何にしても夕飯の準備に食堂に行くと、グエンが心配そうな顔のまま大量の鶏肉を捌きまくっていた。
「グエン!」
「おう、マサか。クナル、大丈夫か?」
「あぁ」
元気がないままデカい包丁で鶏肉捌く絵って、凄く怖いんだけれど……。
「それにしても凄い量だな」
「誰かさんがきっちり尻尾の処理してたからな、肉はこの通りムチムチのプリプリだ。とりあえず3体分はこっちで貰って、残り2体と他の素材はサンズが冒険者ギルドに持って行った」
「冒険者ギルド?」
これも星那が読んでる漫画なんかで聞くものだ。冒険者の登録管理や依頼の斡旋、素材買い取りなんかをする国を跨ぐ機関……という説明だったっけ。
「冒険者もいるんだ」
「いるぜ。なんせ体一つで始められて、上手くいけば大金持ちだ。若いのが多いが、ランク上位にはそれなりの年齢のもいる」
「魔物の数が多くて国軍だけじゃどうにもならないからな。今回俺達が行った黒の森も魔物の多い深い森だし、他にも洞窟や沼地なんかもな」
「ダンジョンだってある。流石にそんな数を軍だけでどうにか出来もしないんだ」
なるほど、大変そうだ。
「俺達軍も狩った魔物の素材を売りに行って、運用費にしてんだ。あそこなら必要な所に素材が届くからな」
「すごいな。ちゃんとシステムが出来てるんだ」
この世界に来て二日目。知らない事の方が多すぎる感じだ。
「よし、肉の下処理は終わったな。マサ、何か作るつもりだったんだろ? 何をしたらいい?」
大量の肉をムネ、モモ、ササミなどに切り分けたグエンが此方へと向き直る。調理台の上に山と積まれたそれらは一つずつがかなり大きい。元が2メートル超えの魔物だったことを考えれば当然なんだけれど。
「モモ肉を使いたいです。そうですね……この大きさなら2つあればいいかも」
「了解」
直ぐさまもも肉が2つ俺の前にくるが……切り分けるだけで大汗かくかも。
一方のグエンは切り分けた素材を食材庫へと運んで行く。
さて、目の前にあるのは桜色をした艶やかな肉だ。手を洗って少し押してみたが、弾力が強い気がする。繊維が凄くしっかりしていた。
「美味しそうだね」
「美味いんだよな」
思わず出た言葉に後ろから覗き込むクナルも言う。お互い顔を見合わせ、俺は少しの量をまずは大きめ一口大に切り分けて、事前に用意しておいた調味液へと浸した。
「これ、昨日あんたが食べてたやつに匂いが似てるな」
「少し違うけれどね」
昨日は生姜焼きで生姜多めの醤油ベース。今日は醤油と酒で漬けて、それに食欲をそそるニンニクと生姜と唐辛子だ。
「10分くらい置いて。小麦粉をはたいて油で揚げると」
「油で揚げる?」
「本当に揚げ物ないんだね」
果たしてこの調理法をこの国に伝えていいものか、迷う。なんせ誘惑と同時に腹の肉を気にしなければならなくなるから。
まぁ、騎士団の人達は無縁だろうな。
何にしてもそのまましばし待つ。その間にグエンも戻ってきて、初めての調理法に目を輝かせている。
「いいかな」
調味液の中の肉を取り出すと適度に味が染みている気がする。深めのフライパンに油を入れて加熱しながらお試しに切り分けていた肉を調味液から引き上げて小麦粉をはたく。余計な粉は落としながらも全体にしっかり粉がついたらいい。
油も十分に温まったところで肉を投入した。
「おぉ!」
グエンが少し乗り出すようにフライパンの中を覗き込む。パチパチパチと小気味良い音を立てながら肉が揚がっていく。それと同時にニンニクや生姜、醤油のいい匂いが立ち上ってきた。
「なっ……美味そう」
「これ、既にヤバいな」
鼻をヒクつかせたクナルが既に食べたそうな顔をし、グエンが腹を押さえる。そんな二人を背中にしながら黄金色になったのを確かめてひっくり返し、更にもう少し。最初は大きな泡が出ていたのも今は細かく小さな泡が出るばかりになって、それらをガットへと取りだした。
「食べたい!」
「まだ!」
サッと手を伸ばそうとしたクナルに待てをかけると、途端に耳がヘニョと下がった。心なしか尻尾もしょんぼりしている。いや、何か凄く悪い事をしている気分だから止めて!
「油が落ち着いて余熱でしっかり火が通った方が美味しいから! あと、今もの凄く熱いから!」
確かに揚げたては美味しい。熱いの覚悟で揚げたばかりの物を口に放り込んで、キンキンのお茶で流し込むとかもいいけれど……クナル、猫舌の可能性あるしな。
そうして5~10分おいてから、クナルとグエンにOKを出した。それぞれ待ちきれなかったのかパッと手で摘まんで口に放り込む。そして予想通り口の中でホコホコさせながら食べている。
俺もフーフーしながら食べて、あまりに美味しくてドキドキした。
まず肉が新鮮だ。歯を押し返すようなしっかりした弾力でムチムチしている。でも硬いわけじゃなく、噛めばジワッと少し甘い肉汁がこれでもかと出てくる。調味液を吸ってもなお旨味と甘みがある。それは咀嚼すればするほど溢れてきて、口の中が幸せになってくる。
「うまぁぁ」
「マサ、もう一つ!」
「グエン、そこの肉だけじゃ足りないぞ! もう一つ持ってこい!」
「おう!」
なくなってしまった肉を惜しんだ二人が興奮気味になんか言って、次に何故かクナルまで包丁を持って肉を切り分けていく。結果、大きなボールで6つくらいの肉の山が出来た。
「こんなに!」
「足りるか?」
「ギリだな」
「そんなに!」
肉にかける情念は恐ろしいものだった。
そんな事でひたすら調味液を作り、揚げて揚げて揚げて。調理室はかつて無い熱気に包まれたが気にもせずに三人で黙々と作った。
パンも焼け、付け合わせに芋をくし切りにしたものを素揚げして塩をひとつまみ。パンと果物をつけたら完成だ。
「マサ、これはなんて料理なんだ?」
「唐揚げだよ」
日本人なら誰もが好きだった時代がある。塩味、ピリ辛味なんてものもあり、スーパーや惣菜店でも必ずあるハズレ無し定番料理。
準備が出来た頃に疲れ果てた感じの団員がきて……匂いを嗅いで配膳台に押し寄せたのはまぁ、予想通りだった。
「うめぇぇ」
「頑張った甲斐があったぁ」
「こんだけ美味くなるならコカトリスもっと狩るべきか?」
そんな声も聞こえてきて俺は笑う。隣ではクナルがはふはふさせながらかぶりついている。その幸せそうな顔を見ていると、俺もなんだか嬉しくなってくる。
さて、次はどんな鶏料理にしようかな。