸れると体育館の裏に続く道がある。可能性は低いけどもしかすると…。
ゆっくりとなるべく音を立てないように足を進めていく。ぴょこっと角のところで顔を出すと、すぐ近くで侑希が蹲ってるのが見えた。
私に気づいた侑希はハッとして顔を上げた。でも、もう逃げられないと悟ったのか、その場から動こうとはしなかった。
「こんなとこでなにしてんのさ」
「……」
返事をしてくれない侑希。また顔を下げてしまったので、私はその前にしゃがんで、なんとか彼女と目線を合わせようとした。
「侑希ってば」
「……」
「おい、無視すんなよ…」
「なに?」
強気な声とは裏腹に、覗き込んだ目には、溢れそうなくらいいっぱいに涙が溜まっていた。思わずその体を引き寄せてギュッと抱きしめた。
「離して」
そう言う割には全く抵抗しない侑希。そんな彼女の様子に、少しだけ安心した。
「侑希、ごめん」
「……」
「私のこと、嫌いになっちゃった?」
私の問いかけに侑希はふるふると首を横に振った。抱きしめたまま何度も謝ると、彼女はようやく、ゆっくりと私の腰に腕を回してくれた。
侑希が落ち着いてきたので、少し歩いた所にある公園に2人で入って、ベンチに並んで腰を下ろした。
「泣き止んだ?」
私がそう聞くと、侑希はプイッと顔を逸らした。
「ぐすっ、凛のせいだもんっ」
「ごめんよ、ほんとに。ほら、もう泣かないで」
ほっぺに手を当てて、親指で目元を拭ってやる。こんなに泣いたら侑希の可愛い目が腫れちゃいそうだな、と申し訳なくなった。
「もう、嫌われちゃったかと思った」
「こんなことで嫌いにならないけど、なんかあったならすぐ言って欲しかった」
「うん、ごめん。今度からはそうする」
「冷たくされて、傷ついた」
「ごめん。もう絶対、あんなふうに八つ当たりしたりしないから」
「追いかけてくれなかった」
「ごめんね、すぐ追いかければ良かった」
「それと…」
「それと?」
「ずっと…会いたかった」
「ふふっ。うん、私も。寂しかったよ」
また、何度目か分からないハグをする。これじゃバカップルと何も変わらない。付き合ってないんだけど。
侑希のサラサラな髪の毛に指を通しながら、久しぶりにおしゃべりをする。
「どう?勉強は。いい感じ?」
「んー、まぁまぁって感じ。模試の判定はそこまで悪く無かったけど、何があるか分からないから安心はできないわ」
「そっか。塾は大変?」
「うん、夜遅くまであるから。でも、あと半年頑張ったら大学生になれるんだって考えたら、ちょっとワクワクするかも」
「うんうん。一人暮らしで寂しくなったって、泣かないでね笑」
「もうっ。そんなことで泣かないわよ。凛はどうなの?やっぱりまだ忙しい?」
「んー、ライブ終わってちょっと落ち着いたかな。次のライブはクリスマスだから、それまでは割とスケジュール空いてるよ」
「高3はあっという間ね。時間が過ぎるのが早すぎるわ」
「うん。来月は運動会と文化祭もあるし、卒業まで頑張らなきゃね」
2人で話し込んで、暗くなってきた頃にようやく私たちはベンチを立った。
その日は久しぶりにぐっすり眠れた。