この頃になると徐々に人が集まってくる。その中にはクナル達もいて、いつもと違う匂いに鼻をヒクヒクさせた。
「何だよこれ、いい匂いがする」
「知らない匂いだね兄弟」
わらわらと人が集まってくる中、パンの焼ける音がして取りだした俺達はにっこりだ。そこにはふっくらと丸く焼けたパンが出来上がっていた。香ばしい匂いが辺りに立ちこめ、これだけでお腹が鳴ってしまう。
「やったぞマサ!」
「はい!」
思わずガッツポーズ。これらを一人二つずつ皿に乗せると準備が出来た。
トレーを持って並ぶ人達に今日の料理を乗せていく。パンや肉はいいのだが、やはり見た目にも違うスープに戸惑いを通り越して嫌な顔をする人もいた。ここが正念場だ。
「マサ、このスープはなんだ?」
「トマトスープです」
「トマト!」
途端、げっ! という顔をしたクナル。そこにリデルがこっそりと「彼こそが野菜嫌い筆頭です」と教えてくれた。
でも食べてもらいたい。一口食べて駄目なら諦めるけれど、食べもしないで残されるのは作る側として悲しい。
「一口だけ食べてください、クナルさん。それで駄目なら諦めますから」
美味しいって食べてもらいたくて頑張って料理をするんだ。その想いだけでも伝わって欲しい。そう願った俺を見て、クナルは唸るような顔をしながらもパッとスープボールを取って一気に飲み込んだ。
場所はまだ配膳台。見ていた人もギョッとした様子でいる。それは勿論俺もで、彼の次の言葉を固唾をのんで待っている。
「うま……」
「え?」
全部を飲み込んだ人の第一声はこれだった。
目を丸くして空になったボールを見つめ、それをズイッと俺へと押し出してくる。嬉しそうなニッカとした笑みで。
「おかわり!」
「っ! はい!」
それはある意味、俺達の勝利だった。
野菜嫌いなクナルが美味いと言っておかわりしたこともあり、普段は手をつけない面々も興味本位で手をつけ、驚いた様子で食べ始めている。そして好評だったのがパンだ。
「このパン柔らかいぞ!」
「いつもより匂いもいいしな」
「おかわりあるかな?」
そんな声が聞こえてくるとムクムクと嬉しさが込み上げる。頑張った三人で顔を見合わせハイタッチ。完全勝利を確信し、俺も自分の肉を焼き始めた。
漬けておいた汁を軽く搾って捨て、醤油と酒と蜂蜜を少々。砂糖でもいいけれど蜂蜜だと照りも出るしコクが出る。みじん切りのネギと胡麻も少々。油を引いたフライパンで先に肉を焼いてタレを回しかけると焼けた醤油の香ばしい匂いが立ちこめてくる。
まさか異世界でこの匂いを嗅げるなんて。米がないのが寂しいけれど、東の国を探せばあるのかもしれない。
「よし!」
肉にタレが十分に絡んだら出来上がり。さっと皿に取って少しタレを追い掛けしたら出来上がりだ。
ルンルンで振り向いた俺。だがそこには目を血走らせたグエンとリデルが至近距離にいて、俺は思わず声を上げた。
「何だよその匂い。腹が減る」
「え? えっと……」
「抜け駆けは酷いですよトモマサさん」
「いや、抜け駆けした覚えは……」
見れば今まさに食事中の皆さんも此方を凝視している。非難すらされそうな視線の中、俺はもの凄く小さくなりながら自分用を持ってクナルの側へと腰を下ろした。
ちなみに、フライパンに残ったタレはグエン達にあげる事にした。
やれやれと席に着くと今度はクナルの視線が強い。主に肉を見ている。
「マサぁ」
「一つだけですよ!」
彼の皿に薄い肉を一枚。これじゃ食べた気にならないだろうに。
けれど嬉々として口に放り込んだ彼は途端に目を輝かせた。何も言わなくても美味しいと分かる表情は可愛く見える。こういうのを見ると餌付けしたくなるんだよな。
「うまい! 肉薄いけど味が美味い!」
「俺だとその厚さの肉は噛みきれないんですよ」
「そうだったのか。気づいてやれなくて悪かったな」
昼の事を思い出したんだろう。クナルは申し訳なさそうな顔をする。それに俺は笑って首を横に振った。
「クナルさんは悪くありませんよ」
「……なぁ、マサ。そのクナル『さん』っての、やめないか?」
「え?」
突然の申し出に止まる俺。失礼だっただろうかとオロオロすると、彼はやんわりと笑ってポンと頭を撫でてきた。
また、どこかがジンと痺れた感じがした。
「クナルでいいって事だよ。これからしばらくは俺が側につくんだ、他人行儀なのは好かないんだよ」
「え? 側につく? 俺の?」
「他に誰がいんだよ。あんた、一応警護対象だって自覚ないな? 処遇が決まるまでは最低一人護衛がつくんだよ」
「そうなんですか!」
驚きだ。なんせ今日の午前中には牢屋にぶち込んでおけって言われていたんだから。
それが一転警護対象……家政夫なのに。
「でもまぁ、そうじゃなくても敬語とか無しで頼む。なんか距離置かれてるみたいで寂しいだろ? せっかく仲良くなれそうなんだしよ」
「!」
屈託のない笑みを浮かべた人の言葉は俺にとってどれだけ嬉しいか、多分彼は分かっていない。頼る場所も人もいない場所に置かれて、自分の価値を今必死に見つけようとしている俺にとってこの言葉は大事なものだ。
少なくともこの人は、俺の事を認めてくれているんだって思えるから。
「マサ?」
「っ! ありがとう、クナル。よろしく」
「おう」
ニッと笑ったクナルの出した拳に遠慮がちに拳を当ててみる。経験のない事に照れる俺に、彼は楽しそうに笑ったのだった。