カーネーション、カランコリ、アイリス、リリー、ローズ、マリーゴールド。
季節を無視して咲き誇る花々。
いや、花としての命は手折られたそのとき既に終わっている。
けれども美しさを損わないそれらの花々は、花束にしてはバラバラに、飾るようにして深緑色の箱の上にあった。花たちを包容する草原の如くある箱は、ぴくりとも動かない。箱がひとりでに動き出したら奇っ怪なことこの上ないが。
人の一人は悠に納められそうなその箱は、いつからかそこに置かれていた。誰にも知られない、深く深い森の中、一人佇むようにして。
花が永遠の魔法をかけられてちりばめられている以外は特に飾り気のないそれは、何だろうか、と思うだろう。
通る人もいないから、誰も思わないかもしれないが、見たらきっとそう思うはずだ。
そしてその答えはほどなくして明かされる。
その箱のところにヒマワリを携えてやってきた、小人がいた。小人……と称するにはかなり醜い成りをしていた。人間とは違う、緑色のがさがさとした肌。髪なんてなく、耳は不恰好で先が尖っている。手はごつごつとして爪が鋭い。抱えた花を散らさないのが不思議なくらいだ。服は、ぼろ布を無理矢理ワンピースに仕立てたみすぼらしいもの。
彼とも彼女とも形容しがたいその人物は、世に言うゴブリンであった。蒼天の瞳だけが、唯一美しいと思える、そんなゴブリンが花を携え、箱の前に立つ。
ヒマワリを箱の上に置き、空いた手で箱をさすって、ゴブリンは紡ぐ。
「カル、また逢いに来たよ」
そう紡ぐ声は愛しげで、しわくちゃでがさがさの顔からは想像できないほど、滑らかで美しい声だった。
そんな声が箱に語りかけられると、箱から応じるようにふわりとそよ風が吹き、瞬間、ヒマワリに透明な膜のようなものが纏われる。永遠の魔法。それは時を止めるという、常なら禁忌の魔法だ。
しかしゴブリン——声からして少女だろう彼女は、黙認している。当然、神よりの天罰として雷などが箱や少女を引き裂くようなこともなかった。
誰も知らない森の奥。
一人のゴブリンの少女だけが見る魔法だからか、
それとも——
そもそもゴブリンとはどういう存在か。
緑色のがさがさとした肌を持つ、醜い化け物。人に仇なし、狩人やら冒険者やらに刈られる、下等種族。
しかしそれは実は真実ではない。真実は、隠匿された。何故ならば——
ゴブリンは、神の過ちにより、生を受けた存在だからである。
神は生きとし生けるものを形作り、生命を与える任を持つ。
その中で神は人間というものを作った。人間はたまたま心や意思を持ち、やがて世界を動かすほどの存在になった。
自分の予知を超えた存在を神は面白く思い、人間という生き物を大量に粘土を捏ねくりまわすようにして形作った。
その最中のことである。
調子に乗りすぎて時間を忘れた神は、休むのを忘れていたため、人間を形作っている途中で、こてん、と眠りに落ちてしまった。
そのうち、神が作業台の上寝ぼけてで手をあっちにやったりこっちにやったりとしているうち、
ぽてっ
と、不完全に形成された「人間っぽいけど全然違う何か」が世界に落ちてしまったのである。
災難なことに落ちて生を受けたはいいものの、落ちどころが悪く、人間のようで、明らかに見目が醜いそれは、迫害を受けた。それが落ちた場所は人間の中でも排他的な者たちが集まる場所で、石を投げたり、水をかけたり、果てにはただの布切れ同然のそれの衣に火をつけたりなど、散々なことをして、それを森に追いやる、そんな人間の溜まり場だった。
迫害を受けたそれは、同じ人間のはずなのに、と涙を流し、小さくなった布切れ同然の服で涙を拭った。
せっかく生を受けたのだから生きようと思ったそれは、森の深くに入っていった。森の深く深い場所なら、人間もいるまい、と思い、入っていった。作りかけで落とされたそれの足は短く、森の奥に入るまでには時間が要った。
森の奥には湖があった。生まれてこの方何も口にしていないのだ。ちょうどいい、と思ったそれは水を飲もうと湖を覗き……ひゃあ、と途端に悲鳴を上げる。
森の中で悲鳴が木霊する中、それはかたかたと震えていた。仕方もないだろう。それは今、湖面におぞましいものを見たのだ。
顔は人間と違い、髪の毛の一つもなく、ぎょろりとした目玉が二つに低い鼻。口は耳元近くまで避けており、その先には尖った耳。耳の少し上辺りから人間にはない珍妙な形の突起物。動物の牙や角のようなものだ。
そんなものが生き物然として歩き、水を飲もうとしていたのだ。さも人間であるかのように!
人間の迫害は酷かったが、それもよしとせざるを得ないほど、それの見てくれは醜かった。
自らのおぞましい姿に震え、怯えていると、空からまたぼとり、と何かが落ちてきた。ぼとりぼとりと何体か。恐る恐るそれを見ると、それは先程湖面に映ったのと、似たような見てくれをしていた。
「うわあっ」
異形のそれらは互いの醜さに驚き、おののいた。一番最初のそれから、人間に近づくのは危険と教えられたため、無闇に人間に近づくことはなかったのが、唯一の幸いだろう。
不完全な状態で神の手元より落とされたそれらは、本来あってはならない神に作られたときの記憶を有していた。故に、自分たちが、神が過って落とした存在だと知っていた。
醜い成りだが、人間として生まれる予定だったそれらは、人間に歩み寄ろうとした。
「我々は神様の過ちによって人間の成りをしていないだけで、本当は人間なんだ」
そう主張するそれらに、人間は——怒った。
「貴様らのような醜き悪鬼が、神の名を口にするなど無礼きわまりない!! 貴様らが人間だと? 笑わせるな。貴様らのような無礼者には小鬼程度の名前が相応しい」
そうやって、結局迫害されたそれらは、皮肉にも迫害した人間によって、種族としての名前を得た。
醜い小鬼——ゴブリン、と。