高校生活最後の運動会と文化祭が、来週に迫っていた。
うちの学校では、1日目が運動会、2日目は文化祭と、2日連続で行われる。文化祭は毎年友達と適当に回るし、サボろうと思えばサボれるから全然苦じゃないのだが、運動会はそうは行かない。徒競走は絶対に出ないといけないし、今年はクジで負けて、綱引きにも出ることになってしまった。
足が遅い私は、走る競技は最下位以外とったことがないから、できれば運動会自体、行きたくないんだけど…。
「運動会、リレー出るから応援してね」
金曜日、たまたまお互いの予定が空いて寝る前に少しだけ通話をしていると、不意に凛がそんな事を言ってきた。
「え、リレー出るの?」
「うん。なんか、50m走の記録で上から順に取っていくことになって、選ばれちゃったんだよね」
「すごいわね。流石、現役アイドル」
「やめてよ。そんなに速くないから」
「私よりは速いじゃん」
「ふはっ、それはそうかも」
「さいてー」
「ごめんごめん、冗談だって。で、本番応援してくれる?」
「私がしたって、どうせ聞こえないもん」
「それでもいいの」
「変なの。まぁ、応援くらいならしてあげるわ」
「ふふっ、嬉しい。侑希のために頑張るね」
私のため、か。悪くない響きに、ほっぺが熱くなるのを感じた。
そうして迎えた二日目の運動会。
全力で走ったものの、いつものように徒競争は最下位だった。私の少し後に走った凛は、最初にちょっとつまずいたくせに、どんどん周りを抜かしていって堂々の一位。クラスが違うから普段は見られない体操服姿もあいまって、本当にかっこよかった。
お昼ご飯を食べ終えて、綱引に出て、ようやく自分の出る競技が終わった。
運動会は予定通り進んでいき、もうすぐ最後のクラス別リレーが始まる。
友達と一緒に自分のクラスのテントで過ごしていると、向こうの方で凛が歩いているのが見えた。後ろにいる遥香ちゃんに、はちまきを結びなおしてもらっている。その様子に、ちょっとだけもやっとした。
スタートのピストルの音とともに、リレーが始まった。凛はアンカーだ。
どこのクラスも最初は結構いい勝負をしていたのだが、だんだんとうちのクラスと凛のクラスが前に出始めた。どんどんバトンが渡っていき、凛のクラスとうちのクラスのアンカーにバトンが渡ったのは、ほとんど同時だった。うちのクラスのアンカーは、確か陸上部で一番速いとか。
バトンを受け取った2人が並んで走っていく。どちらも全く譲らないまま、私たちがいる最後の直線まで来た。
「がんばれー!!」
私は身を乗り出して大きな声を上げた。応援してるのは自分のクラスじゃなくて凛だけど。
周りの大きすぎる歓声に私の声はかき消されてしまったが、凛はラストスパートでペースを上げて、なんと一位でゴールした。リレーが終わると同時に、隣にいた友達が私に声をかける。
「あの子、かっこよかったね。あんなに足が速いなんて知らなかった」
「そうね。陸上部の佐々木さんが負けるなんてびっくりしたわ」
「名前何だっけ、結城…さん?」
「えー、知らないわ」
なんとなく凛のことを知られたくなくて、私は知らないふりをした。凛を大好きなのは、私だけで十分だもの。
運動会は無事に終わり、私は凛にLineを送った。
[お疲れさま。リレー、かっこよかった]
[ありがとね。侑希の応援、ちゃんと聞こえてたよ]
[ほんとに?]
[うん。だから最後頑張れた]
あんなにたくさんの人が応援してたんだから聞こえたなんて嘘かもしれないけど、それでも嬉しかった。返信しようとしていると、凛からまたメッセージが送られてきた。
[侑希、会いたい]
ドクンっと心臓が跳ねる。私だって、凛に会いたい。
[今?学校で?]
