瑠奈と鈴音は、パンケーキを堪能した喫茶店からそう離れていない位置にある西部第六地区のCランクダンジョンゲート前にやって来ていた。
「初めて来るダンジョンだけど、結構賑わってるねぇ~」
「確かここは……洞窟型ダンジョンだった気がします」
鈴音は以前に探索したことがあるようで、瑠奈は「へぇ~」と頷きながら鈴音と共にゲート前の広場を見渡しながら歩いていく。
「それで早乙女先輩」
「瑠奈で良いよ?」
「えっ……?」
ピタッと鈴音が足を止めるので、瑠奈は一歩余分に進んだ所で振り返る。
「ほら、私の苗字ちょっと長いしさ。名前呼びの方が良いでしょ?」
「で、でも……」
戸惑う鈴音に、瑠奈は優しい笑みを向け続ける。
すると、次第に鈴音の頬がジワリと赤く染まっていき、身体の前で両手の指を絡ませながら呟くように言った。
「る、瑠奈……先輩……」
「はいっ、えへへ……」
「じゃ、じゃあ……私のことも鈴音で良いですよ?」
「え、ホント!? じゃあ、鈴音ちゃんだねっ!」
改めてよろしく、と瑠奈が満面の笑みを、鈴音がどこか不器用な微笑みを向け合う。
「えっと、それでパーティー選びのことなんですが」
「あっ、そうだったそうだった」
この場所には、鈴音にどんなパーティーが安全で入りやすいかを教えるために来たのだ。
本題を思い出した瑠奈がコホンと咳払いを挟んで体裁を整えると、鈴音の隣に並んで二人の視界を揃える。
「いい、鈴音ちゃん? ワタシ達美少女には常に危険が付き纏うの」
「自分で美少女って言います……?」
「だから、人選をミスると大変なことになりかねない」
ツッコミを無視された鈴音だったが、どうやら瑠奈が大切なことを言っているようなので取り敢えず黙って聞いておく。
「例えば……あっ、あそこの二人見てみて」
「は、はい……」
「どんな印象?」
「え、えぇっと……」
瑠奈の指差す先には、二人の男性。
両者ともに派手な髪色で、ダボダボした格好をしている。
一言で言えばだらしがない感じだが、とてもそんなことを口にするわけにもいかないので、鈴音は熟考した末に――――
「そうですね……何と言うか、流行を牽引してそうな――」
「――チャラいよね」
「……ですね」
言葉を選んだ意味はどこへ……と鈴音がため息を吐いているのに構うことなく、瑠奈が言う。
「ああいうのは駄目。ワタシ達みたいな美少女の敵だよ。パーティーに入ったら最後、もう何度使ったかわからない伝家の宝刀を抜いてくるよ」
「で、伝家の宝刀……?」
「……野暮なことは聞かないでね?」
瑠奈が一応ジト目で制しておくと、鈴音はよくわからなそうに「すみません?」と謝った。
「じゃあ、次。あのパーティー見てどう思う?」
瑠奈が指さす先に集まっている五人の男性。
歳には少しバラつきがあるようで、大学生くらいの青年から二十代後半――アラサーと見受けられる者もいる。
「格好も普通ですし、大人の方もいらっしゃるようで……安全そう?」
「はぁ~、良い子だね~。鈴音ちゃんは凄く良い子だよ……」
「あ、ありがとうござ――」
「――そんないい子は食いやすいよ。男からすれば」
「うっ……」
よく見てみて、と瑠奈が目を細めた。
「あのアラサーの人指輪付けてないでしょ? 多分未婚だよ」
「で、でも最近では既婚者でも付けない人も――」
「――ううん。問題はそこじゃないよ。
瑠奈の想像――もとい、妄想が加速する。
「考えてみて? これまで女っ気のなかったアラサーの前に美味しそうな美少女を用意した光景を。これまで飢えに飢えていた欲望が今にも爆発しそう……!」
「へ、偏見が酷い……」
しかし、同時に瑠奈の言いたいことも理解出来た。
すでに結婚していて家庭を築いている男性と、そうでない男性。関わるならどちらが安全そうかと問われれば多くの人は前者を答えるだろう。
だが、そんなことを言っていては全員が疑わしく見えてくる。
まさに今の鈴音がその状態にあり――――
「じゃ、じゃあ逆にどんなパーティーなら良いんですか?」
「それはね――」
鈴音の質問に、瑠奈が指さす向きを変えて答えた。
「あれ」
「……え?」
高校生と思われる四人の青年。
特に髪型や服装にこだわりがあったりするようには見られず、端的に言えばパッとしない四人だ。
「あの人達……ですか?」
「そう。鈴音ちゃん的にどういう印象?」
