第1-3話 依頼をこなす前説(3)

 その日も太陽が沈んでいく。夕暮れがやってくる。

 ジェイドが指示して、野宿の準備をする。街道をすこしだけ外れ、適当な空き地でたき火を起こす。その空き地はほかの冒険者も野宿で使うらしく、炭になった薪が残っていた。その炭も頼りになる。


 空はまだ明るい。

 ジェイドは、ルウルウとカイルに短剣の使い方を教えた。安全にものを切るやり方と、短剣を使った護身術を教えてくれる。どちらも、冒険には必要な知識だ。


 短剣は便利な装備だ。木の枝を切り、食べ物を切り分け、護身用の武器にもなる。ショートソードなどの本格的な武器よりも、扱いやすい。


「とはいえ、あくまで護身用だ。短剣で多くの敵と戦うことは考えない方がいい」

「ふむふむ……」


 戦闘の達人の中には、短剣だけであらゆる敵と戦う者もいる。だが素人がすぐさまその域に達することはない。短剣の達人は例外とし、堅実で基本的な技術だけをジェイドは教えてくれた。


「慣れかけた頃や、刃が鈍ってくる頃が危ない。かえって指を切ったりする」


 ジェイドが短剣のメンテナンス方法も教え、その日は暮れた。

 たき火を頼りに、夕食をとる。冒険者用の携帯食料と、水だけだ。堅く焼き締めた携帯食料は、最初のひとくちこそ甘く感じる。だがすぐに、モソモソとした食感が口の中をパサパサにする。


「慣れておけよ。水も、あまり早いペースで飲まないように」


 ジェイドはそう言って、携帯食料をガリガリとかじっている。

 カイルの長い耳殻みみが、しゅんと下がっている。口をモソモソと動かしている。パサパサになった口内に苦戦しているようだ。


「よくもまぁ、いつもこんなの食べられるね……」

「傭兵団では食べなかったのか?」

「僕のいた傭兵団、食事はほとんど、料理人が作ってたから……」

「なるほど。食事の重要性はよく理解していたようだな」


 ルウルウは首をかしげる。傭兵団と食事にどんな関係があるのだろう。


「どういうこと?」

「温かい食事は、なによりも士気を上げるってことさ」


 ジェイドが解説してくれる。

 冷たくなった食事や携帯食料は、どうしても人間の心を躍らせることができない。食事が単に義務的なものとなってしまう。


「できたてが食べられると思えば、どんな戦闘でも頑張りとおそうという気持ちになれる。カイルのいた傭兵団は、そこを理解していた」

「なるほど……」


 ルウルウは感心した。たしかに、この堅い食料を食べていると、温かい食事が恋しくなってくる。


「わたしも、なにか作れたらいいんだけど……」


 ルウルウはもぐ、と食料を噛み砕く。口の中の水分が少なくなり、飲み込むのに苦労する。


「いまはこれが精一杯、というやつだ。気にしなくていい」


 ジェイドがおのれの分の水を飲む。少量の水を口に含み、口内に残った食料とともに飲み下す。


「カルジラの街についたら、まず美味しいものが食べたいねー」


 しょんぼりと耳を下げていたカイルが、食事を終える。次に立ち寄る予定の街を想像しているようだ。街に入れば食堂もあり、屋台だってあるだろう。手頃な価格で食べられるものが夢想できる。


