第6話 慎の確執


 要石カガリがトラップを踏んだ事で僕の計画は大きく狂ってしまった。


 僕の狙いは最初から飯狗頼忠の暗殺、または失脚にあった。

 だがここで思わぬアクシデントが起きる。

 誘い込んだ深層で、頼忠に踏ませる筈のトラップを要石カガリが踏んでしまった。正直一番勘違いしててうざったかったから顔を見なくて済むという意味では僥倖か。


 が、ここには足手纏いの女子達が複数名。

 頼忠だけ分断できたのなら、探したが見つからなかったで捜索願いを出すが、ここに要石カガリが加わったとしたら何が何でも探し出そうとするだろう。


 特に要石カガリと春日井小波は仲がいい。

 強いからと頼られたら、僕はそのお願いを聞かなくてはならない。


 そして何かとゴミを量産する狭間ひとりの暴挙をいい加減止めたい。

 これ以上ゴミを量産されても困るのだ。

 今までは頼忠がそれを受け持ってくれたが、自分が持つでもない荷物を他人に渡すだけの行為が無駄であると知って欲しかった。


 今の今まで、荷物を誰かに持って貰って当たり前の僕たち。

 そして荷物の多くは頼忠が持っていってしまった。

 そこには替えの下着や、もちろん食料も積んである。


 何から何まで想定外。

 否、あいつの苦しむ姿を見ていたら気が晴れたので放っておいた僕も悪かったか。


 そもそもなぜ僕がこんな計画を立てたのか?

 それは幼き日まで遡る。


 僕と頼忠は仲の良い友達だった。

 けどそれはお父さんが生きていた頃まで。


 当時Bランク探索者だったお父さん。頼忠のおじさんはまだランクが低く、ちょっとしたミスを連発していた。

 そんな時、ダンジョンでイレギュラーが起きた。

 お父さんはそこで大活躍したって聞いた。

 けど、生きて帰ってはこなかった。

 傷だらけで頼忠のおじさんだけが帰ってきた。

 お父さんの遺品を持って。


 手に負えないモンスターが出たって聞いた。

 強いお父さんが足止めしてくれたから勝てた。

 でも、お父さんが万全だったら、きっと僕の前に笑顔を見せてくれたに違いない。


 その時、僕の耳にデマ智言い切れない情報が入り込んだ。

 頼忠のおじさんが足をひっぱたおかげでお父さんが死んだ。

 そんな、信じられない情報。


 でも、実際に足を引っ張っていたのは何度も見ている。

 人は悪者を決めるとそれを叩くことに躊躇しなくなる。

 頼忠のおじさんは風評被害に遭った。

 僕をそれを心のどこかでザマアミロと思った。


 けど、世の中がどう思おうと、お父さんは帰ってこない。

 僕は度々頼忠の家の世話になった。


 お母さん一人では僕を育てられないから。

 一緒に過ごすことで、少しでも負担を減らそうとしているのはわかっていた。


 けれどお母さんは何かにつけて頼忠の話をした。

 息子の僕ではなく、頼忠の話ばかり。

 もっと僕を見てほしい。そう何度も思った。


 中学に上がる頃。お母さんが何回も頼忠のおじさんと喫茶店に入り込んでいるのを目撃した。

世話になっているから、何もおかしくはない。


 けれど僕は嫌な予感がして一度だけ後をつけたことがあった。

 お母さんは生活費の全てをよりただのおじさんに渡していた。

 おじさんは受け取れないとしたが、何度も頼み込むお母さんに根負けして懐に収めた。


 僕は直感した。

 もしかしてお母さんは、頼忠のおじさんと浮気をしてるんじゃないか?

 だから何かにつけて頼忠の話をする?

 

