雄也ら三人を撃退したあと、瑠奈は鈴音を連れてダンジョンを後にし、真っ直ぐギルド本部へ向かった。
そこでダンジョン犯罪の被害に遭ったことを報告。
それからは事態の処理がギルドの方で進められていき、当然警察も交えた事件となった。
瑠奈は簡単に自分の見たことを報告するだけだったが、被害者当人である鈴音は経緯を含めた詳しい事情聴取が行われることになり、二人はギルド本部で別れることになった。
そして、その翌日――――
「なになにぃ~? 『校門前で待ってます』?」
放課後、瑠奈は学校の玄関でローファーに履き替えてからスマホに送られてきたメッセージを確認していた。
相手は向坂鈴音。
実は、昨日ギルド本部で別れる前に連絡先を交換しておいたのだ。
というのも、鈴音が後日お礼がしたいからコンタクトを取れるようにしておきたかったらしい。
そして今日、学校が終わってから二人で出掛ける約束をしていた。
「……あ、ホントにいた」
瑠奈が通う高校の制服はブレザー。
今月から衣替えで夏服仕様になっているので実際にブレザーを着ているわけではないが、瑠奈の視線の先に立っている少女が纏っているのは、紛うことなきセーラー服。
この高校からそう遠くない位置にある中学校の女子制服だ。
王道に白を基調としており、襟には青いラインが入っている。
紺色のプリーツスカートは膝の少し上で揺れており、少女がなびかせるセミロングの黒髪と相まってどこか涼し気で、初夏の暑さを少し和らげてくれているかのよう。
「ごめ~ん! 待たせたかなぁ?」
「あっ、早乙女先輩。いえ、私も今来たところなので」
瑠奈が小走りに寄ると、鈴音はスッと背筋を伸ばして首を横に振った。そして、すぐに小さく頭を下げる。
「今日はお時間頂きありがとうございます。その……どうしてもお礼がしたかったので……」
「あ~、うん。全然良いよ! それに、そんなに畏まらないで良いからね?」
礼儀正しいのはとても良いことだ。
しかし、どうも鈴音は固くなりすぎるところがある様子。
それを感じ取った瑠奈は、出来るだけ緊張しないように柔和な笑みを浮かべていた。
「そ、そうですか? あ、ありがとうございます……じゃ、じゃあ、えっと……行きましょうか」
「うんっ」
どうやら今日は鈴音オススメの喫茶店に連れて行ってくれるらしい。
転生して以来、可愛いの道を極めるための努力を欠かしてこなかった瑠奈は、当然このダンジョン・フロートにある喫茶店の情報も調べている。
その中のどれだろう……と、瑠奈は鈴音の案内の下、電車を利用し、駅で降りて他愛のない話をしながら歩く。
そして、やって来た場所は西部第六地区の郊外。
瑠奈が住むアパートおよび高校は西部第三地区にあるので、そこから更に西へ進んだ所。
ダンジョン・フロートでは珍しくまだあまり開発が進んでいないのか、高層ビルや人の賑わいは見当たらず、どこか長閑な雰囲気の場所だ。
そんな第六地区の小さな住宅街の隅に構える喫茶店。
目ぼしい喫茶店は知り尽くしていると自負していた瑠奈も、知らない喫茶店だ。
無理もない。
十組も入れないだろう小さな店構え。
レトロと言えば聞こえはいいが、建物そのものが古めかしい。
所々ひび割れた壁にはシミもいくつか見受けられる。
つまり、目ぼしい喫茶店ではないから瑠奈が知らなかっただけ。
おまけに店名は――――
(『喫茶わびさび』て……しぶっ!?)
想像の遥か斜め上を良く喫茶店を前にして瑠奈が呆然としていると、鈴音が小首を傾げてきた。
「ん、どうかしましたか?」
「えっ、あ、いや……ここ?」
「はい、ここです」
ここのパンケーキは絶品なんです、とさもそれが自明である事柄かのように言った鈴音が、迷いのない足取りで木製の扉を開ける。
「そ、そうなんだぁ……」
にわかに信じられない瑠奈は、曖昧な笑みを作ってから鈴音のあとに続いていった――――
◇◆◇
「はぁい、おまちどおさまぁ~」
髪は真っ白。
もう八十半ばかと思われるお爺さんが、注文したパンケーキを運んできてくれた。
瑠奈と鈴音は一言感謝の言葉を口にしてから、テーブルに視線を落とす。
流行を掴んだふわっふわのパンケーキではない。
むしろ、どこか懐かしさを覚えるような少しもっちりとした質感。
立ち上る湯気からふわりと香る匂いが鼻腔をくすぐり、食欲を刺激してくる。
思うままにナイフとフォークを動かして一口大にカットしたパンケーキを口に運ぶと…………
「美味しい……」
「ですよねっ」
瑠奈の感想を聞いて、鈴音がパァと表情を明るくする。
折角のパンケーキが冷めてしまってはもったいない。
二人はしばらく目の前のパンケーキを口に運ぶことに専念し、一段落着いたタイミングで鈴音が口を開いた。
「その……早乙女先輩」
「ん?」
「昨日のこと……ありがとうございました」
鈴音が所作美しく頭を下げるので、瑠奈は慌てて「いいよいいよそんなの!」と両手をブンブンと振る。
「でも……」
「ワタシはただ、目の前で摘み取られそうになっていた“可愛い”を見過ごせなかっただけ」
よくわからなさそうに首を傾げる鈴音に、瑠奈はウィンクと共に「可愛いは正義だからねっ!」とこの世の神聖不可侵な絶対法則を説いた。
「でもまぁ、パーティー選びはもうちょっと気を付けた方が良いかもねぇ~。特に可愛い子は!」
ピンと人差し指を立てて、少し真面目な顔をする瑠奈。
粗方の事情は昨日鈴音から直接教えてもらっていたのだ。
いつもSNSで呼び掛けて、一緒に探索してくれるパーティーを募っていたらしい。
だが…………
「ワタシも今じゃソロでやってるけど、最初の頃は色んなパーティーに入れてもらってたんだ。そんなワタシから言わせてもらえば、SNSはお勧めできないなぁ~。やっぱり、ゲート前に行って直接相手の顔を見て判断した方が良い」
SNSではやり取りしている相手が実際にどんな人物なのかはわからない。
中には善人の皮を被って悪意を持って接してくる者もいる。
今回そうやって鈴音をパーティーに誘った佐々木裕也のように。
「な、なるほど……」
鈴音が何か考え込むように顎に手を当てて呟く。
「でも、一体どんな人なら安全なのかとか、私全然……」
「ふふん、そういうことなら!」
瑠奈は立ち上がってポンと自分の胸を叩く。
「ワタシが教えてあげるよっ! 目ぼしいパーティーの、み・つ・け・か・た!」
「えっ……?」
「ほらほら~! そうと決まれば早く行くよ!」
「い、行くってどこにですかっ!?」
「もちろん――」
瑠奈は鈴音に右手を差し伸べて言った。
「――ダンジョンに!」