第7話 彼の職業

「えっと、対価の支払いって終わったからもういいんだっけ?」


「あぁ、そうなる。というか、本当に何も無いんだな」


「物欲なくて悪かったな」



 むっと頬を膨らませれば、アデルバートは小さく笑った。余程、珍しい人間のようなので逆に怪しまれないかシオンは不安だった。


(人間界の人間だってバレないようにしないと……)


 アデルバートを疑っているわけでがないが、隠しておくことで自分の身を守れるならばそうしたほうがいい。申し訳ないけれどと思いながら見遣ると彼は時間を確認していた。



「昼を御馳走しよう」


「そこまでしなくてもいいんだけど」


「それぐらいさせてくれ」



 アデルバートに「お前は欲がなさすぎるから」と言われて、それが関係あるのかと疑問に思いながらもシオンは驕ってくれるならばとその申し出を受けることにした。


 近くのレストランまで歩いているととある店がシオンの目に留まった。店内が見える窓からは多種多様な動物が展示されている。


 なんだろうかと興味深げに見ていれば、その視線に気づいたアデルバートが「ペットショップか」と呟いた。



「ここ、動物売ってるんだ」


「様子を見るに愛玩用魔物も売っているだろうな」


「え、魔物って飼えるの!」


「愛玩用ならば飼育はできる」



 愛玩用魔物とは魔物のなかでも力はなく人間に害のない種類のことをいう。その取り扱いには特別な資格が必要であり、専門店以外では珍しいのだと教えてくれた。アデルバートの目付きが途端に厳しいものになっていることにシオンは気づく。



「どうかした?」


「……いや、何でもない」



 苦手な動物でもいたのだろうかとシオンはそう思いながら奥の方を覗くいてみる。普通の動物ではない生き物がちらほらと目に止まった。


 魔物を間近で見れる機会など早々無い、あってはならないのだがそれは置いておいて、興味を持ったシオンは店内を指差した。



「ちょっと見てもいい?」


「……構わないが」



 アデルバートの許可をもらい、シオンはペットショップへと入る。犬や猫、ウサギのコーナーを抜けると愛玩用魔物が姿をみせる。


 魔物の姿は犬のようなものや鼠のようなものなど様々で、羽根の生えている猫を見て「すっごい」とシオンは声を零す。



「この猫、翼がある!」


「ミャオネライト。ウィングキャットとも呼ばれている人間に無害な魔物だ」


「空飛べるの?」


「低空飛行ではあるがな」



 空が飛べる程度の能力だとアデルバートは説明する、それ以外は何の変哲も無い猫そのものらしい。翼の手入れが面倒な点以外は飼育難易度は猫と変わらないと教えてくれた。


 なるほどとシオンがミャオネライトのゲージを眺めているとその値段が目に留まり、思わず二度見してしまった。


(たっか!)


 先ほど見た猫の金額を軽々超えていた。ちらりと他の金額も確認するとどれも桁が凄いことになっていて、愛玩魔物は高いのかとシオンはすっとガラスから離れる。



「パパー、うさぎさんだっこしたい!」



 ウサギのコーナーから幼い子供の声がする。見てみれば、幼い女の子がピンクのワンピースの裾を掴みながらぴょんぴょんと跳ねていた。


 ふれあいコーナーとして、ウサギが何匹か店内のゲージに放されている。一匹のウサギを指差しながら「この子がいい!」と父親にせがんでいた。全身の体毛が白く、耳先が少し黒っぽいウサギはじっと女の子を見ている。


 娘のお願いに父親は店員に声をかけてそのウサギを抱きかかえさせると、女の子が嬉しそうにぎゅっと抱きしめる。



「可愛い!」



 そんな様子を微笑ましくシオンは眺めていた。幼い女の子は「この子欲しい!」と離さないので、父親がどうしたものかと悩んでいると、今まで微動だにもしなかったウサギが首を揺らした。女の子の手首を臭うように鼻をひくひくと動かす。



「痛い!」



 がぶりとウサギが女の子の腕に噛みついた。その痛みに思わず手を放すとウサギはぴょんと跳ね逃げるように走る。店員が慌てて追いかけるが、動きが素早く陳列された棚などに隠れながら移動するために捕まらない。


 捕まえるのを手伝おうか迷っていると、ウサギがシオンのほうへと走ってきた。これは丁度いいやとシオンが手を伸ばすとアデルバートがそれを制止し、腕を引かれた――瞬間だった。



「シャァァァァァっ!」



 ウサギが犬ほどの大きさに巨大化し、アデルバートの腕に噛み付いた。シオンは突然のことで目を白黒させる。



「キャァァァ!」



 巨大化したウサギが腕に噛み付いている光景に店内にいた客は慌てて逃げ、店員はどうしたらいいのか判断できず困惑している。


 アデルバートはウサギを引き剥がすと地面に叩き付けた。ウサギは起き上がろうとするが、アデルバートは睨みつけながら「動くな」と低い声で言い果つ。


 酷く冷徹な声音に赤くなる双眸はウサギを射抜く。一瞬、身体を震わせるとウサギはそのまま動かなくなった。


 その豹変振りにシオンが固まっていると、アデルバートはウサギの首根を掴み店員に見せ付ける。



「これは吸血ウサギだ。愛玩用魔物として取り扱うのは禁止されている。どういうことか聞かせてもらおうか?」


「え、いや……その……」



 男性店員は動転しているせいか、声を詰まらせている。騒ぎを聞きつけてか、奥から店長らしき人物が走ってきた。



「な、何があった!」


「店長か?」


「はい、そうですが……」



 アデルバートは男性に事態を軽く説明するとウサギを見せる。先ほどよりは小さくなっているがとてもじゃないがウサギには見えない風貌へと変わり果てていた。


 吸血ウサギは見た目は可愛らしく擬態しているが、本来は犬ほどの大きさで牙が鋭く、可愛らしさのかけらもない。


 吸血種であり、人体に影響が出るほど血を貪り食らう個体も存在するため、愛玩用魔物として取り扱うのは禁止されていた。


 それがウサギの中に紛れ込んでいた。男は初めは話を聞いていたが、だんだんと訝しげにアデルバートを見詰めだした。


 その視線に気づいたのか、彼は小さく溜息をつくとコートの内ポケットからパスケースを取り出して見せた。



「俺は対魔族犯罪取締組織、ガルディアの者だ」



 それを見た男性の表情が途端に青ざめて、隣に立っていた店員は「俺はただ雇われているだから何も知らない!」と慌てだす。


 アデルバートはポケットからメモ帳のなものようを取り出してさらさらと記すと、ページを破いて口元に当てる。小さく何かを呟くとメモ紙が煙のように消えていった。それは伝達魔法の一つであるのをシオンは知っている。


 この魔界に電話などといったものはないが、その代わりに伝達魔法というのが存在する。それを使いうことで遠くの人を呼んだり、用事を伝えることができるようになっていた。


 アデルバートはそれを使ったようで、「ガルディアに報告させてもらった」と店長に告げた。