「それにしてもさぁ」
寝袋を地面に広げながら、カイルがつぶやく。寝袋は、丈夫な布地で
「水源を押さえるような魔獣って、どんなのがいると思う?」
「そうだな……」
ジェイドが考えるように右手をあごに当てた。
「やはり、水辺を根城にするタイプと考えていいだろう」
「たとえば?」
「水棲の魔獣といえば、ケルピーが有名だが」
ケルピー――馬の姿をした、水棲魔獣。水辺に来る人間を背に乗せ、水中に引きずり込むという。引きずり込まれた人間は、ケルピーに食べられてしまう。
「ほかには、オオグモもそうだな。水の中に棲むが、水陸両用。クモ特有の糸を何十にも出して、大木すら引きずり込めるらしい」
オオグモ――八足の虫の姿をした、大型魔獣。やはり水辺に来る人間や獣を、糸で絡め取って水に沈めるのだ。沈められたものは体液を吸われ、亡骸だけが水面に浮かぶらしい。
「魚型の魔獣も聞いたことがあるけど……」
「魚型は水中から出られないことが多い。やつらはこちらが水に入りさえしなければ、なにもできないはずだ」
そこまで言って、ジェイドは表情を真剣なものにする。
「だが深刻な被害を出すのは、魚型魔獣だともいうな」
魚型魔獣は魔法を使うことができると言われている。退治するため水から引きずり出した途端、大雨を降らせ洪水を呼んだという話がある。降雨を操る魔法を使い、大水を呼び込むのだ。
「やっかいだよ~~! もし水の中に引きずり込まれたりしたら、僕ら不利だもん……」
カイルが大げさに頭を抱えて身をよじった。
「ねぇ~、ルウルウ。水の中で息できる魔法ってない?」
「うーん……わたしじゃわからないかも」
ルウルウは残念そうにそう言った。
「あ、でも。ちょっとだけ長いめに息を止められる魔法ならあったと思う」
「それは使う目的がよくわかんないなぁ……」
カイルが肩をすくめた。
ルウルウも、そういう魔法があるのは知っているが、詠唱する文言を知らないので使えない。自分で編み出してもいいが、探求には時間がかかる。
「もうちょっといろんな魔法を覚えたらよかったな……」
ルウルウはすこしだけしょんぼりとした心持ちになった。タージュは惜しみなく魔法を教えてくれたが、ルウルウの実力に合わせて方法論を授けた。まだ若いルウルウは、難しい魔法を使う実力がない。
「タージュ殿にも考えがあったんだろう。いまは……いま使える魔法だけで十分だ」
ジェイドがフォローしてくれる。彼の気持ちを、ルウルウは嬉しく思った。
「ありがとう、ジェイド」
ルウルウの礼を言うと、ジェイドがフッと笑った。
「さて、そろそろ寝よう。交代で見張りだ。時間になったら起こす」
「はーい」
「うん」
見張りの順番を決めて、ルウルウも寝袋に潜り込んだ。
ルウルウにとって、こんな野宿は初めての経験だった。地面のゴツゴツした感触が寝袋から伝わってくる。風がひんやりと冷たい。
それでも、眠ることに集中しなければならない。ルウルウは目を閉じた。なにも考えないように、頭の中を空っぽにする。
「…………」
眠りに落ちるのはなかなか難しい。呼吸を整え、寝袋の中の温かさだけに意識を向けようとする。それでも眠れず、ルウルウはそっと目を開けた。
「…………」
ジェイドが黙ってたき火を見ている。
黒髪と日焼けした肌が、赤黄色の光に照らされている。漆黒色の瞳が、たき火の明るさを宿してわずかに揺れているように見える。
「……ぁ……」
ルウルウは胸の中に、不思議な感情が湧くのを感じた。
頼りになる能力を持つ、長年の友人。一緒に旅に出てくれる、旅をやり遂げてくれる、仲間。そうすると誓ってくれた、彼。
そんなジェイドに、自分はいつか報いることができるだろうか――。
急に自分が頼りなく思えてきて、ルウルウは身震いした。あわてて目を閉じて、寝袋の中で眠ろうとする。心臓のあたりが、熱くなってくる。同時に、泣きたい気持ちになった。
「……ふ……」
小さく息を吐いて、ルウルウは夜闇の中に意識を放り出そうとする。満天の星空は美しい。しかし眠ろうとすればするほど、大地の暗さの中へとひとり残されていく気分になる。
(……弱い、なぁ)
それがおのれの弱さなのだと、ルウルウは自覚した。
仲間がこんなに近くにいるのに、さびしくてたまらない。助けを求めそうになる手を、引っ込めてしまう。寒さのせいだ。慣れない食事のせいだ――ルウルウは無理やりそう思い込もうとする。
「……ルウルウ」
小さな声が、眠ろうとあがくルウルウの上に降ってきた。ジェイドの声だ。
「無理に眠らなくていい」
「……でも」
「横になっているだけで、体は回復する」
ジェイドの気遣いだと、ルウルウは感じた。余計に申し訳ない気持ちになる。
「でも……慣れなきゃ。大丈夫……」
ああ、自分は強がっている――とルウルウは思った。
「いい」
ジェイドがその場を離れず、たき火を見つめたまま、言葉を紡ぐ。
「いいんだ、ルウルウ」
眠れなくていい――ジェイドはそう言ってくれている。
タージュならばルウルウのそばに寄り添い、背を撫でてくれていたことだろう。だがジェイドはそうしない。ルウルウがいずれ成長することを信じている。
優しさと、すこしの距離感。
ルウルウはひどく平穏な気持ちになった。夜の中で、ひとり眠らねばならない悲しさが吹き飛んでいく。まるで魔法のようだった。
やがてルウルウは、安らかに寝息を立て始めた。
つづく