第七章☆ユウの母親
「……それじゃあ、記憶処理は無事にすんだのね?」
ユウの母親が隣室で話している声が切れ切れに聞こえていた。
「……点滴?」
ユウはぼんやりと自分が清潔な白いシーツのベッドに寝かされており、右腕に点滴のチューブがさしてあるのを知った。
「起きたの?ユウ」
カーテンを開けて、母親がユウのところに来た。
「……」
ユウは無言で点滴の袋が下がっているストレッチャーを見ていた。
「無茶しすぎよ。肺炎の一歩手前だったって言われたわよ」
母親はパイプ椅子を引っ張って来てベッドの横に座った。
「……なんで、帰ってきてくれないの?母さん」
「いつもいってるけど、仕事が本当に忙しいのよ。ごめんなさい」
「ぼくは……」
「いつもいってるけど、自分のことをぼく、って言うのはやめなさい」
「おれは」
バシッ
母親が厳しい顔でユウのほっぺたを平手打ちした。
「そんな態度ばっかりとるなら、もう絶対帰りません」
激昂する声に他の職員が何事かと様子を見に来た。
「何でもありません」
「母さんはぼくのことが嫌いなんだね」
自然と嗚咽が漏れた。
「自分のお腹を痛めて産んだのよ?そんなわけないでしょ?……元気が出たら家まで人に送らせるわ。早く元気になって」
「講義に出席しないと除名されちゃうよ」
「レポートの数で単位を補えるはずよ。頑張んなさい」
それだけ話すと、忙しい母親は仕事に戻った。
容態が落ちついて、ユウは自宅に戻った。
それでもしばらくベッドから出られなかった。
今は動けない。だけど、まだやり残したことばっかりだ……
ユウは微睡んで眠りについた。
なにか、美味しそうなにおいで目が覚めた。
身体はだいぶ楽になっていた。
二階から下へ降りて行くと、楽しげな声が聞こえた。
「あんたら、人ん家でなにやってる!」
「あらユウ。元気になったの?」
メイが台所の流しの前でなにか作っているところだった。
食卓にドミニクが座って料理が運ばれるのを待っている。
ユウは思わず苦笑した。
「オムライスだ!」
出来立ての料理を前に、ドミニクがスプーンを構えた。
「お子さまランチ?」
「旗立てる?」
メイがクスクス笑う。
ユウも席についた。
「玄関のセキュリティは機能しなかったのか?」
「ドミニクがクラスメートで、学校の用事で来たって入力したら、身分証明のカードでドアが開いたわよ」
「それで……」
ユウにもやっと納得がいった。
「やっぱ、女の子は料理がうまくなくちゃ」
料理をパクつきながらドミニクが言った。
「……ぼくも見習わなきゃ」
「ん?」
スプーンをくわえて、ドミニクがユウを見た。
久しぶりの温かい食べ物と人のいる安心感をユウはありがたく思った。
食後。
ドミニクとユウがボードゲームの対戦をやっていると、ポップコーンを作っていたメイがフライパン片手に二階に上がってきた。
「ユウ。誰か、家の周りをうろついてる人がいるわ」
「何だって?」
三人は一階に降りて、気配をできるだけ消して外の様子をうかがった。
「あ……大丈夫。知ってる人だ」
ユウはそう言って、玄関を開けた。
「やあ」
ルナンがそこに立っていた。