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その後デレクも食堂に来て料理を食べて目をまん丸にしているのを皆で笑った。
クナルは食後にランドリーに全員を集め、木札に名前を書いて籠に付けるように言い渡して今後の使い方を説明した。ちなみに違反者は問答無用で洗濯係と聞いて皆が青い顔をしていた。
何にしても綺麗になったランドリーに隊の人は喜び、俺に「お前凄いな!」という称賛をくれた。ここでもやれる事はある。それが嬉しくて頬が火照る。思わず俯いてしまう俺の頭を、またクナルがポンと撫でた。
「いや、まさかこの半日でここまで変わるとはな。お前は凄いぜ、マサ」
「そんな。そういえばリデルさんから聞きました。俺の事、国王様に報告してくれたんですよね? それに妹の事も」
「当たり前の事だ、礼なんぞいらん。むしろあの無能王子の対応がクソすぎんだよ」
デレクの執務室に今は俺とクナルだけ。三人でお茶を飲みながら今日の事を話すと、彼はもの凄く驚いた。
「まぁ、結果最高の家政夫をゲットできたんだから俺としてはラッキーだけどな」
「団長、魔法も使えないマサに洗濯を頼むなんて何を考えているんです。アホですか。虐めですか。マサの真面目さを利用して無謀もいいところです」
「あぁ、いや……正直一番我慢ならなくてよ」
「同感ですけれどね。せめて俺にちゃんと説明してから次に行ってください」
「お前なら察してくれると思ってだって。結果大成功だったんだからいいじゃねーか」
「良くねーよクソが!」
歯を剥いて唸るクナルに、デレクもタジタジだった。
「さて、今後の事なんだが。マサには暫くここで家政夫頼む。正直マジで助かる。メシ最高に美味かったけどお前実は魔法使えるだろ。そうでもなきゃ、なんであんなに野菜美味くてパンふわふわだよ。国が違うのかと思ったわ」
「俺の元々の本職なんで」
こうまで褒められるとむず痒い。苦笑いに頭をかいてしまう。
おそらくなんだけれど、レシピが流通していないのが問題なんだ。確かにこれも財産なんだろうけれど、知らないが為に適当にしてシンプル過ぎる感じになっている。
これで食には貪欲な日本人だ。そして出来れば色んな人が美味しい調理法なんかを知って、独自の味付けやアレンジをし始めてくれると街が美味しい物であふれると思う。
「あの、デレク」
「ん?」
「俺の料理のレシピとかを無料で公開したりって、出来るんですかね?」
少し気をつければ美味しく出来る。知れば変わるから。
でもデレクは難しい顔をして顎を撫でた。
「止めた方がいいな」
「なんでですか?」
「お前に危害が及ぶ危険性がある」
「!」
思ってもみない言葉に俺は驚き、デレクは真剣な顔をして頷いた。
「お前が今日やったパンの焼き方一つとっても危険だ。これが街に出回ってみろ、皆がやりたがる。そうすると街のパン屋が儲からなくなったり、今まで高級パンだって売り出してた店から客がいなくなる。恨みも買うだろう。更にお前を攫って更なる料理のレシピを求める輩なんかも出てくる。お前の知識や技術はそれだけで金を生むんだ」
そんな事、考えてもいなかった。
日本じゃこの程度は探せばいくらでもレシピが出てきて、更に美味しい物が日夜生み出されていた。それが普通だと思っていた俺の感覚はこの世界じゃ危険なんだって分かった。
グエンが驚いていた理由もわかった。これは気をつけておかないと駄目だ。
「騎士団宿舎の中でならある程度守れるから好きにしろ。飯が美味いのは団員のモチベーションを上げる。快適に暮らせればそれだけで気持ちもいい。今日一日でお前はここに欠かせない奴になったよ」
「それは有り難いです。でも気をつけます」