「その前に、魔獣の調査と駆除だ」

「わかってるって。あ、調査したていで依頼をこなしたってことにするのは……?」

「ダメだぞ?」

「ちぇー」


 カイルの冗談とも本気ともつかない提案を、ジェイドは即座に却下した。つまらなさそうに、カイルは頭のうしろで手を組んだ。

 ジェイドが呆れたようにため息をつき、苦笑する。


「冒険者の中には、たまにそういうヤツもいる」

「ほら! いるんじゃん!」

「たいていはすぐバレてギルドを追放されるのがオチだ」


 依頼報酬を不正に受け取る。冒険者ギルドに所属する者のタブーだ。


「追放されるだけならまだしも、役人に突き出されたり、逃走して追手をかけられる者もいるな」

「もしかして、逃走した冒険者を追いかけるのは……」

「そういう依頼が来ることもある」


 ルウルウは興味深く、ジェイドの話を聞いていた。


「ねえ、ジェイドが一番大変だった依頼ってある?」

「そうだな……」


 ジェイドはすこし考えて、語り出す。


「やはり、この大陸で一番最初に受けた依頼かな」

「どんな依頼だったの?」

「ゴブリン退治だ。村のそばに巣穴を作られたから、退治してほしい……そういう話だったな」


 ジェイドは空を見上げた。チラチラと春先の星が輝いている。


「俺はそのとき、西方大陸に来たばかりでな。こちらの共通語すら怪しかったんだ」

「言葉がわからなかったってこと?」

「ああ。名前は書けたが、宣誓文も依頼文も読むのが大変だった」


 ジェイドの苦労話――いまでこそ頼れる冒険者のジェイドだが、彼にも駆け出しの頃があったのだ。


「一緒に組んだ冒険者は、三人。俺を含めて四人で挑んだ」


 ルウルウはわくわくしながら聞いている。

 ジェイドたちのパーティは、ゴブリンの巣穴に挑んだ。村近くの森の中、傾斜地にゴブリンは巣穴を作っていたという。


「巣穴じたいは小さいもので、ゴブリンの数も多くなかった。だが大型ホブゴブリンが一匹、やたら強くてな」

「そ、それでそれで?」

「なんとか倒したが、俺たちは怪我を負った。ひとりはすぐに治療しなければ、後遺症が残りそうな大怪我だったよ」


 途方に暮れつつギルドへ戻ろうとしたジェイドたちを、救った者がいる。


「俺たちを助けてくれたのが、タージュ殿だった」

「あ……」


 聖杯の魔女タージュは、たまたま森の中を見回っていたらしい。すぐさま冒険者たちに回復魔法を施してくれた。


「礼はいらない、と言われたが……後日、俺はタージュ殿の家に行った」


 ジェイドのパーティの仲間たちは、行きたがらなかった。もし魔女から代償を求められたら――と嫌がったのだという。

 しかしジェイドは単身、タージュの家に赴いた。恩返しをしたい、とジェイドはタージュに言った。タージュはジェイドの義理堅さを喜び、そこから交流が始まったのだという。


「ルウルウ、君と遊んでやってほしい……と言われたときはすこし面食らったが」

「あはは、そうかもね」


 ルウルウは懐かしく思い出す。まだ幼かったルウルウは、家からもろくに出たことがなかった。家のまわりは深い森で、世間とは隔絶されていた。幼いルウルウにとって、タージュだけが世界の窓口だった。


 そこにジェイドが加わった。彼は冒険のことをルウルウに話してくれた。ルウルウは森の外にも世界があることを知った。

 ルウルウはタージュに育てられ、ジェイドで世界の広さというものを知ったのだ。


「怪我をしたほかの冒険者たちはどうなったんだ?」


 カイルが疑問を口にする。


「いまも冒険者を続けているはずだ」

「パーティを組み続けようとは思わなかったのかい?」

「水が合わなかった、というやつだな」


 冒険者同士、性格ややり方が合わない場合、パーティを変えてしまうことは当たり前にある。方向性の違いは如何いかんともしがたい。無理をすれば、命に関わる失敗を引き起こすこともある。


 そのためか、ジェイドはさまざまなパーティを点々とした。求められれば加わり、合わなければすぐに抜ける。だが生来の真面目さゆえだろうか、悪評はあまり立たなかった。むしろ仕事はキッチリこなすタイプだと、とらえられたらしい。


「このパーティを抜ける気はない。最後まで、冒険をやり遂げよう」


 ジェイドは決意を口にする。それはタージュへの恩返しであり、ルウルウへの誠実さだ。


「うん! ありがとう、ジェイド」


 ルウルウは嬉しかった。ジェイドのことを頼もしいと思う。


 ジェイドとルウルウがたがいに決意を確認する様子を、カイルがニヤニヤと見ていた。