ゴブリンと人間。その間には確執しか生まれなかった。
「お前たちは人間じゃない」
「本当は人間になるはずだったんだ」
そんな主張の食い違いは両者の関係を悪化させていくばかりだった。
ゴブリンが何もしていないにもかかわらず、人間は「未知への恐怖」という大義名分の下、その未知の排除を行った。それが人害生物駆除のエキスパート、「冒険者」の育成に繋がった。
人間がゴブリンの言うことがわからないのは仕方のないことだった。人間とゴブリンの大きな違いは、自らの創造主の記憶の有無だ。神様は神様の存在を人間に気取られないよう、人間を世界に送り出すときに、人間から自分の記憶を消している。しかし、製作途上で世界に零れ落ちたゴブリンが、そんな記憶に関する処置を受けていようはずもなく、ゴブリンたちは神様といた記憶を持っていたし、この世界の人間や他の生き物が皆同じ神様の手で作られたことも知っていた。
元々同じ場所で生み出されたのだから、わかり合えるはずだ、とゴブリンは信じて止まなかった。
しかし、人間のゴブリン排斥思想は高まっていくばかりで、何百、何千と知れぬゴブリンが人間の手で狩られた。
その中には最後まで話し合いでわかり合おうとした者もいれば、自己防衛のために牙を剥いた者もいる。後者が遥かに多かったことが、人間のゴブリンに対する反感をより大きくしたことは否めない。
仕方のないことではある。自衛というのは生物には欠かせない本能である。生物とは、生きるために生まれ、種を残す本能がある。自らや種の消失に危機感を抱くのは、生物として至極全うなことなのだ。
しかし、人間はゴブリンを受け入れなかった。同じ人間だと宣う醜悪な連中を受け入れられようはずもなかった。
けれど、心のどこかでは気づいていたはずだ。ゴブリンは他の生き物と違い、人間の言葉を解し、人間のように生活する。その側面だけを見れば、人間と何も変わらなかった。感情だってあるのだ。
だが、人間がその事実を受け止めることはなかった。できなかったといっても違いはないだろう。人間は見てくれに固執したのだ。
そんな分らず屋の人間に、とうとうあるゴブリンが反旗を翻した。
「何が人間だ、ただの分らず屋の集まりじゃないか! 見てくれがいいだけで調子に乗りやがって!」
そんな一人のゴブリンに賛同する声は、ぽつりぽつりと、少しずつだが、多くなっていった。
何を生意気な人間が、自分を作った神様の顔も知らないくせに、偶像を崇めて滑稽だな。おまけに我々は何もしていないというのに、冒険者などというゴブリン討伐専用人間なんぞ作って。
虐げられ続けたゴブリンの怒りは止まることを知らず、次々と怒りが噴出していった。
それがやがて、ゴブリンに武器を取らせる。
ゴブリンは見た目が醜悪な、人間になる予定だった不完全生物だ。
人間と同じように知能を持ち、人間と同じように言語を使う。手足が短いという体格の違いはあったが、ゴブリンとて知恵を絞れば、人間に対抗できた。
ある者は剣を持ち、
ある者は矢をつがえ、
ある者は言語を実体化させた。
ゴブリンは次第に力を持つようになった。物理的な力──武力である。
人間から狩られないために、自己を守るために──次第にそれは誇りを守るためと変化し、やがて歯車が狂い出す。
神様を知らない人間は、偶像として神様という架空の存在を語り、崇めるという文化を持つようになった。
これは神様から見ると嬉しい誤算である。人間から神様本人の記憶は消しているため、決して人間の作る神様の偶像は実際の神様には似ても似つかなかったが、神様はその感謝の向けられる先が自分であることが、悪い気はしなかった。
穀物が育つように、子供が無事に生まれるように、仕事が上手く行くように──神様にはたくさんの願いが捧げられた。その願い全てを叶えることは生き物作りに忙しい神様にはできなかったが、気紛れに一つ二つ、叶えてやったりもした。
そんな気紛れに当たった人が神様への信仰を更に深め、宗教ができあがった。神様というのがしっかり形を持った概念となったのだ。
それが許せない者がいた。
ゴブリンである。
ゴブリンが人間から迫害を受けるのは、言うならば、神様が不完全な状態で落っことしたからである。自分たちは迫害され、種の危機に陥っているというのに、そんな神様を信仰して、人間ばかりが得をするというのは何か理不尽で、とても許せることではなかった。
そんな不満が募りに募り、遂にゴブリンは兵団を作り、計画的に人間を滅ぼそうと動き出した。
完全な状態で生まれた人間と不完全生物のゴブリンでは、力量の差がありすぎたが、人間は自らの完全性に気づかず、気づいても上手く利用できないでいた。
そこがゴブリンの付け入る隙となる。
そうして、ゴブリンは本格的に人間と敵対し始める。
不完全であることを知るゴブリンは、最初からなりふりかまってなどいなかった。卑怯汚いと後ろ指を指されようとかまわない。そんな覚悟がゴブリンにはあり、一部の地域の人間は、ゴブリンの狡猾さに翻弄され、滅ぼされた。
例えば、妻を人質に取られたり、子供を人質に取られたり、言語を実体化させるという、人間にはない「魔法」という武器を使い、人の業とは思えない所業を成して、人間たちに恐れを植え付けた。
そんななりふりかまわないゴブリンの所業を卑怯だ残虐だと言い、抵抗する人間は何人もいた。
こうして、悲しいことに同じ種族となるはずだった人間とゴブリンの戦端は切られたのである。
もちろん、神様はそのことを見て、知っていた。
自分の過ちにより作られた種族とはいえ、ゴブリンの繁栄や人間との確執は、神様の小手先の技術ではもうどうにもならないところまで広がっていた。
神様とて、何も思わなかったわけではない。いつしか人間はゴブリンの殲滅を願うようになっていたし、ゴブリンは人間も神様も憎んで、自分以外の生き物なんて死んでしまえばいい、という極論にまで達していたのだ。
命を生み出し、繁栄させるための神様としては、命を奪い合う双方の願いや行為に関してはいただけないものだった。しかし、戦争を止める術を神様は持たなかった。
神様は万能ではないのだ。不完全な人間としてゴブリンを世界に落っことしてしまうくらいには。むしろどじと言われても否定はできまい。
故に神様は考えた。争いを止めることはできない。だが、自分に何かしてやれることはないだろうか。主にゴブリンに。
神様はちゃんと、過ちと向き合おうとしていた。