 だんだんと、悪い想像は膨らんでいった。

 僕は世の中のことが全て嫌になって、ネットに没頭した。

 そこで得た知識は、僕をより高みに押し上げた。

 悪い情報を、それが真実とばかりに鵜呑みにした。


 お母さんは騙されている。

 頼忠のおじさんは弱みに付け込んで母さんを不幸にしている。


 そう考えてから、母さんを見るのが辛くて、いつしか僕の中に嫉妬心が芽生え、頼忠がより惨めになるように振る舞っていく。

 そうすれば、僕の方が正しいのだと思える気がしたから。


 向こうが偶然を装って近づいてきたように、僕もまたあいつの高校を調べ上げてわざわざ偏差値の低い高校へと入学した。

 そして探索者としての圧倒的な実力差をもってクラス内での格付けを決めた。


 それでも頼忠はめげない。己を空気のように偽って陰の者として過ごしてきた。クラスで笑い物にするだけじゃ僕のプライドが許さない。

 うちの家族がめちゃくちゃにされたように、もっと追い込んでやる。


 そう思ってアウェイのダンジョンにあいつを連れて行った。

 宝箱の抽選が二回できるスキル【+1】

 それを聞いた時、頼忠らしい他力本願なスキルだと思った。


 あいつは努力をしてこない。周囲に流され、勝手に諦めてる。

 それじゃあ困るんだよ、お前にはもっと生き足掻いてもらわなきゃ。


 もちろん最大限に恩を売って、あるいはダンジョン内で不幸に会ってもらうつもりでいた。

 それでようやく溜飲が下がる。


 だというのに、計画に大きなズレが生じた。

 要石カガリ。ただのヨイショ役が、はしゃぎやがって。


 お前はただ僕の言うとおり動いていればいいんだよ。

 僕の復讐の邪魔をするな。

 あいつにトドメを刺すのは僕でなければならないんだ!


「慎君、あたしのトーチがこっちの方に脇道があるのを発見したっぽい」


 余計なことをするな!

 心の中で何度も叫ぶ。

 お前達は頼忠を惨めな目に合わせるための人数合わせでしかないんだ。

 これ以上勝手な真似をすれば置いていくぞ?

 そんな気持ちすら湧き上がる。


「漆戸君、大丈夫?」


 そしてもう一人、ゴミ製造機の狭間ひとり。

 こいつの無駄に頑張ろうとする性格も僕の計画にヒビを入れた。

 何から何までイレギュラーの女。

 その頑張りが僕を無性にイラつかせる。


「ごめん、二人と連絡が取れなくて少し心配してたんだ」

「心配?」

「食料も頼忠が持ってるからさ、僕たちは早いとこ合流しないとひもじい思いをしてしまうんだ。狭間さんも空腹は嫌だろ?」

「ん。飯狗、どこまでも足手纏い。漆戸君の邪魔ばかりしてる」

「そう言わないでやってくれ、あいつなりに頑張ってるんだから」


 あとお前も足手纏いだよ。

 この言葉は喉元まで出かけたが、飲み込んだ。

 余計な波風を立てる必要はない。

 そう思っていたのだが……


 春日井小波の見つけた横穴は、シャドウゴブリンの巣窟に繋がっていた。

 ここで偶然にも活躍したのが春日井小波。


 陰に生きるシャドウゴブリンは頼忠みたいな陰湿な相手だ。

 そいつを葬ることで少しだけ溜飲が下がる。

 女子からもいいようにやられて、僕も気が昂っていくのを感じた。

 雑魚は雑魚らしく、僕の引き立て役になれ!


「ツインフレアボムズ!」


 目の前のシャドウゴブリンはもろとも消し炭になった。


 ハハハハハ、雑魚がでしゃばるから死ぬことになる。

 僕は調子に乗ってシャドウゴブリンでストレスの発散をした。

 背後で女子が自分たちの出番を欲してるが、無視する。


 僕に文句を言える立場にないだろう?

 なんせ僕の善意で世話になってるのはお前らだ。

 全てが自分たちの思いのままに行くと思ったら大間違いだぞ?


 だが、そんな僕の前に現れたのは異質なゴブリンだった。

 ゴブリンよりも筋肉質で、赤い帽子をかぶっている。

 俗に言うレッドキャップと呼ばれる個体だ。


 なんで……こんな化け物がEランクダンジョンなんかに現れるんだよ!


 僕がブルってる隙を狙って春日井小波が【トーチⅡ】を放った。

 シャドウゴブリンなら通用した攻撃手段も、レッドキャップには通用しない。

 何せそいつはCランクモンスター。

 Eランクダンジョンに出てきていい存在じゃなかったのだ。


 同じCランクでも、パーティを組んでようやく倒せる相手だ。

 何せその特徴は、すぐに仲間を呼ぶことにある。


 ただでさえ強いのに、群れるのだ。

 群れて狩をする一族。それがゴブリン系亜種、レッドキャップと呼ばれるモンスターだった。

 僕一人じゃ無駄死にだ。

 すぐさま踵を返し、春日井小波へと声をかける。


「逃げろ、そいつはシャドウじゃない!」

「へ?」


 ──シュパッ!


