第2-1話 巨大粘体の水場(1)

 ルウルウたちは、水源を押さえている魔獣を鎮圧すべしという依頼を受けた。

 どんな魔獣がいるかは、不明である。まずはルウルウたちで調査しなければならない。


 くだんの水源へと向かう。流れ出る小川をさかのぼり、森の中へと入っていく。森の中の道は平坦ではない。だんだんのぼっていくような、ゴツゴツとした地形を徒歩で進む。人が踏みしめてできたような道は徐々に失われる。


「ひぇ~、けっこう登るねぇ」

「足元、気をつけろ。すべりやすい」

「うん」


 落ち葉と雑草を踏みしめながら、森の中を登っていく。

 先頭はジェイド、一番後方はカイル、真ん中にルウルウという並びで歩く。ジェイドの踏んだあとを踏めば、一応は安全だろうと思われた。


「この先に水源があるはずだが」

「水源ってどんな感じだろうね?」

「そうだな、岩場に水が湧いているのか、それとも……」


 ルウルウたちは他愛ない会話をしながら、歩く。たがいに手を貸し合いながら、道なき道を登っていく。森の中を頼りない小川が流れている。そこに沿って、森の中を進んでいく。


「フウフウ、荷物が重い~!!」

「がんばれ」


 カイルの嘆きに、ジェイドは声援のみで応じた。

 三人はそれぞれに冒険の道具を背負っている。パーティの誰かに任せることは基本的にしない。自分の荷物は自分で面倒を見なければならない。それが冒険者のやり方だ。


 やがて三人の会話は少なくなり、水の流れる音だけがする。その音も、徐々に小さくなっていく。

 おそらく水源が近いのだ。森の中の小川はますます頼りなくなっていく。


 やっと、三人は開けた場所に出た。


「ここか……?」

「はぁ~~! 着いたぁ!!」


 三人の前に広がった光景。それは大きな泉であった。

 白い泥の溜まった場所に、透明な水がおだやかに湧いているようだった。水面は揺れもせず、青色と緑色の中間色を反射して満ちている。


「きれー……」


 ルウルウは光景に見とれた。

 小さな泉は見たことがあった。それと比べるとこちらの方が大きく、水の透明度も高いように見える。


 ルウルウが泉をのぞきこむと、小さな魚がゆらりと泳いだ。


「あ、お魚さんがいる」

「魔獣は……いないねぇ?」


 カイルがジェイドの方を見た。本当にここで合っているのか、という視線だ。

 ジェイドは泉の周囲を回ってみる。泉は、彼ら一行が登ってきた方角に向かって、ひとすじの小さな川をつくり、下流へと流れ出ている。別の場所からこの泉に流れ込んでいる様子はない。


「ここより上に水流はなさそうだな」

「じゃあ、ここが水源?」

「ああ、おそらくな」


 どうやら泉の底、地中から水が湧いているらしい。

 泉の中を見ても、異変はない。透明な水があるばかりだ。この浅い泉に、なにか潜んでいるようには見えなかった。どうやらケルピーやオオグモのたぐいではなさそうだ。


「すこし長期戦になりそうだな」


 ジェイドは周囲を見渡し、身を隠せそうな場所を見繕う。見つけたのは、すこし上った場所。細い木々と下草が集まったような茂みがある。ルウルウとカイルとともに、そこへと身を潜める。


「魔獣はおそらく、ここに水を飲みにやってくるのかもしれない」

「なるほど……」

「ここに隠れて、水源にやってくる魔獣を見張る」

「あいあい、了解~」


 三人は草むらの影に身を潜め、交代で見張ることにした。

 春先の森は、すこし寒い。物陰であれば、よけいに肌寒く感じる。ルウルウは鼻先がむずりと動くのを感じた。思わずくしゃみをする。


「……ハクチュ!」

「大丈夫か?」

「ご、ごめんなさい、大丈夫……。魔獣は?」

「まだなにか来るような気配はないな……」


 水源を見張るジェイドが、視線を泉から外さず、ため息をつく。

 太陽が徐々に傾いても、魔獣がやってくる気配はない。


「来ないね~、魔獣。ここじゃないんじゃない?」

「そうだな……、だが」

「だが?」

「鳥やシカのたぐいも来ないのは、すこし気になる」


 ジェイドの言葉に、ルウルウはハッとする。

 たしかにそうだ。これだけ清浄な水が湧いていても、小鳥や獣が来ないのは異常かもしれない。


「もしかして……魔獣を恐れて?」

「ああ。なわばりの痕跡はわからなかったが……」

「なわばり……というと?」


 魔獣にもなわばり、つまり同族を排除して生活圏を保つ種がいるという。そういう種の魔獣は、なわばりに痕跡を残す。木を引っかいたり、体をこすりつけて臭いを付着させたり、糞を落としたりしたりする行為がそうだ。


 ジェイドは道すがら、その痕跡がないか調べていたらしい。


「はぁ~……! そんなことも気をつけないといけないんだ」


 カイルが感心したように息を吐く。


「ホント、旦那がいてくれて助かるぅ~」

「そのうち君たちも気をつけるようになるさ」


 ジェイドが小声で言い、笑った。

 カイルもルウルウも、ジェイドを頼もしく思うのだった。


「さて、どうしたものか」


 時間だけが刻々と過ぎていく。夕暮れが迫れば、野営の準備もしなければならない。無防備なまま、夜間に魔獣と相対するのは避けたかった。


「このまま潜んでいても、収穫がなさそうだ。周囲を再確認しよう」

「わかった」

「うん」


 三人は茂みから出た。泉のそばへと向かう。

 泉は変わらず、こんこんと水をたたえていた。