第五章☆熱にうかされて
家に寄ったが、両親の姿はなかった。
ルナンはユウを西方研究所に連れて行った。
「記憶処理ですね?しばらく控え室でお待ちください」
白衣の青年がそう言って立ち去ると、ルナンはまだ用事があるから、と腰を浮かせた。
「ありがとう。また会える?ルナン」
「縁があればな。でも、お前さんとはどこかで会ったような気がするから、結構すぐに会う機会があるかもしれないな」
ルナンは笑ってそう言うと、仕事に戻った。
「うっくしゅ」
くしゃみがだんだんひどくなってきていた。少し寒気もする。
ユウは誰かいないかな、と控え室から廊下へ出た。
「あっ。母さん」
多分見間違いではなかった。ユウは白衣の女性が研究仲間と向こう側を歩いているのを目撃した。
数人の白衣姿は研究所中央のエレベータに乗り込んだ。追いかけたが、ユウは間に合わなかった。
別のエレベータの昇降ボタンを連打して、すぐにやって来たエレベータの箱に乗り込んだ。
デジャ・ヴ。
ユウは無意識で降りる階を押すボタンに、暗号の数字の打ち込みをした。
「これ……前にいつか誰かがやってた」
息が荒かった。熱っぽくて、意識が朦朧としていた。
地上30階建ての建物の中のはずなのに、ユウを乗せたエレベータは地下に向かって降下していった。
何階層も一緒になった空間を、ユウの乗ったエレベータの箱は透明なチューブを通って降りて行った。
「ここが食用の植物を育てているブースで、それからあっちは……」
誰かが説明していた記憶がよみがえってきた。ユウはひどい頭痛がしてしゃがみこんだ。
「っくっそ」
きついのに負けじと立ち上がった。
ルナンが言っていたΩ対策のことが頭をかすめた。
記憶が操作されて本当のことを忘れていたんだ。何故、記憶処理されるとわかって抵抗することも思い付かずに従順にしていたのか?
「ぼくは、もう、絶対忘れない」
ユウは強くそう思った。
ここは、宇宙船ノアザーク号の内部世界だった。
ユウたち民間人は全く不安を感じないように一番真ん中の居住区で生活している。
その周囲を、空気や水を造り出す施設や、食糧の備蓄、物資の生産施設の階層が取り囲んでいる。
では、その外は?
ユウは知っていた。
操縦施設や宇宙空間に続く巨大なハッチがいくつかスペアを用意して機能している。
ユウはエレベータを降りて、巨大な通路に出た。
歩き始めると、両側の壁のセンサーが働いてオレンジ色の灯りが灯った。
「操縦施設に近づいちゃだめだ。誰かにすぐみつかっちまう」
ふと、風が吹いているのを感じた。
ユウはふらつく足取りで風上を目指した。
そうか、あの地震は、もしかしたら、惑星の地上にノアザーク号が着陸した時の衝撃だったのかもしれないぞ。
ユウはその考えが正しいことをすぐにわかった。
気密室を通り抜けて幾重かの扉をくぐると、巨大なハッチが開いていて、外の空間は真空の世界ではなく、大気に満ちた世界に続いていた。
「誰かが外に出てるのか」
惑星の調査隊かもしれない、とユウは思った。
ごう
下から風が吹き上げた。
ユウはおっかなびっくりで下を見た。遥か彼方に地上が見えた。
ユウはめまいがしてその場に崩れるように座り込んだ。