「えぇっと……もう少し身嗜みに改善点が見られそうな――」
「――陰キャだよね、見るからに」
「うぅ……」
「冴えない。暗い。ダサい。パッとしない。超モテなさそう」
「……も、もうやめてあげてください……!」
ガトリングガンの如き勢いで四人の特徴という名の悪口を発射する瑠奈に、鈴音はこれ以上聞いていられず言葉を遮った。
これだけの悪評価。
鈴音は良いパーティーを聞いたはずなのに、また入ってはいけないパーティーを教えられたのかと思った。
しかし――――
「でも、それが良い!」
「は、はいっ!?」
「わからない? いかにも女慣れしてなさそう……でもお近付きになりたい。そんな相手にこそつけ入る隙がある!」
「ハニートラップか何かの講習ですか……?」
違うよ~、と瑠奈が笑って首を振るが、そうとしか聞こえない。
「ああいう陰キャはね、彼女は欲しいけどなかなかそんな機会に恵まれないの。だからこそ、一度やって来たチャンスは凄く大切にする。おまけに女の子の扱いなんてわかってないからこそ、いきなり積極的にアプローチする勇気なんてなくて安全なの」
人畜無害とはこのことだねっ、と可愛い笑顔で本人達に聞かれたらメンタルごっそり抉ってしまいそうなことをサラッと言ってのける瑠奈に、鈴音は半目になっていた。
「もしかして瑠奈先輩って……性格悪いですか?」
「えぇ、悪くないよ酷いなぁ~! ワタシ本当のことしか言ってないもん!」
「最後にトドメまで……」
鈴音は頭を押さえて首を横に振る。
しかし、これは偏見に塗れた根拠のない瑠奈の持論ではないのだ。
今でこそ人気者の美少女という地位を確立した瑠奈だが、前世では“陰キャ”“ぼっち”“コミュ障”といったスキルを極めた男子高校生だったのだ。
一緒にダンジョン探索する仲間がいるだけ、視線の先にいる冴えない男子高生三人の方がよっぽどキラキラしているというもの。
ゆえに、これは真っ当な理屈。
根拠は実体験。
「というわけで、早速行ってみようか!」
「えぇっ!」
考えを変える様子はないようで、瑠奈がEADを起動させて大鎌以外の装備を身に纏うので、鈴音も仕方なく同じようにする。
「ワタシが声掛けたんじゃ意味ないから、鈴音ちゃんよろしく~」
そう言って赤いケープのフードを目深に被って顔を隠す瑠奈に、鈴音は「わかりました……」とため息混じりに頷いた。
そして――――
「あの、すみません」
「あっ、はい?」
四人で談笑しているところに鈴音が声を掛けると、皆が一斉に目を丸くした。
鈴音の呼び掛けに応えた青年以外は、後ろで何やら潜め声で話しながら鈴音とその隣に立つフードで顔を隠した瑠奈をチラチラ見ていた。
「もしよかったら、私達二人も探索に同行させてもらっても良いですか?」
鈴音がそうお願いすると、青年らは「おぉ……!」と出来るだけ控えめに抑えた歓喜の声を上げる。
突然美少女二人がやって来たのだ。無理もない。
「あっ、もちろんです!」
と、答えも当然YESだった。
「やりましたね、瑠奈先輩」
「うん!」
上手くパーティーに入れてもらえて少し嬉しかったのか、鈴音がそう瑠奈に言った言葉を聞いた青年らが「ん?」と首を傾げた。
「る、瑠奈……?」
「え、この人……」
「そういえばそっちの人の装備どこかで……」
「赤と黒のゴシックドレス風な……」
「「「「…………あ」」」」
四人の予想が一つの解を導き出し、一斉に視線を瑠奈へ向ける。
「あちゃぁ、バレちゃったかなぁ~?」
バレてしまっては顔を隠していても仕方がない。
ここはサービスでとびきり可愛いご尊顔を拝ませてあげようと、瑠奈がフードを持ち上げると――――
「ダンジョン探索配信者ルーナこと、瑠奈です。えぇ~と、初めまして?」
「「「「初めましてっ! さようならぁあああああ!!」」」」
「えっ、ちょ……!?」
瑠奈が引き留める間もなく、四人が一斉に脱兎の如き勢いで逃げて行ってしまった。
呆然としたまま固まる瑠奈。
その隣に立っていた鈴音が恐る恐る瑠奈を宥めようと声を掛ける。
「こ、こういうときもありますって! だ、だいじょ――」
「――生の瑠奈に会えて感激しすぎちゃったかなぁ~?」
「……あっ、えと……そうですね!」
瑠奈が良いように勘違いしてくれて良かった。
ここで殺人事件が起きなくて良かった。
と、鈴音は心の底からホッとした…………