何にしてもクナルは数日休む事になったが、本人の希望で俺の護衛だけはするという。俺は宿舎を出るつもりはないからって言ったのに聞かなかった。デレクもこれには溜息をついて「分かった」のひと言だった。
クナルは本当にスッキリと気分も良くなったのか顔色も良くなって、ふらつきも無くなっている。今はソファーにちゃんと座って報告となった。
「んで、どうした」
「コカトリスの様子がおかしかった。森で異変が起こってるかもしれない」
クナルの報告にデレクも真剣な様子でいる。引き締まった表情というのが余計に切迫している感じを出している。
「具体的には」
「まず数だ。現場に到着したら街道に近いかなり浅い部分だった。しかも混乱して、数体は傷もあった。そして、本当に五体だけだった」
「何かに追われて浅い部分まで出された。そう言いたいのか?」
デレクの問いかけにクナルは頷く。腕を組んだデレクは、だが迷っているようだ。
「縄張り争いに負けて逃げてきたんじゃねーの?」
「子供もいなかったんだ。繁殖期の後で、まだ巣立ってないはずだ。なのに群の中に子供はいない。今の時期なら成体10体に子供も多いはずだ」
「単純な縄張り争いとは思えないってことか」
デレクは唸っている。おそらく緊急というには押しが足りないんだろう。
でもクナルの方は真剣なものだ。現場に居た人の方が現状の深刻さが分かるものだ。
「スタンピードの可能性も、あるんじゃないかと思う」
声を低くしたクナルの暗い視線をデレクは静かに受け止めている。その後で困ったようにガシガシ頭をかいた。
「その報告を上に上げろってか」
「思い過ごしならいい。だが、起こってからじゃ遅い。コカトリスは必死だった。森で異変が起こっている可能性はある」
嫌そうにデレクは腕を組んで唸っているが、クナルもまた悩んでいるようだった。
「気のせいなら笑い話にできるけどよ、現実に起こったら悲劇でしかない。魔物のスタンピードなんて見逃したらこの町は壊れる。少なくとも外壁付近で暮らしてる奴等は皆殺しになっちまう」
「!」
それって、規模がもう災害級なんじゃないのか?
そうしたらクナルみたいに傷つく人が……死んでしまう人もでるんじゃ。
「デレク、報告してください」
「まぁ、するしかないけどな。調査隊が組まれるかは保証できんぞ」
「あぁ」
そんな災害級の何かが起こる予兆かもしれないと、現場にいた人が判断したにも関わらず腰が重いなんて。国を預かる人がそれでいいんだろうか。少し、不安になってくる。
というか、そもそもスタンピードってなんだろう?
「あの」
「ん?」
「そのスタンピードって、なんですか?」
俺の問いかけにデレクは目を丸くしたけれど、次には気の抜けた笑みになった。緊張していた空気が一気に緩んだ感じもある。
「まぁ、だよな」
「何らかの原因で魔物が一気に押し寄せる事をそういうんだ。原因は色々あるな。単純に生息域で増えすぎて溢れてくる事もあるし、ドラゴンみたいな強いのが住み着いちまって魔物のテリトリーがガラッと変わっちまう事もある」
「ダンジョンなんかが出来て、中で増えすぎて一気に放出、なんてのもあるな。昨日人族の国が滅んだって話しただろ? その原因がこれだ」
「え!」
クナルとデレクから説明されて、それなら余計に悠長にはしていられないだろうって思うのに腰が重いのはなんで。
「放っておいたら国が大変な事になるのに、調査隊出ないんですか!」
「調査する奴も命がけになるから、出たがらねぇ。こういうのは俺達みたいなのじゃなく、国王直属の第一部隊が出るのが通例なんだがな、奴等はやりたがらない。結果、こっちに回ってくる」
「そんな……」
そんなの、職務怠慢じゃないか。
「そんでも手柄は欲しいから、偉そうなのが数人くっついてきてやたらと後ろで命令出すからイライラすんだよな。何度か現場に括って放置しようかと思った」
「おーおー、最悪していいぜ。責任は俺が取る」
「流石団長、あんた最高だ。だが、それであんたが居なくなったら最悪だから我慢しとく」
「出来た部下で助かるが、マジで最悪いいぞ。それでも自力でなんとか出来て騎士だ。それすら出来ねーなら実力不足でお生憎様だ」
お互いを分かっていての軽口という感じで二人は笑っている。兄と弟みたいな空気の二人に俺は笑う。気の置けない関係って、こういうものなんだろうな。
「んじゃ、まとめて報告してくっか」
落ち着いた所でデレクが腰を上げる。同じタイミングで俺とクナルも腰を上げた。
「クナル、マジで暫く仕事すんなよ。マサの護衛だけだ」
「分かってる」
「マサも程々にな。あと、あの妙な力は秘密にしとけ。できるだけ鑑定早くしてもらうからよ」
「はい」
確かに驚いたし、リデル曰く「人前でやったら駄目です」との事だ。あれが公になると俺が危険になるからって。
俺自身、自分の力なるものが少し怖いような気がしている。どうやったら出来るのか、なんて分からない。でも、不意にそれが発動してしまうのは怖い。
思わず自分の手を見てしまう。するとポンと、頭に手が乗った。
「あまり気負ったり、考えすぎるなよ」
「クナル」
「俺がいるし、誤魔化してもやる。何かあれば守るから」
「ありがとう。でも……クナルも、無理しちゃ駄目だからね」
もうあんな思いはしたくない。思って見上げた人は少しバツの悪い顔をしていた。