「だな。何かあればクナルに言え。正式にお前につけるから」
「だ、そうだ。よろしくな、マサ」
「よろしく、クナル」
嬉しそうにするクナルが俺を見て、俺もクナルに笑いかける。それを見たデレクがニヤリと笑った。
「ほ~ぉ、随分仲良くなったみたいだなクナル。警戒心の強い氷の騎士様が」
「氷の騎士様?」
ニタリ顔のデレクをクナルは嫌そうに睨む。そして次には頭をかいた。
「俺の得意魔法が水と氷ってだけだ」
「だけじゃないだろ? 綺麗な顔で騎士団の副団長。ご婦人からは人気あるのに態度はつれない。これでまったく女っ気ないから男にまで嫉妬されて嫌みで付けられた二つ名なんだぜ」
「確かにクナルは綺麗な顔してるから、もてそうなのに」
思わずジッと彼を見ると、見る間に肌が色づいていく。恥ずかしそうに視線を外した彼をデレクが笑い、今度は睨まれている。なんとも仲がいいみたいだ。
「まぁ、何にしても頼むぜマサ。数日後には魔術科から人もくる。そうすればまた事態が変わるだろうよ」
「わかりました。宜しくお願いします」
「おうよ」
ニッカと笑いヒラヒラって手を振ったデレクにお礼を言って彼の執務室を出ると、辺りはすっかり暗くなっている。
「さて、風呂行くか」
「あっ、はい……あ!」
「なんだ! どうした!」
「俺、着替えない」
今着ているこれが一つきり。下着もなければ服もない。
クナルも今になってそれに気づいたのか、あっという顔をしている。
「明日は買い物だな。とりあえず俺の渡すから着てくれ」
「え! いやいや、無理だよ!」
身長も違えば足の長さも違い過ぎる。そもそも体の作りすら違うってくらい体型が違う。背が高く細身だが筋肉質なクナルの服が着れるとは思わない。足も横幅も腕の長さも余りすぎる。
なのにクナルは途端にしょんぼりした。尻尾の元気が明らかになくなった。
「下着は新しいのあるし、服も普段から自分で洗ってるから綺麗なのがあるぞ」
「いや、そういうことじゃなくて。体型違い過ぎてサイズ合わないって話」
「あぁ、そういうことか。問題無いから行くぞ」
「えぇ……」
俺としては問題大ありなんだけれどな……。
何にしてもそんな話になって二階へ。正面に戻って二股の階段を上がると団員の部屋らしい。左手は第一部隊で今は空室。右手側が第二部隊。クナルは副団長で部隊長なので一人部屋らしい。他は二人部屋だそうだ。
彼の部屋は簡素だが生活感はあった。広めのベッドに青いカバーを掛けた布団。ランプを置いた机の上には読みかけだろう本が置いてある。棚の中も本が目立った。
「読書が趣味なんだ」
「あぁ、まぁな」
思わず見ている俺の後ろでクナルはガサガサしているが、すぐに一式を手に俺の所にきた。
トランクスっぽい下着は紐で締める形。ズボンはスラックスのようだ。上は今日洗ったみたいな頭からすっぽり被って紐で締める形をしている。
ただ、見るからに大きいんだよな。
「持って」
「うん」
言われるまま衣類を持つと、クナルはスッと目を細めて服を指差した。
『リサイズ』
「!」
ふわっと風が俺の全身を撫でていく。温かい風が下から上へ通り過ぎた後、服へと光の帯になって消えていく。すると目の前で服が明らかに縮んだのだ。
「これでサイズはぴったりなはずだ」
「凄い。これも魔法なんだ……」
つまりだ、サイズを調整する魔法か。これ本気で欲しい。俺は市販の服がだぼっとしたり、ウエストが大きかったりする。自分の体型とはいえ面倒なことこの上ない。結局いつも自分で手直しをしているくらいだ。
思わず目をキラキラさせる俺にクナルは苦笑する。
「もし魔法が使えるみたいなら、真っ先に教えてやるよ」
「約束したからな」
「あぁ」
何でもない約束一つが案外嬉しいもので、俺は自然と笑っていた。