[うん。人がいない所ないかな]
教室の近くは人があふれているから無理だろう。
もっと静かな場所…図書館、とか?運動会の後に図書館に来る人なんてなかなかいないだろうし。そう思って凛に提案するとすぐに今から行くと返事があった。
荷物をまとめて体操服のまま図書館へ向かうと、やっぱり誰もいなかった。受付にいた司書さんが驚いた様子でこっちを見る。
「あら、運動会終わりに本読むの?」
「あ、いえ。友達と待ち合わせで…」
「あら、そうなの。今日は誰もいないから、静かにしなくてもいいわよ~」
「あ、ありがとうございます」
頭を下げた私を見て、司書さんは微笑んでいた。
奥の方のソファーがあるスペースまで行って、凛を待つ。数分後に、はちまきを首にかけたままの凛がやってきた。
「お疲れさま」
「侑希もおつかれ」
私と目が合うとすぐに、ふんわり笑って、当たり前のように隣に座ってきた凛。
「なんではちまき付けてるの?」
「え、あぁ、忘れてた笑」
「おっちょこちょい」
「ふふっ、教室から急いできたから」
「急に会いたいとか言い出すし、そんなに私に会いたかった?」
「うん。会いたかったよ」
からかってやるつもりだったのに、まっすぐに目を見てそう言われてしまう。
「そ、そうなの」
「侑希ってさ、分かりやすいよね。今もほんとは嬉しいってのがバレバレだよ笑」
「別に、そんなんじゃないし」
「あれー。侑希、最近素直になってきたと思ってたんだけど、またツンツンにもどっちゃった」
「うるさいっ」
いつものようにくだらない雑談をして、気が付いた時にはあんなに明るかった外がもうすっかり暗くなっていた。時計を見ると、図書館が閉まる時間の直前で、あわててふたりで出口へ向かった。受付の司書さんには「こんな時間まで話し込むなんて、なかよしねぇ~。二人とも、気を付けて帰ってね」と笑いながら言われた。
実はうちの学校では、運動会の最後に花火が上がる。普通の花火大会と比べると、そこまで大規模なものではない。でも、今年の夏休みは凛と喧嘩していて、ほとんどどこにも行けなかったから、どうしてもそれを凛と見たかった。
私から誘うつもりだったのだが、いつだったか、私が「凛って夏っぽいよね。花火とか見に行くの好きそう」と言ったら、凛が「花火って、あんまり友達と行ったことないかも。なんか、カップルで行くイメージあるんだよなぁ」とボソッとつぶやいていた事がどうしても忘れられなくて、私はずっと言い出せずにいた。
「凛、もう帰る?」
「侑希は帰るの?あ、もしかして塾?」
「いや、塾は今日は行かないわ。でも…」
下を向いて言い淀んでしまった私の手を、凛がギュッと握った。
「もし侑希が良かったらだけどさ、一緒に花火見たいな、なんて」
いつもはこっちが恥ずかしくなるくらいに顔を覗き込んでくるのに、珍しく目が合わない凛。無理やり合わそうとするとふいっと逸らされて、代わりに耳が赤くなっているのが分かった。
「私も、一緒に見たい」
手を握り返すと、凛はスマホを見てつぶやいた。
「あと2分で花火が上がるっぽい」
「えっ、どこいけば…」
「こっち!」
「ちょっ、、!」
いきなり凛が私の手を掴んだまま走り出した。私も遅れないように足を進めるけど、凛ほど早く走ることはできない。というか、なんでこの人はあんなに走った後にここまで体力が残っているのだろうか。なんとか足がもつれないように走っていると、凛は旧校舎の方へと向かっていった。
そして階段を上へ上へと上がっていく。これより上は、私が行ったことのないところ。
「はぁ、はぁ、、お、屋上?」
「そうっ」
「鍵空いてないんじゃ」
「ここ、壊れてんの」
凛がクルッとドアノブを回すと、鍵が閉まっていると思われていたそこが、すぐにギーッと音を立てて開いた。
「いこ、あっち」
凛は、フェンスの方を指さすと同時に、スッと握っていた手を離した。それがほんの少しだけ寂しかった。