 遠くから射かけられたのはよりにもよって弓だった。

 非常に厄介だ。この暗闇で向こうは夜目持ち。

 全滅は目に見えていた。


 春日井小波は何が起きたか分からぬままこの世を去った。

 脳天を返しのついたどでかい鏃で貫かれたのだ。

 勢いで首もちぎれかけている。

 決して人の死に方じゃない。


 こんなつもりじゃなかった。

 こんなふうに死なせるつもりじゃなかった。

 頼忠に惨めな思いをさせたら折りを見て引き返す予定だった。

 なのにみんなが足を引っ張るから……

 僕もついカッとなって。


「いやああああああああああああ!!」


 狭間ひとりの絶叫が響き渡る。

 が、すぐに静かになる。

 レッドキャップに頭を射抜かれたのだ。

 僕は声を出さず、二人を見捨てて上層へと退却した。


 僕は悪くない、僕は悪くない、僕は悪くない。

 何度も自分を肯定して、ボロボロの姿でダンジョン受付へと舞い戻る。


「大変だ、レッドキャップが現れた! 直ぐに上位探索者を呼んでくれ!」

「Eランクダンジョンにどうしてそんな怪物が? もしや規定以上のモンスターを駆逐しましたか? それで現れたとなると特殊モンスターの可能性があります。もう一度聞きます、必要以上に同個体を駆逐しませんでしたか? ダンジョンに入る際のルールに載ってる事項です」

「あ……いや」


 心当たりがあったが、すぐに口を噤む。

 受付の職員は疑いの目を僕に向けていた。

 違う、僕は悪くないんだ。

 あいつらが僕のイラつくことばかりするから!


「失礼ですがお連れ様はどうされました? あなたを信頼して着いていった四人のお連れ様のことです。気のせいかお姿を見かけないもので。ご家族の方にも連絡をしないといけません。一名分の遺書は預かってますが、他の方のはまだいただいてませんので」


 責めるような態度。

 何だよ、僕が悪いっていうのか?

 確かに頼忠が書き留めた遺書がそこにある。

 それはダンジョン内で死亡しても自ら望んだものだという同意書に他ならない。

 だから家族公認でダンジョンに入る。そういう約束だ。

 廃れた、昔の約束事。


 今のご時世にそんな昔のルールは流行らない。

 だから僕は書かないし、取り巻きの女子にも必要ないといった。

 そのことを責められてる。


「はっきり仰ってください! あなたが責任を持って連れていったのですよね!?」


 ピシャリと言われ、僕は腰を抜かす。

 今まで僕の周りにいた大人とはまるで違う。

 厳しい目。何だよ、僕が一体何をしたっていうんだ。


 僕はただ、あいつら雑魚にいい思いを見せてやるために肩書きを使っただけなんだぞ!

 なのにどうして僕がこんな目に!


「深層にて二人とは別れてそれきりで……」

「深層!? 初心者を連れて深層まで行ったんですか!?」

「意外と余裕だったから、つい……」

「ついじゃありません! 貴方、自分が他人の命を預かる身分であることを忘れていませんか? 確かに貴方は若くして有能な探索者でしょう。けどそれ以外はただの学生さんでしょ? なんでゴブリンの生息地に素人を連れて行ってるんですか! まさか……亡き者にする前提で連れて行きましたか?」

「そんなわけない! 僕は、ハズレスキルでも役に立つんだってみんなにもっと自信を持って欲しくて……それで……」

「詳しい話は事務所で聞きます。二人とは深層で分かれたとは聞きました。ではもう二人は?」

「レッドキャップにやられてしまいました。僕は命からがら逃げ延びてきたんです。もう無我夢中で……」

「つまりは二人の尊い犠牲を出しておきながら、唯一の戦力を持つ貴方は戦わずして逃げ出したということですね」


 職員の目が、僕を厳しく追求する。

 まずいぞ、こんなはずじゃなかった。

 頼忠を一人失脚させるだけで良かったんだ。

 どうしてこうもうまくことが運ばないんだ!


「違う!」

「違わないでしょう? 本来なら貴方が盾となって助けるべき相手を、見殺しにしたということはそう言うことです」


 くそ、どうしてこうなってしまったんだ!

 そのあと母さんを現場に呼ばれて泣かれてしまう。


 僕は母さんを泣かせたくなかったのに、どうして僕は空回りばかりしてしまうんだ。

 自分で自分が憎くて仕方なかった。


 そして頼忠を連れて行ったことが明るみになった時、母さんがゴミを見るような目で僕を見たのが印象的だった。


 僕は……僕が間違っていたのか?

 今すぐに頼忠を探しに行くといっても厳重処分を言い渡されてしまって数ヶ月間、探索者としての活動が禁止されてしまっている。

 挽回の機会は直ぐに与えられなかった。


 Eランクダンジョンの深層に素人を連れていくと言うことは、殺人と変わりないのだ。


 それを職員から聞かされて、僕はただ項垂れる事しかできなかった。


 頼忠……僕はきっとお前が羨ましかったんだ。

 お前の立場が欲しくて、それでも届かなくてこんな手段を取った。許してくれ……本当にごめん。


 もし生きて会えたなら、また友達からやり直したい。

 頼忠なら、許してくれるよな?

 幼馴染の僕がこんなにも苦しんでいるんだから。